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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第一章、前提編
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その4・なるべく静かに行動すること







「うわーーーーん!!! うわわわあああああん!!」

「……。」

「びえええええええええええええええええええええん!!!!」

「…………。」


 現在時刻、早朝4時45分。奏は困っていた。

 途中軽く睡眠をとることが出来たので、身体の調子は頗るよかったのだが。


「……あの、子供さん。泣かれても困るのですが」

「うぇえええええええええええええええんん!!!!」

「………………。」


 極度に肥満した男女と同じく、奏には髪の短い子供の性別判断が出来ない。

 なので下手しないよう『子供さん』と呼びかけてみたのだがいかんせん、全く話が通じている気がしない。


(……途中までは、良かったんだけど)


 モノレールの中で計4体ぶんの検体を所得出来たのは、正直おいしかった。

 けれど思わぬ拾い物に今、奏は山中の無人モノレール駅で立ちすくむ。

 2つほど前の駅で感染者に襲われかけていた子供は、とても困ったことに中々以上の泣き虫だった。


「あの、子供さん。あなたの村はこの駅にあるという事で間違いないでしょうか」

「びぇえええええ!!!」

「えー、あなた。私の言葉を理解していますか?」

「うぇ、う、うぇっ……うえええええええん!!!」


 全力で泣き喚いているせいか、えずきながらも子供はその首を縦に振った。

 どうやら言葉は通じているようで一安心の奏だが、泣き止んでもらわない事には困る。今のところその様子は見受けられないが、泣き声を聞いて感染者が集まってくることは十分にありえるのだ。


(向かう場所が一緒じゃなかったら……放り出してたかも)


 否、駄目だ。こんな世の中で産まれた子供というのは奇跡のような産物なのだと。奏は首を振って自制した。

 さらに幸か不幸か、奏と子供の目的地は完全に一致していたのだ。

 なのでこうなったら目的の村に着くまでの間、こいつの口は超防水テープで密閉する他ないんじゃないかと。

 いつまでたっても泣き止まない子供に奏の手がポーチへと伸ばされた時、不意にその脳裏を、いつだったかの飯島との会話が過ぎった事は子供にとっての救いだった。



――――奏、君はもう少し態度を柔らかくすべきだ。


――――柔らかく、ですか。

――――そう。私や他のみんなや私や私に対し、もう少しフランクに、柔和に接してみてはどうかね。

――――それは例えば、どのような?

――――……敬語ではなくタメ口で話す、というのはどうだろうか。



 その後もなにやら会話は続いたが、あの時飯島が言いたかったことは恐らく『敬語は聞くものにとって堅苦しい印象を与える』という事。

 大人に対し使用するだけで『堅苦しい』という印象を与える、ならば子供はそれ以上に『なんか怖い』という感情を抱くのではないだろうかと。

 速やかに答えを導き出した奏は改めて子供に向き合い、飯島のいう『フランク』な態度に出ることにした。


「おいガキ。黙って」

「びっ……っ!?」


 口元をわなつかせ子供は丸い目で奏を見上げたかと思えばすぐ、その視線を下げ石のように押し黙った。

 己が導き出した答えが正しかったことに奏は内心驚嘆する。正直、以前飯島と会話した際にはそこまでタメ口の重要性について理解していなかったのだがいざ、実行してみればこの効果。


「で。君の村はどこ」

「あ、こ、こっち……です……」


 見違えるほど『友好的』になった子供に改めて、『フランク』というのは重要なのだと奏は思考にメモをした。

 正直今までは“敬語を使ってさえいれば無難”と思っていたのだが、これがTPOというヤツかもしれない。

 そうして一歩、自分の中で何かが成長したのを感じながら、歩き始めた子供に続く奏は装着したゴーグルの設定を切り替える。

 まだ月明かりに包まれている山中、僅かな光を最大に取り入れなければいざという時に対処できない。そしてこうして見てみるとどうやら、この辺りは奏の所属する研究所のある地域とは違いどことなく春が訪れ始めているらしかった。


 雪の合間から芽吹き始めた新芽に、随分早おきな小鳥の囀り。清涼さを感じさせる川のせせらぎ。

 それらはなんとものどかな空気感だが、気を引き締めていかねばならないだろう。

 これまで来た場所よりも暖かいということはつまり、奴らの挙動も活発だということになる。


「……!」


 そんな事を考えながらしばらく森を掻き分けて行く子供の後に続いていた奏は、木々の隙間がやがて、今まで以上に整頓され始めた事に気が付いた。

 これはもしや、と思えば案の定。

 小道と呼べるようになってきた道の先に木々で組まれた柵が伺える。

 更にだんだん近づいていくうち、それが“柵”というより、どちらかと言えばバリケードという表現に近い外観をしている事が分かり、奏は少しの感嘆の息と共に間近に迫ったそれを見上げた。


 人の身長の二倍程の高さまで組み上げられた木々はその先端を攻撃的に尖らせており、研磨されていない木肌にはそこら彼処に釘が打ち付けてある。まるで巨大な釘バットを積み上げたような有様だ。獣除けというには少しばかり大げさすぎるそれが、対感染者用だというのは間違いないだろう。

 となればその向こう側に何があるのかなんて、考えずとも分かる事であり。

 それを理解した奏は子供に先導され、バリケードに沿って歩きながら、その向こう側にあるものへと目を凝らした。組み上げられた木々の隙間からチラチラと伺える中の様子は、流石に深夜だけあってどうにもひっそりとしたものだ。


(どうやって起こそうか……いや、門番くらい普通いるか)


