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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
41/109

その38・場合によって正体は隠すこと








 時は、夕時すこし前。


 ふん縛った兄ちゃんらから聞き出したところ、取引はモノレール乗り場で日が陰る頃に行われるらしく。

 随分とアバウトな時間指定だが、時計というものが当然のように無いこの時代。そのあたりは仕方が無いだろうと納得した奏は、この数時間に色々と準備を行い終えていた。


 因みに兄ちゃんらの言葉の信憑性については、それほど疑っていない。

 さきほど必要物資調達のため街をうろついたが、特に変な動きは見当たら無かったし。自分の身が可愛いであろう彼らのボスが、モノレール以外の移動手段を選ぶとは考え難いし。鍵をかけたロープでグルグル巻きにしてある人質兄ちゃんらには「嘘だったら全裸吊るす」と言ってあるし。

 まぁ、ようは間違いないということだ。

 そして日が陰る頃とはつまり、空が赤くなる頃の事だと。


「さて。準備も出来た事ですし、そろそろ行きましょう」


 理解した奏は夕方より少し前に、モノレール乗り場に到着しておきたかった。

 行ったけどもう誰もいませんでした、なんてそれこそ笑えない話である。


「……あのー。奏さん、マジその格好で行くんですか」


 しかし、何故か敬語のタクロウ君に引き止められ。

 服の裾を引っ張って最終確認をしていた奏は瞬きと共に相手を見返した。


「そうです。先程も言ったとおり、正体がバレると面倒なので」


 それとも何か。変なところでもあったかと。

 自分の姿を見下ろしてみる奏は今、全身真っ黒の衣装だった。

 着物は黒、帯も黒、頭巾も黒、そして同じ袋に入っていたその他何やらも全て黒。

 俗に言う『黒子くろこ』というやつの衣装なのだろう、それらは先程、奏がお土産屋さんから拝借してきたものだ。


「いや……まぁ、確かにその格好だと正体はバレないと思うけど……」


 思うけど何だ。

 どうにも歯切れの悪いタクロウ君は何やら問題を感じているようだが、奏にとっては正体を隠す事が第一である。

 何故なら自分の隣で同じく、真っ黒衣装に身を包んでいる鴉に留守番をする気が全く無いから。


 その点についてはかなり根気よく説得したのだが、1ミリたりとも鴉はその首を縦に振らず簡単に言うと「俺は俺の好きなときに俺の行きたいところに行く」的主張を曲げなかったので、結局折れた奏がそれならば正体を隠す、という方向に流れたのである。

 なんたって、この感染者の事を人に説明するのは非常に面倒だ。

 普段の格好で普通に出て行ってしまったら間違いなく、その場で遭遇するであろう補給部隊の面々から「この人、誰!?」と、追及を受けてしまう。

 そんな追求から上手いこと逃れる話術など当然、奏は持っていない。

 そして鴉はついてくると言った以上、問答無用でついてくる。


 となれば、自身ごと正体を隠すしかないという結論で。

 今、彼女は黒子と化しているわけだった。


「まぁ……確かにいつもより軽装備ですが。そのぶん普段の数倍動きやすいので問題ありません、相手は人間ですし」


 普段の防護服の特徴は、防刃・一応防弾・そして耐水。

 それは『噛まれて感染しない』という事を主に作られているので確かに頑丈だが、そのぶんそれなりに重かったりする。

 なので感染の心配のない相手なら寧ろ、今の格好の方が本来の力を発揮できると主張してみた奏だったのだが。依然、タクロウ君の表情は晴れなかった。


「あの、その……オレが言ってる事はそういう事じゃなくて……」

「なんです? 微妙に上から顔が透ける点についてはお面で完璧ですが」

「……っ、か、鴉さん! 鴉さんはそれでいいわけ!?」


 しまいには、鴉にまで話を降り始めるタクロウ君の表情にはなんだか悲痛さが滲んでいる。


「この程度のものは俺の障害にはならん」


 けれどサラリと返す彼はしっかり納得しているようで。


 その点について遡ればそもそも、この感染者が素直に衣替えをしてくれるとは思えなかったのだが。  「何、この服だったらなんか問題でもおきるわけ?」と奏が聞けば「そんな訳無いだろう」とアッサリ乗ってくれたので。

