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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
33/109

その30・人に優しくすること







「テメェ……このクソ女、覚えてろよ!!」

「タクロウ君、頑張れよ!」


 最後にそんな捨て台詞を残し。

 びっこを引きながら去っていった二人を店の外まで出て見送った奏は今、鍵の壊された時計台の天辺まで来ていた。

 観光名所の一つだったのだろう、しかしその時計台は外から眺めるべきものだったらしく。お世辞にも“観光用”に見えない狭い室内には、小さい窓と一組の椅子と机だけがあった。腐乱死体が転がっていなかった事は幸いである。


 そして。

 そんなこんなでタクロウ君を傍らに座らせた奏は今、窓際まで椅子に座り観光地の様子を一望していた。

 その目に映るのは落ちていく夕日が空を焼く様。

 逆光に影を落とした街は黒く、赤々とした空の様子はまるで街自体が燃えているようで。


――もう嫌だ、こんな、こんなところには居られない――


 過去の情景と重なる、嫌な光景だと。

 手にしていた双眼鏡を下ろしながら、奏はポリポリと頭を掻く。

 傍らに置いたゴーグルが西日を反射し、目を指すような光を放っていた。


「あ、あんた……何者なんだ?」


 そうして、しばらくして。

 かけられた声の方に視線を逸らして見れば、ずっと此方を見ていたのだろう、お山座りをしていたタクロウ君に凝視されながら奏は一つ頷きを返した。

 あの後、しばし自我呆然状態だった彼は今漸くにして立ち直ったらしい。


「田村 奏と言います」

「いやそういうんじゃなくて……どっかのソシキの人? オレ奏さんみたいな格好の人、他にも見たことある」


 確かに、感染者との遭遇率よりは低いものの。

 彼が言うように一般人と所内の者が不意に出会うことはなくもない。研究所が存知している“村”以外にも、細々と人々は生きているのだ。

 第一今だってその状況、おかげで此方はぶっちゃけ面倒極まりないと。

 正直思いながらも口には出さない奏は短く、「そうですか」とだけ返しまた双眼鏡を目に当てた。


「もしかして特殊部隊とかのヒト?」

「……まぁ訓練というか修行は受けてますが」

「へー……で、カレシとかいるの?」


 しかし、不意に。

 なんの脈絡もなくタクロウ君から向けられた問いに、奏は町並みから目を逸さないまま問い返す。


「は?」

「やだなぁトボケちゃって。んで、いるの?」


 チラリと。

 双眼鏡越しのせかいから隣の彼へと目をやった奏は、内心かなり呆れていた。

 数時間前の顔面蒼白はどこに行ったのか。

 立ち直るまでが長いタクロウ君は、立ち直ってしまえば正に完全復帰らしい。

 ニコニコと笑いながらも此方を観察してくるかのような視線に、奏は心中でため息をついた。


「……タクロウ君、あなた因みに今年齢は?」

「今年の夏で24! 奏さんは?」

「今年25です」

「え、マジ!? もっと上かと思った」

「・・・・・・・・・・・。」


 まるで子供のような素直さである。

 奏自身、自分が童顔だとは思っていないが。こうも素直に言われてしまうと反応に困るものがあり、奏は無言を返すことにした。

 それにしてもこの能天気な性格が良く今まで生き残って来れたなと。

 一つ息をつきまた街の観察に戻る彼女にしかし、タクロウ君の問いは続く。


「んで。どうなの、いるの?」

「いません」

「え、ラッキー! んじゃオレと付き合おうよ」

「お断りします」

「早っ!!」


 隣でぶーぶー言う声を聞きながしながら、奏は街行く人影の観察を続ける。

 一応人質にとった以上タクロウ君の相手をする気はあるが、本来の任務の方が当然重要。まだ疎らにうろつく人の動きを観察しつつ、ゾンビを発見し次第奏は狩りにいかなければならない。


「えー、なんでー? オレ、タイプじゃない? 」

「タイプも何も……私は貴方の事、顔と名前以外知らないので」

「そんなん付き合ってからでいいじゃん。あ、因みに奏さんの好きなタイプは?」


 しかしどうにも煩いので。

 ここは話題がなくなるまで端的に答えを返すしかないと、人影を見逃さないよう注意する奏は妙なところで真面目だった。

 けれど。

 最近めっきり色事にうとかったせいか、彼女の中で直ぐに答えが浮かばない。


「私より強い人……ですかね」


 そして数秒の後にして零れ落ちた、自分の答え。


 それが己の耳に入ると同時、奏はとてつもない衝撃を受けた。

 「え、じゃあオレ無理じゃん」などとタクロウ君が返してくるが、正直それどころではない。

 自分より強い者、すなわち自分が負けた相手といえば、つまり。


(私のタイプって……感染者!?)