 よくよく目を凝らせば、柵の向こう側にはチラチラと移ろう火が見えて。

 そうしてやがて、迂回した先にあったこれまた立派な木製の門らしきものの前に辿り着いた奏は、『人間はやる気さえあれば、バリケードだけでなく門まで造れるのか』なんて。

 人の手のみで造られたのであろう建築物に他人事のような感想を抱きながら、無事発見した目的の村の中へと、いたいけな子供と共に足を踏み入れたのであった。





  ・ ・ ・





 朝日が昇っている。

 透明感のある雲間にかかる、夕焼けに似た黄色。

 屋根の隙間から差し込んできた、そんな眩しすぎる色によって目を覚ましていた奏は今、駅のホームで一つ深呼吸をしていた。

 いち任務の開始として、おあつらえ向きの朝。清涼感のある風が空気口からさらりと流れ込み、奏の気管を換気していく。


 にしても。

 清々しい朝に反し、昨晩は中々に隙間風がすごかったと。

 それはきっと気にしてはいけない事なのだろうが、正直、あれだけの柵を組み上げる技術があるのに何故、家の屋根に隙間が出来ているのか――なんて素朴な疑問を浮かべる彼女は現時点で、所持している五本の試験管のうち四本を既に検体で満たしていた。

 そして昨晩立ち寄った村の人口も、今朝一で確認を終えてある。


 となれば残るは、『特殊型』の検体採取で――――全ては速やかに行いたいのだが流石に、これには骨が折れるなと。


「……。」


 奏は駅のホーム、じぶんの隣にニコニコと立っている老婆を無言で見下げた。

 どうやら村の村長である彼女は『特殊型』に覚えがあるらしく、案内の者をつけると奏への同行を買って出てくれていたのだ。


「……この先の駅に慣れている人、というのは二つ先の駅にいらっしゃるんでしたね?」

「ああ、そうじゃ」


 柔和に微笑む背の低い老婆に、奏は一つ頷きを返す。

 この老婆は非常に良い人であった。

 まず、明け方と読んでいいのか分からない夜闇の中訪問した奏を快く迎え入れてくれたこと。

 そして彼女が求めている情報を快く提示してくれたこと。

 実のところ一つ目に関しては『子供を人質にとった、やたら重装備な不審者がやってきたのでとりあえず一番ボロい家に通して刺激しないよう対応しよう』という村の総意だったわけだが。

 そんなことを知るはずも無い奏にとっては、これはもうありがたいの一言に尽きる話だ。

 加えて案内の者すら付けてくれると言うのだから、寧ろ、ありがたいを通りすぎる程のものだ。


「……。」

「? なに、どうかしたかね?」

「……いえ、特に」


 そう、通り過ぎる。

 ありがたいを通り過ぎて、正直怪しい。


 現世界の一般常識的に考えて老婆の行動は不審だった。

 一つ、まず普通、研究所外の人間は所内の人間を嫌う。

 当然だろう、いくら感染者――『ゾンビ』へと自ら接触するのが仕事とはいえ、彼ら所外の人間にとって奏は『守られた場所で生活している良いおべべを着た人間』にほかならないのだから。

 そしてもう一つ、この老婆は『特殊型』について知っている。

 感染者から必死で逃げるのが関の山である一般人が、ゾンビの一種である『特殊型』を知っているという事の意味は、なんだか考えれば考えるほどに不吉なものしか浮かばなかった。


(認知してるって事は、接触した事がある……? それでもし、その『特殊型』が知能を持っていたとしたら。『特殊型』とこの老婆が“定期的に人間を差し出すのでワシの村を襲わんでください”的な取引をしていたとしたら――――)


 奏にとっては非常に宜しくない。

 なのでここは正直に、老婆へと問うてみることにした。


「おばあさん、『特殊型』と取引とかしてませんよね?」

「ん?そんなこと、あるわけないじゃあないか」


 老婆は笑顔で答える。

 そして人は、嘘をつく生き物だ。

 奏は勿論、嘘を見破るなどという芸当を持っていない。なのでゴーグルの設定を調節し、サーモグラフィーで老婆の体温を観察していた。

 結果。


(変化したといわれれば変化した気もするし、そうじゃないといわれたらそうじゃない……ってところか)


 つまり――――成る程、わからない。

 老婆の体温が低いことも関係しているのかもしれないが、専門のものでもない彼女に脈動する色分布の意味が分かる筈もない。

 なので。

 なんとなくで分かるものだろうかと試してはみたが結果、答えがでなかった奏は駅構内へと滑り込んできたモノレールへとその視線を流す事にした。


「さて、行こうかね」


 そうして先をいく老婆の背を、奏はチラリと戻した視線で追う。

 全く、これだから人間は面倒くさい。嘘発見器、というものがどの程度の信憑性を持つのか分からないが、人と接するときは是非とも活用してみたい。

 けれどそんな事を真剣に考える彼女の中に、此処で引き返すという選択肢は当然無かった。

 何にしろ、『特殊型』の検体摂取、という任務があるのだ。


(特殊型……)


 本当に居るのか、なんて事は考えるだけ無意味だろう。

 居たらいたで、良い。

 手に負えそうだったら検体を頂くし、そうでなければ逃げる。

 居なかったら居なかったで、良い。

 その、二つ先の駅に居る案内人とやらと共にその辺りの調査をすれば良い。


 とりあえず最悪の事態を想定しては見るが、そもそも人と取引が出来るほどの知能を持った『特殊型』なんて――――そもそも『特殊型』自体、そう簡単に居る分けないのだから、よく考えれば過剰な心配は無用だろうと。



 自らフラグを立てまくっている事にも気付かず、奏は老婆と共に車内に足を踏み入れた。






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