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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
42/109

その39・状況を見極めること






 一方、その頃。


(……なんだ、アレ)


 現在地点は改札側より更に町のほう。大混乱のモノレール乗り場から、400メートル程はなれた家の屋根の上で。

 カランっと薬莢が排出される音を聞きながら、河井は大立ち周りをしている二つの黒い影に胸のうちだけで首を傾けた。

 スコープ越しに見る彼の視界に、どうにもチラチラ映りこんでくる不審な影。それらはとりあえず、補給部隊に危害を加えようとはしていないので放って置くことにしたのだが。


(黒子……? でもなんだあのお面……???)


 どうにも気になる河井にとって、第三者の介入は完全に予想外だった。

 良く考えてみれば有り得る事だと充分わかるのだが如何せん、良く考えていなかったというのが事実である。

 そしてそれは、他の者達も同じだったのだろう。

 失念していたそれに硬直していた彼らが、ようやくにして動き始めたのは一発目の着弾の後。

 それまで動いていた第三者、そしてそれに襲撃されているガラの悪い集団、加えて補給部隊のものまで動き出したスコープ越しの現場は今、てんやわんやという表現がピッタリだ。


(えーっと、とりあえず……)


 ボトルアクションライフルの次弾を装填する河井に、今の今まで硬直してしまっていた部隊の者達を責める気は無い。

 予想外の人物のこれまた予想外の格好に、キャパシティーがオーバーするのも仕方が無い。

 そしてそんな想定外に鈍い彼らを守る事が、今回の河井の任務である。


(あと、9発……)


 とりあえず初撃によって物資に伸びる手は牽制できただろうと、河井は残弾を計算した。

 危険そうなものを、優先的に。

 でも何が起きるか分からないので、数発は残しておきたい。

 とりあえず逃げ出した彼らの中に人質を連れて行こうとする者がいたので、二者を繋ぐロープの中心を引き金を引く事によって断ち切る。


(んー、やっぱこういうのが一番だよなぁ)


 スコープの先、人質を引く縄を切られた兄ちゃんが腰を抜かしながらも逃げていく様がしっかり見えた。

 そう。

 肉弾戦なんて、自分に出来るはずも無い。

 そして出来ない事を考えるのは、憂鬱以外なにものでもない。

 やはり何の気兼ね無く引き金を引ける状況が一番だと、河井は一人頷いた。

 流動しているとはいえ、無機物を狙うのは非常に気が楽な彼である。

 更に今、この現状は何の邪魔も入らない。

 何故なら一人、屋根の上だから。


(・・・・・・・・・・。)


 なんだかそう考えると。

 非常にロンリーな気持ちになるが、狙撃手とはきっとそんなものだと河井はまた一人心中で頷く。

 ひゅるーり吹く風に哀愁なんて覚えている暇はない。照準の感覚を僅かにずらしながら出来ることをする事にした河井はふと、その時過去の会話を思い出した。


――才能ってのは特別なもんじゃねぇ。


 そう言った彼は椅子に座って足を組みながら、銃の整備をする自分を見下ろしていた。



――じゃあなんで凡人と天才がいるんっすか。

――凡人ってのは自分の才能に気付いてないバカの事だ。つまり“凡人”と書いて“バカ”と読む。


 「言い過ぎじゃないっすか」という言葉も「何もしてないなら整備手伝ってくださいよ」という言葉も、彼相手には無意味だと知っている自分は。

 ただ「はぁ」、と気の抜けた返事をしただけだったように思う。


――例えばガキの頃とか、ノートの端とかに何となく適当に描いてるラクガキがめちゃくちゃうめぇヤツとかいたろ?

――あー、いましたね。洗濯機に入れる洗剤の量とか適当で分かるヤツとかいましたね。

――そうだ。でもその“適当”で上手くいく。こりゃ立派な才能ってやつなわけだ、身近だろ?


