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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
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その31・優先順位を忘れないこと





 天候は晴天。

 透き通るような青空の下で、この空もいつ見納めになるのかと。

 ぼんやり考える河井だが、それは別に死亡フラグ的なものでは無い。春が終われば夏、そしてその間にやってくる時期を彼は憂鬱に思っていた。

 そう。その名も、梅雨。

 普段以上に銃が錆びないよう気をつけなくては、機関部分がさびると不発や遅発の原因になってしまう。


(年中冬だったらなぁ……)


 それはそれで問題があることを考えつつも嘆息する河井は今、目的の観光地に補給部隊の護衛としてやってきていた。

 しかし暇である。

 モノレールから降りてそのまま、補給部隊班長と副班長がなにやら相談を始めだしたので、彼がやることといえば周囲に気を配ることくらい。

 だがなんとも長閑のどかな空気にはあの、感染者が近くにいる時のゾワゾワした――俗に言う殺気というのか、それが全く感じられなかった。

 しまいにはチュンチュンという小鳥の囀りまで聞こえはじめ、河井があくびをし始めるのも時間の問題である。



「――それではとりあえず、少数で町の様子を伺ってきますので。河井さんはここで残りの者の護衛をお願いします」


 そうして、ようやく。

 班長さんから指示が出されたのは、モノレール下車からおよそ五分後の事。


「ん、町の様子は誰かが先に行って確認してんじゃないんすか?」

「ええ。とりあえず危険だという報告が無いところ、町は大丈夫でしょう。しかし安全という報告も無いので……」


 精悍な顔つきの班長さんは、三十歳後半といったところか。

 しかし、伺うよう。

 じっと此方を見つめてくる視線に何故か敵意じみたものを感じ取り、内心首を傾げながらも河井はとりあえず状況を確認した。


「ここで落ち合う予定だったんすか?」

「いえ、そうではないのですが……先に行っている者と合流するかしないかは、状況を見て判断しろと言われています」

「ああ、成程」


 なのでまず、先に先行者と合流する事にすると。

 判断したのであろうその作戦に河井が了解の意を吐けば、ジトっとした視線を逸らした班長さんが数名の名を呼び上げる。

 それにしても、自分はこんなナイスミドルの彼に何かしただろうか。

 全く心当たりが無くむむっと首を捻っていた河井は、町へ行く少数部隊出発の直前。


「ちゃんと守ってくださいね」


 班長さんから掛けられた言葉に、あからさまにその眉根を寄せた。





 ちゃんと守れ、だ?

 当たり前だろう、よりにもよって自分が護衛に手を抜くものか。

 それとも自分にだからこそ言っているのか。


「あの……河井さん」


 駅構内の柱にもたれ班長からの言葉にむっつりと視線を下げていた河井は、呼び声に答えるよう顔を上げる。

 その先立っていたのは恐らく、彼より幾つか年上と思わしき女性。

 どこか落ち着かない面持ちは緊張しているようにも見えるが、上目づかいの瞳にはそれだけではない意思がともっている。


「どうかしたんすか?」

「あの……いえ、特に用事はないんですけど。ちょっとお話してみたくて」


 その瞬間、河井の頭に雷が落ちた。

 どこかの誰かさんとは違い、ある程度ひとの気持ちに聡い河井は女の態度に仰天する。

 もぞもぞと居心地悪そうに動かされる彼女の指先と、挙動不審な視線とその言葉からして。

 はーるが来ーたー、はーるが来ーたーと己の脳内が歌いだすのも致し方ないことだろう。


(って、ちょっと待ておちつけ。落ち着け俺……!!)


