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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
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その35・悩み方を間違えないこと





 時は少しばかり遡る。


 爽やかな午後、河井はとても困っていた。

 何故なら結論から言って、先行した補給部隊の者達が戻って来なかったから。

 誰か戻ってきたな、と思っていたのは実は、先行した者の身包みを剥いだ民間人だったのである。


「いやーほんとさぁ、ヒデーよなぁ? 俺らはちょーっと恵んで貰いたいだけだってのに、なぁ?」

「そうそう、なんか殴りかかってくるからさぁ。オレらの仲間すげーケガしちゃって。こりゃもう慰謝料貰うしかないっしょー? みたいな?」


 “みたいな?”……いや、“みたいな?”と言われても、と。

 突如現れた彼らに内心困惑したのはなにも、河井だけの話ではないだろう。

 残った部隊の者達は皆それぞれ、顔を見合わせ動揺あらわに民間人を見つめていた。


「だからさ、恵んでほしいわけ。可哀相だろ? オレら」


 本当に可哀相な人は自分で可哀相とは言わないが。

 何にしろ強気な彼らは強気なだけの理由があり、それを聞いた者達は皆一様にして何も出来なかった。



 ・  ・  ・



 そして、現在。

 ざわつき始めた数人の声を耳に、河井はやはり困っていた。

 一難去ってまた一難、この駅に到着して数時間と経たないうちに次々起こる災厄に、いっそこの地は呪われているのではないかとすら思う。

 そして。


「え、ってか何ですか彼ら!? 盗賊? それとも山賊!?」

「え、日本に山賊っていんの!?」 


 “人質を帰して欲しくば色々よこせ”。

 そんな内容を言うだけ言って去っていった民間人らを、皆が“山賊”と称すのも無理はないと。


(なんでこんな事に……)


 ついつい考えるだけ無駄なことを考えてしまう河井が、重い息を吐くのも無理も無いだろう。

 “先行した補給部隊の数名はあっという間にガラの悪い民間にとっ捕まってしまいました”という現状は中々に受け入れがたいものである。

 けれど。


「で、どうします河井さん!」

「一応引き渡しの場所は指定されましたけど……そこに全員で乗り込んだらなんとかなりませんかね?!」


 更に何故、そこで自分を頼ってくるのか。

 正直作戦を考えるような頭は持っていない、そして間違いなく民間人相手に有利に立ち回れる気などしない河井は、重々重なる不可解にまたずうんと重い息を吐いた。


「全員で乗り込むにしても、全員が捕まっちゃうかも知れないじゃないすか……相手、全部で何人いるかわかんねぇし。それに――」


 チラッと視線を流してみれば。

 全員から向けられる期待の眼差しに、河井はお手上げとばかりに首を振る。


「――銃が使えないから、とっくみ合いっすよ? こんなかで近距離戦得意な人、います?」


 シーン、と。

 返って来た予想通りの沈黙は、想像以上に場に沈鬱な空気を漂わせた。

 そう、相手は“人”。人なのだ。

 それを踏まえれば河井を含め、この場に近距離特化のものはいない。

 近距離特化とは即ち“手加減をして近距離で誰かと戦える程の腕を持った者”であり、“相手を殺さず制圧できる者”の事を言うのだと、理解した全員が押し黙る様に河井は頭を悩ませる。

 殺さないように、など。

 それどころか人相手と考えるなら、下手な怪我を負わせるのもはばかられ。

 “感染者”という手加減無用の者達とした対峙てこなかった彼らは今、かなりのピンチに直面していた。


「人って……頭殴らなかったら死なない? よね?」

「いやでも乱戦になったらどうなるか……それ以前にこっちが頭殴られるかも」

「やだ何それ怖い。え、当然……銃とかで撃ったら人って死ぬよね?」

「当たり所によるだろうけど血ぃ出るだろ、めっちゃ出るだろ、ってか弾がもったいないだろ」


 なんだこの会話。

 と、思わず突っ込みたくなる程に彼らは人体に関して無知だった。

 誰か麻酔弾とか持ってない、と聞く声が上がればそんなもん持ってきてるわけないだろ、と飛ぶ否定の声。

 当然だ、感染者に麻酔銃は効かないのだから効かないものを携帯している筈が無い。


(それにしても――)