 絵と洗濯が同じなのかは知らないが。

 適当に返した言葉に対し、返ってきた肯定を改めて考えてみれば確かに、“適当”で上手くいくというのは才能の成せる業だと思った。

 そしてそれを言うなら、例えば“走る”という全く頭を使わない行為にしても、そうだろうと。

 身近と言われれば身近かもしれないそれに納得しつつ、けれど結局、やはり良く分からなくて。

 モヤモヤと首を捻る自分に、珍しく彼は先を続けてくれた。


――確かに身につけた技術だとか知識で向上していく部分もある。でも出来るやつは最初から“何となく”である程度できる。

――はぁ……まぁ、そんなもんっすかねぇ。

――だから、お前には才能があるって言ってんだよ。


 え、と。

 まさかそんな流れになるとは思ってもいなかった自分は馬鹿正直に動揺を顔に出した事だろう。

 なんたって、彼が自分を褒めてくれる事など今まで一度もなかったのだ。

 だから、つい。


――え!?才能っすか、俺に!?ど、どんな……!?

――はいバカー。お前バカー。


 嬉しくなって聞いてしまった自分に、ガックリ肩を落としたものだと。


 回想した河井は思わず苦笑を漏らすも、スコープの先から意識を逸らしてはいない。

 逃げていく兄ちゃんらが持っている、人質から奪ったのであろう補給部隊のリュック。

 その肩掛け部分と本体を繋ぐ金具にだって、外さないと思えば“当たる”。

 逆に言うと“当たる状況”だからこそ、外さないと思えるのかも知れないが。それを彼は疑問に感じたことは無い。


(食堂のおばちゃんが「味付け!?なんとなくよ!!」とか言ってたのと同じことなんだろうなぁ……)


 今なら少し師匠が言っていた事も分かる気がする河井は考えながらも、計4発の弾丸を放っていた。

 カラカラと薬莢が屋根を転がり落ちていく頃、スコープの中では既に人質を取り戻した補給部隊が何やら感動の再開を繰り広げている。


(あぁ……いいな……)


 こういった場面に立ち会えないのも、狙撃手の宿命というやつなのかと。

 “長距離射撃による敵全員の武装解除、その隙に人質を取り戻す作戦”を成功させた河井は、安心ながらもため息をついた。

 しかし。

 その目はスコープから外せない。


(あいつら……追撃すんのか?)


 速やかに視界を移動させた河井の目には、モノレールの車線を突っ切って観光地と間逆の方角に逃げていく兄ちゃんらの姿。

 そして、それを追跡する黒子らが映っている。


(それにしたって……)


 先程から思ってはいたのだが、アレは完全に黒子ではない。

 “黒子”とは確か目立ってはいけない存在、けれど間違いなくあの戦局で最も目立っていたのは黒子。

なんたってガラの悪い兄ちゃんらの武装解除を、途轍もない強さでほぼ全てやってのけたのはあの二人なのだ。

 それも何故か、手を繋いだ状態で。


(・・・・・・・・・。)


 おかげ様でとてつもなく楽が出来た河井、しかし何だか嫌な予感のような確信が彼の中にはある。

 数時間前に会った、直ぐさま火葬してやりたい程に強い存在――そしてそいつが辿っていた臭いの先。


 本当に来ていたのか、そしてやはり、捕まったのか。


 なんともご愁傷様といえばいいのか頑張れと言えばいいのか分からない河井だが、どうやら追跡していく黒子は背の低い方がその先陣を切っている。

 と、なれば邪魔しない方が良いか。

 けれど。

 当然のように繋がれている、二つの手に。


(・・・・・・・・・なんかムカつくから、撃っとくか)


 思った河井が照準を合わせようとした瞬間、片方の黒子が振り返った。

 なんか、デジャブ。とはこの事だろう。

 前にも、遠距離から振り返られた事があった。

 そして、その時もそういえば外さないと思えなかった河井はなんだか、此方を捕らえているひょっとこ面に嘲笑われているような気がして。

 更には前回と違い、ここから二人の間には400メートルもの距離があって。


(……狙撃手って、実は微妙なんじゃねぇの)


 走って行って追いつくことも叶わないではないかと。

 悟った河井は民家の屋根の上で一人、誰にも届かない舌打ちをした。








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