 いやいや、無い。それは無い。

 動悸を抑えた奏は瞬時に自分の考えをかき消し、急いで追加の否定を吐く。


「いえでも強さが全てではないと思うので」

「え、マジ!? それオッケーって事!?」

「違います」


 そして実に現金なタクロウ君。

 肩肘を窓枠について奏が眺める先、町は夕暮れの赤。そして隣の男は脳内ピンク……否、青春の青か。

 短く否定すれば視界の端で肩を落としたものの、その雰囲気に全く諦めの文字が見えなくて。

 どうしてそこまで、と奏は小さくため息をついた。


「……この時代の男の人は、本当に女に飢えてますね」

「えー、それは女の人もじゃない?」


 ついに具体的に呆れを口にした奏は、それにすらサラリと返してくるタクロウ君をいっそ尊敬した。

 彼は実にタフである。

 しかし女が飢えるという感覚には同意できない。


「男の人口の方が圧倒的に多いでしょう」

「そうそう。だからそもそも競争率高いのに、見つけた女の人は絶対もう誰かとくっついてんだよねー。ぜってー飢えてるんだよ」


 成程、だからそういう発想になるわけか。

 いくらでもえり好みが出来る時代、確かに早急に誰かとくっつけばそれは飢えていると捕られてもおかしくない事だと。

 ふむふむと心の中で頷く奏に、“男のいない人生なんて!……ん、良い男が後で現れたら? 乗り換えればいいじゃん”という感覚はなく、そうしている間にもタクロウ君の言葉は続いていた。


「だからカノジョ見つけるのってかなり難しいわけよ。人のを力ずくで奪うってヤツもいるけど、ホラ、オレ紳士だし?」

「非力だし、の間違いでは」

「やだな奏さん、そんな事言ってるとモテないよ? ……あ、いや。モテるか」


 そう、ぶっちゃけこの女が少なくなった時代――“女”というだけでモテる。

 又の名、襲われるとも言うのだが。


「ともかく! 女の人は見つけ次第ツバつけとかないと駄目な世の中なんだよねー」

「まぁそれはそうかもしれませんね」

「ってか奏さんって実は超高物件じゃん!? 自分で自分の身を守ってくれる女の人なんてそういないじゃん?」

「……そうかもしれませんね」


 そういわれると何だか照れてしまう奏だが、表情には表れないそれをタクロウ君が気付くことは無い。

 それにしても恋愛についての会話などいつ以来か、間違いなく10年前以来ではあるなと。

 町並みを眺める奏はなんだか感慨深い気持ちになる。

 初恋はいつで、誰だったか。そんな下らない事すら回想しかけてしまうものだから、“恋愛”の話題は恐ろしい。


「そうそう! だからオレもちゃんとツバ付けとこうと思ってさ!」


 しかし。

 ウキウキとしたタクロウ君の言葉に、奏は遠くを見たくなった。

 しかし山の方は見たくない。最近は特に、山にはいい思い出がない。


 つまりは彼女は不意に、逃避したい現実の色々を思い出してしまったのである。


「生憎ですが。私もう色々とツバまみれなので……」


 感染者に付きまとわれている女を、誰が欲しがるというのか。

 そんな思いを言葉を借りて吐き出した奏のうつろな目に、何を思ったのかタクロウ君が瞠目する。


「え!? 何それエロい……ってあれ? でも今カレシいないって」

「……彼氏ではありません」

「爛れた関係!?」


 彼の脳内は青春の青を通り越しアダルティー紫に変化したようだが、奏は詳しいことを説明する気など無い。

 何から説明すればいいのかも分からないし、内容・状況・相手全てにおいてややこしいからである。


(あ。そういえば、あいつ……今のところ現れないけど)


 もしかすると奴は、あの山あたりにしか出没しないのだろうかと。

 仮定を立てかけた奏は即座、自分自身を叱咤する。

 そう、油断は禁物。あくまでも奴は神出鬼没、前回自分をあっさり解放したのにも何か理由があるはずだ。


 しかし、そうして押し黙った彼女に何を思ったのか。

 ふと顔を向ければ無言のタクロウ君から寄越される嬉々とした視線に、奏は今晩の事を考えた。


 彼には悪いが面倒なので、今夜は一応椅子にでも縛り付けておいた方がいいかもしれない、と。







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