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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
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その27・美味しくご飯を食べること






 奏が少し早めに昼食に来てみれば丁度、係りの女性が本日のメニューを張り出しているところだった。

 壁も床も単一色で統一された、何処もかしこも白い所内。

 食堂の壁だけほんのりとクリーム色をしているのは、恐らく油が染み込んでいるから。そう分かってはいても他所とは違うその色味は、食事時に相応しく心を和ませるものだろう。

 しかし奏はご飯時というだけで既に心が和むので、壁は綺麗にするべきだ、とだけ思う。


「よっ、奏」

「河井さん……こんにちは」


 本日のA定食・ジャガイモとニンジンの肉団子を受け取り待ちしていた奏が振り向けば、トレー片手に軽く手を上げて見せる男の姿がある。

 最近よく食堂で出会う河井は今日、彼女と同じく早めの昼食らしい。


「なんか機嫌よさそうに見えんだけど。良いことでもあったか?」

「良く分かりますね。実はちょっと、次の任務が楽しみで」


 差し出されたA定食を受け取り奏が再度振り向けば、なんともいえない表情で同じくA定食を注文する河井。


「え、お前任務が楽しみとか……スリル狂? それともただのM?」

「どちらでもありません」


 言い残した奏はまだ空席の多い食堂の中、いつもの定位置である食堂入り口付近の右端へと向かう。後からついて来る河井は恐らく、釈然としない顔をしているのだろう。

 確かに任務とはつまり、感染者蔓延る危険な外へ赴くものであり、多少なりとも身の危険を伴うもの。

 特に最近の任務でその難易度が増してきていることを感じているのか、河井の言葉も分からなくもないがそれでも奏は次の任務が楽しみだった。


「……そういう河井さんこそ、なんだかソワソワしているように見えますが」

「え、なんで分かんだ!?」

「あなた大抵そわそわしてますよ」


 並んで席につき、食事の用意を整えながら。

 チラリと奏が横目に見た河井は恐らく通知簿に「良い子なのですが落ち着きがないのが玉にキズです」とでも書かれていた事だろう。

 そんな事を考えながら奏が改めて視線をやれば先を促されていると思ったのか、一瞬視線を泳がせた河井がポリポリと頭を掻きながら口を開いた。


「いやー、実は俺も次の任務決まったんだけどそれがなぁ……物資補給部隊の補佐なんだよな」

「部隊補佐、ですか」

「そうそう。まぁ何度かやったことはあんだけど、毎度どうも緊張するっつーかなんつーか」


 ゴロゴロと皿の上に乗せられている肉団子を箸で指し、口へ運んでいく河井に習って奏も肉団子を摘み上げる。


「まぁ……それはそうかもしれませんね」

「だろ? 正直大人数守りながら歩くとかすげぇ気ぃ張るんだよな」

「今から疲れててどうするんですか」


 ふうっと頬杖を着き遠くを見ている河井に返し、奏はパンを強引に引きちぎった。

 バキバキッ、と音がしそうなほど硬いパンはパンというより煎餅に近いのではないかと誰もが愚痴る一品である。

 しかし食べていけるだけで幸せなご時勢。

 文句など出てくる筈もない奏はバリバリそれを噛み砕き、また河井もしばしの間無言で肉団子を租借していた。


「……ってかお前も今回参加かと思ってたんだけど。違うのか?」

「部隊補佐ですか?―――いえ、私は今回も一人任務です」

「なんだ……お前も一緒だったら良かったのに」

「何故ですか?」


 奏が軽い疑問と共に視線をやればその先、また食事へ戻っていく河井は何事かを思案しているらしい。

 視線を泳がせる彼の箸先が肉団子を捕らえきれず滑っている様を観察しながら、奏はパンを水で喉の奥へと流し込む。


「……いやほら。知ってるヤツが一緒の方が頼もしいだろ?」

「確かにそれはそうですね。でもやはり、私は一人が一番気楽です」


 他の人の事を考えれるのは余裕のある人間だけ。

 正直自分の事だけで手一杯、けれど自分の事だけは自分で何とか出来るようこれまでやってきた奏はパンのモサモサ感と格闘していた。うまい具合に水分と共に流し込まなければ、喉の奥にへばり付きむせる羽目になってしまうのである。

 なのでそんな奏が、何故か河井が無言になってしまった事に気がつくのには少しばかり時間がかかり。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


(……まぁ食事時だし、いっか)