 正直拍子抜けするも一安心、案外扱いやすい奴なのかもと奏は一人、頷いたものだ。

 まぁ、着替えの段階で一騒動はあったのだがそれはそれで置いておく事にする。


「そんな事よりタクロウ君、あなたの方こそちゃんと仕事してくださいね」

「あ、うん。それは、分かってる」


 きっちりと。

 これ以上衣装について問答していても無駄だと判断した奏が確認すれば、先程とは打って変わって表情を引き締めたタクロウ君がしっかりとした頷きを返してきた。

 彼には既に二つのものを渡し、奏らとは別行動するよう指示をしてある。


「渡したもの、無くさないように」

「……なんかスゲー子供扱いされてる気がすんのって、気のせい?」

「大切な事ですからね。では――」


 行ってきます、と。

 顔を隠すため、奏は黒子衣装と同じくお土産物屋さんから拝借してきたお面を装着する。

 視界は悪いが、これでバッチリ見た目は隠せるから好き勝手振舞える事だろう。

 まぁ好き勝手するのは主にこの感染者だろうけど、と。

 チラリとドアノブを手に最終確認で振り返った奏はその先、一応ちゃんとお面を顔につけている鴉の姿に。


(・・・・・・・・・・・・・ああ、なるほど。)


 なんだかタクロウ君の言いたい事がちょっぴり分かったような気がした。








    ・    ・    ・







 発光するような、沈むような。そんなオレンジ色の光が、影の黒を浮かび上がらせている。

 九時二十分以外を指せなくなった時計と、切符を通して貰えなくなった改札。

 ガタガタと廃駅に響くのは只、無人のモノレールが通過していく音だけで。

 過去そこにあった筈の華やかさはもう何処にも無い。

 差し込む西日が照らすのは、無機質な静寂だけである。


 けれど。

 今日、この時に限っては違う。

 まるで過去のように、とまではいかないものの。そこには沢山の人が集まっていた。


「ああ、来てくれてよかった、良かった」


 始めにその声を発したのは、車線側に陣取っていた集団の一人。

 年齢は三十後半といったところか。乱雑に伸びた髪がかかった、無精ひげの生えた茶けた頬は何処かみすぼらしい印象を与えるものの、決して栄養状態が悪いわけではないという事がその顔色から伺える。

 恐らく彼がこの集団の中心なのだろう。

 その周囲には脇を固めるように男達が立っており、更にその前には彼らとは少しばかり毛色の違う四人が縛られ、その膝を地面に突かされている。


「……人質を、解放してください」


 そして、改札側から一歩出てきた人物は女性だった。

 彼女の言う人質、とは間違いなく縛られている彼らの事だろう。

 まるで軍隊のような格好をした彼らは哀れ、その四肢を縛られているだけではなく猿轡まで噛まされている。

 その口の端にこびり付く黒く固まった血に、暴力の痕跡を察したのか。

 視線だけで何かを訴えてくる彼らの悲痛に眉を寄せる女性も、その背後で警戒を露にしている数人の男性らも、人質と同じく軍隊のような服にその身を包んでいた。


「人質ね、でもその前に、聞きたいことがあるんですけどね」

「……なんですか」


 車線側のリーダーからの問いかけに、改札側の女性が返す声は固い。

 軍隊のような彼らは一見にして力を持っているかのように見えるが、人質の存在がまず、大きいのだろう。加えて車線側、ラフな格好をしている男達は改札側にいる彼らより遥かに人数が多い。