 しかしいかんせん、今は任務中。

 これは間違いなく春の訪れと見て良いだろうが、そればかりに意識を持っていかれるわけには行かない。

 それに、勘違いだという可能性もあるのだ。

 そんな事を脳内で瞬時にして考える間にも、笑みをつくり言葉を返す河井はなんとも器用な男である。


「別に面白い話とか出来ないっすよ?」

「何言っているんですか。河井さん、結構単独任務で各地に行っているんでしょう?」

「いやでもそんな、任務の話とか聞いて面白いっすか?」

「なら別のお話にします?そうですね、趣味とか……好きなタイプとか」


 たまらん。

 河井は思わず有頂天になるが、致し方ないことだと思う。

 この野朗ばかりの時代、数少ない女性が自分に興味を持ってくれているのだ。

 しかもこの女性、護衛部隊にいるからにはある程度腕が立つらしいがキッチリ、かっちり。

 それはもう、女性らしいのだ。何処かのマシーンのような女とは違う。


「好きなタイプっすか、えーっと……女らしい人っすかね、大和撫子みたいな!」


 そんな現在フリー感丸出しで答える河井に、女は楽しそうに笑う。


「あはは。いやですね、銃の話ですよ。最近弾薬制限のせいか、銃持ってる人少ないんですよねー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 吐血しなかった自分を褒めてやりたい。

 フル充電だった精神HPが一気にゼロまで持っていかれる感覚に朦朧としながらも、河井はか細い声で「ハンドガンはオートマチックっす……」とだけ答える。

 正直死にたい、地球の裏側まで穴を掘って引きこもりたい。


「え、そうなんですか。リボルバーだと思ってました」

「……リボルバーは確かに威力は高いっすけど。次弾込めるのに時間掛かるじゃないすか」


 遠くを見つめながら言った河井は腰から半自動式拳銃――俗にオートマチックと呼ばれる種類のハンドガンを抜くと同時、左手でそのスライドを引いた。

 更にそこから構えトリガーを引くまで、一秒とかかるはずも無い。



「――っ!?」


 がぁん、っと。

 銃声が空気を振るわせれば80メートル程先で倒れた影に、河井は知らず浮べていた笑みを消す。

 動かないところを見ると無事、両腕の無かった人影は息絶えたらしい。


「うそ……」


 駅構内に残った者達がざわつき、何事かと此方に視線を向けてくる間に。

 唯一既に下ろされた銃口が何処を向いていたのかを知っていた女は、その先を見つめ動かなくなったゾンビの姿にぽつりと息のような声を落とした。

 しかし嘘も何も、仕留めた事は確認済みで。己の任務が護衛であるということを忘れているはずもない 河井は、速やかに撃鉄を安全位置へと戻す。これを忘れると大変危険だ。


「凄い、やっぱほんとだったんだ……」


 やはり、この辺りにも感染者はいるのだなと。

 ゴソゴソとスライドの具合を確かめながら考えていた河井が顔を上げれば、向き直ってきた女と視線が交差する。


「いえ、噂で……河井さんは絶対弾を外さないって聞いて……」


 一撃必殺的な意味かと思ってました、と。

 少しばかり興奮した様子で早口に言う女に、河井は一つ納得がいった。

 だから彼女は始めに火力の高い回転式拳銃――リボルバーの名を上げたのだろうと、銃をホルスターになおす河井はしかし眉を軽くひそめる。


「……俺だって外すことくらいありますよ」


 それに、リボルバーはその名の通り回転するシリンダー部分を手で押さえられたら発射できない。

 そういった短所を含め、きちんと整備さえしていればまぁ不備を起こすことも無いスタンダードな銃を使っていると。

 言いたかった河井は――。


「おい」


 その時。

 背後から声が掛かるのと、河井が銃を再度引き抜くのと。

 どっちが早かったのかは分からないが振り返った先、既に彼の構えた銃身は握りこまれ銃口はあさっての方向を向いてしまっている。


(嘘だろ……ッ)


 反射的に河井の口から漏れた舌打ち。

 何故、一体、どうして。

 空いていた左手を銃を握った右手に沿えた河井は至近距離の相手と睨み合い、その手から銃を奪い返そうとするも上手くいかない。

 まったく、なんという馬鹿力なのか。

 両手渾身の力で銃を引っ張る河井の脳裏、一瞬もしや自分が非力説が過ぎったが、恐らくそういう問題ではないと即座に否定する。片手だけで銃口の向きを微動だにしないよう、留めきれる相手が規格外なのだ。


「“その他”。非常食を見なかったか」


 日光を受け、キラキラと透ける少し長い前髪の下。

 どこか淀んだ黒い瞳に見据えられ、河井は苦虫を十匹ほど噛み潰した方がマシだという気分になった。






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