 誰一人、今まで人と敵対した経験が無いとは。

 これはそもそも部隊編成に問題があるんじゃないかと、今だから思えることに頭を悩ませるる河井自身、人と戦闘的な意味で対峙した事など当然無い。

 “外”で対峙する相手は常に感染者で。

 そもそも“外”で人と会うこと自体が稀で、会ったら会ったで助けを求められるのが常で。

 いつの間に人質を盾にカツアゲされる時代が来たのかと、知らぬ間にまた変わってしまった世の中を少しばかり憂ってしまう河井にその時また、キラキラとした視線が向けられた。


「でも河井さん、河井さんならなんとかなるんじゃないですか?」

「何だかんだ言いつつも出来そうですよね、近距離戦闘。なんとなく!」


 なんとなく、ってなんだ。

 それに思わずツッコミを入れてしまいそうになりながらも、河井は再度振られた話題に今度こそキッチリ否定の意を吐くことを決意する。

 自らそれを口にするのは物凄く憂鬱だが、そうでもしないと彼らは納得しそうにない。


「……俺、ほんと銃の扱いしか叩き込まれてないんで。近距離での殴り合いとか、子供の喧嘩レベルしか無理っす。ってか人と殴り合いの喧嘩とか小学校以降したこと無いっす」

「えー!? 嘘ー!!」


 残念ながら、嘘ではない。

 友人とはみな仲良くやっていたし、そもそも喧嘩するような状況が周囲に無かったのだ。

 そして師は本当に銃器の事しか教えてくれなかった。

 少しは対人の心得も教えてくれれば良かったのに、というのは本当に今更の考えで。

 そもそも河井の師が生きた時代というのは災害直後数年、“対人”より“対感染者”の心得を弟子に教え込むのも当然だろう。


(あー……師匠。でもアンタは絶対、対人もいける人でしたよね……)


 河井の中に色濃く残る、ニッカリ笑うその残像。

 彼は本当に強かった。そして、決して死んでいい人ではなかった。


――よぉ。ちょっとそこまで行ってくっから、これ全部整備しとけ。


 サラリと膨大な量を押し付けてきた彼なら、今この状況になんと言うだろう。

 想像してみれば実にあっさり記憶の中の彼は不敵な笑みを浮べてきて。


――どうすれば良いっすかね、師匠。

――あぁ?このクソが、いつも言ってんだろ。全滅するな、特技を生かせ。

――“特技”って言われても……。

――はいバカー。お前バカー。


 まだそのイラッとする会話を、その声を思い出すことが出来る。

 たったそれだけの事になんだか嬉しくも苦しくもなるけれど。その存在が最も、そしていつも自分に与え続けていたのは緊張感で。


「……“出来るかを考えるんじゃなく、出来ることをしろ”」


 意思を固めた河井の口からポツリと零れた言葉に、近くにいた者の首が傾げられる。

 全く持って失念していた自分をもし、今師匠が見ていたらどうなっているか。

 間違いなく、殴られている。

 リアルに想像できるそれに苦笑しながら、河井は顔と共に視線を上げた。

 まったく、いつのまに自分はこんなに弱気になっていたのか。まぁ間違いなく原因は一匹の感染者のせいだとは思うが。


(……いい天気だな)


 見上げた先は、まだ夜になるには遠い空。

 天候・湿度・風速、全てにおいて良好。


(まったく。アンタの言うとおりっすよ――師匠)


 結局のところ、何が出来るかは自分自身が一番よく知っていたりする。






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