 恐らくその数は倍と少し、といったところか。

 それを理解している改札側の人間らは、圧倒的不利な状況に歯噛みしているようだった。


「実は、うちの奴らが何人か帰ってこないんですけど、君達何か知ってるかな?」

「……? いや、知りませんが」


 そして改札側リーダーの問いに対し、眉間のしわを濃くした女性は本当に心当たりがないのだろう。

 懐疑の色を濃くするその様に、車線側集団の何人かが「やっぱり」だの「喰われた」だのと小声で顔を寄せ合っていた。


「ああ、そう。ならいいか……じゃあ、とりあえず、物を出して貰えますかね」


 車線側の何やらの引っかかりは、解消したのか。

 先程の質問の意図が掴めず顔を寄せ合っていた改札側の数人は、次の改札側の言葉にこれ以上無いというほどに顔を顰める。


「・・・・・・っ、先に人質を解放してください」

「別に、いいんですけどね。僕は、なんでも」


 しかし。要求に対し車線側リーダーがそう言ったかと思えば、人質の一人がその顔を地面と衝突させた。

 改札側から短い動揺の悲鳴が上がる。

 それに人質の背に足を乗せた車線側リーダーは顔色を変えることも無く、ただ無言でその足を人質の頭部へと移動させた。


「やめっ……やめてください!!!」

「ただ、僕は言ったから。物を、出して貰えますか?」


 改札側の女性の悲鳴のような制止にも、車線側リーダーは微動だにしない。頭を踏み躙られる人質の口からは断続的な呻き声が上がっている。

 恐らく猿轡さえなければ悲鳴として漏れていたであろうそれに、改札側の気持ちは固まったのか。

 速やかに顔を見合わせた彼らのうち、女性と二人の男性が、大型のリュック五つを手に車線側の彼らの前まで進み出た。


「っ、これでいいでしょう! 早く人質を解放してください!」

「ん。これで、全部?」

「全部ですっ!」


 人質の頭から視線を上げた車線側リーダーは、半ば涙声になった女性に納得したのか。

 軽く背後を振り返ったリーダーに、指示の意図を感じ取った男らが軽く頷きあう。


「んじゃ、ちょっとそれ置いて下がってもらえますー?」


 言って歩みだしてきた車線側の三人の男に、リュックを置いた改札側の数人は睨みつける事しかできないままに後ずさりをしていく。

 現在の彼らの距離は、地面に置かれたリュックを中心に半径1メートルといったところ。

 そこから更に背後に下がっていく改札側の人間を確認した三人の男は、五メートル程の距離があいてからようやく、リュックに向かって進み始めた。

 そして。


 三人の車線側の人間がリュックに手を掛けた瞬間、事は起こった。



「――ぃっ!?」


 その短い悲鳴は人質のものではなく、改札側のものでもなく。

 車線側の最後尾から上がったものだと、確認したのは誰が一番早かったのか。

 少なくともその姿は改札側の人間からは見えない。

 断続的に上がる打撃音に車線側の集団が乱れてようやく、姿を現したそれに改札側は絶句した。

 それは、襲撃されている車線側も同じだったのだろう。


「あ!?」

「何だ――っ!!」

「っ――は!?」


 車線側の者らが順に、短い動揺の声を上げながら地面に落ちていく。

 その中心で立ち回る何かは、二人。

 全身黒の、少しばかり古風な服装。そして頭にかぶった同じく黒の、特徴的な形をした頭巾。

 それは俗に黒子姿というのか。人垣が割れてその全貌が露になった今、その二人が何故か手を繋いでいる事が分かった。

 そして、更に特筆するなら。

「ひょっとこ」――といえば誰もが知っているだろう。

 しかし黒子衣装の二人がつけたその面のあまりの気味悪さに、車線側だけでなく改札側のものさえ全ての思考を失うのも無理はなかった。


「――っ!! 逃げるぞ!!」


 けれど襲撃されている車線側は、そのぶん現実味があったのか。

 ひょっとこの虚ろな眼孔に見定められながらも、誰かがあげた声によって思い思いに動いていた個が一つのベクトルに統一される。

 その中、手ぶらでは帰れない、という思いがやはりあったのだろう。

 しっかりと放置されていたリュックの肩紐を掴んだ車線側の一人の手から、しかしリュックが滑り落ちた。


「っ!?」


 第三者によって多大な混乱の渦にある戦局。

 リュック本体と肩紐を繋ぐ金属部分が、弾き飛ぶ瞬間を見たものはいなかったかもしれない。

 だが確実に、誰の耳にも届いたであろう銃声。

 一体何処で、誰が。

 それによって一瞬全ての動きが止まった――かと思いきや不気味な黒子だけは依然、何の事も無く動き続けている。

 そんな様を何をするでもなく観察していた改札側は、ある意味銃声によって我に返った。






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