 そもそも食事中やたらめったら口を開くのも行儀が悪いだろう、としばし黙々と食事にいそしむ彼女だったのだが。

 なんだか隣からじとっとした視線が寄越されてきているような気がして、奏は内心首を傾げつつも自分から話題を出してみることにした。


「それで。今回補給部隊はどの辺りまで行くんですか?」


 近場の物資はもう捕り尽しているんじゃないかと。

 素朴な疑問を世間話程度にしてみた奏の方へ、待ってましたとばかりの勢いで身体ごと向き直ってくる河井がいる。


「そう、それ! なんか今回結構遠出するみてぇでな」

「……方角は?」

「……幸い、前の任務先の正反対だ」


 聞くと彼のテンションは一瞬下がったようだったが、すぐさま又ウキウキとした様子で語り始める河井は非常に正直な人間だと奏は思う。


「なんか山奥は山奥みてぇなんだけど。元々観光地だったとこで、結構古い町並みとかが残ってる地域らしくてな……そこんとこは結構楽しみっちゃ楽しみなんだよな」


 古い町並み、という言葉に少しばかり引っかかりつつ。

 それでも気のせいだろうと奏は現地の様子を想像してみた。


「……お土産ものとかは流石に、もう腐ってると思うので。食べちゃダメですよ」

「誰が食うか!」

「でももし、食べれそうなものがあったら持って帰って来てくださいね」

「……まかせとけ」


 それに視線を逸らした河井にまさか独り占めする気ではないだろうな、と訝しむ奏だか彼に限ってそんな事はないだろうと一応納得した。

 まだ短い付き合いの中でも、河井は恐らく嘘をつけない人柄なのだろうということは分かっている。


「……それにしても、何故いきなりそんな所に行くことになったんですかね?」

「あー。なんか話だと、新しくここに来た子がいて。その子が元々由緒正しい鍛冶職人?かなんかの娘だったらしく――」


 しかし。

 続けられた河井の言葉に奏は内心ぎょっとする。

 それは彼女にとって、どうにも聞き覚えのある説明で。


「なんか家の地下室に色々あるらしくってな。そこの鍵を持ってるっつーから取りに行こうって話しに――って、何。どうかしたか?」


 いつのまにか箸が止まってしまっていたのだろう。

 不思議そうに首を傾ける河井の顔を、ボーっと眺めてしまっていた奏は我に返って首を振る。


「いえ、なんでもありません……それでは今回の任務は結構大人数で向かうだろうな、と思って」

「そうそう。確か十人くらい? だからお前も補佐で呼ばれてんじゃねぇかと思ったんだけど」

「……私は単独ですね。まぁそっちの方が性に合ってますし」


 付け合せの萎びたキャベツに箸を伸ばし、どうにも釈然としない思いを抱える奏は己の上司を脳裏に浮べていた。

 彼が何をどう考えて今回の采配を決めたのかは分からないがまぁ奏自身、一人の方が気楽と言うのは確かなのでとりあえず良しとする。

 しかしこの調子だと河井は何も知らないようなので。


「んで。お前は任務、いつ出発なの?」

「明日ですね」

「おお、まじか。俺は明後日」


 自分も知らないフリをして、残った団子の欠片をさらう奏だったのだが。


「おや。君達……並んで食事かね?」


 二人の間にずうんっと落ちた影の姿を確かめるよう、奏は背後を振り返った。

 その際一瞬視界に入った河井の顔がちょっぴり顰められていた気もするが、確認した第三者の表情はC食を片手に溢れんばかりの笑顔である。


「飯島所長……私、もう食べ終わるところですが」

「そうか、しかし私一人で食事と言うのも味気ないからな。もう少しここにいなさい」


 奏の隣の椅子を引き、にっこりと言い切った飯島の視線がチラッと河井のほうに流れる。


「ところで河井君。良かったじゃないか」

「……何がっすか」

「この前、奏に会いたがっていただろう?」


 河井の箸先がボトリ、と肉団子を取り落とした。

 そんな音を耳にしながらも、話題が自分に関係あるならと。

 奏が顔をければカッと目を見開き飯島を睨んでいるらしい河井はそれに気付いたのだろう。


「そうなんですか、河井さん?」

「い、いや。別に用事と言うほどの用事は」


 バッと視線を逸らした河井に不信感を抱く奏はしかし、とりあえず深追いしないことにする。

 それにしても、自分のいないところで自分の話題がされていた、というのはどうにも変な感じで。何処の誰が何を話していようと大抵どうでもいいが、知人が自分の話をしていたとなればやはり、多少気になるものだ。

 しかしまぁ、直接伝えない話ならそれほど重要なものでもないだろうと。


 食事も終わったので頬杖を着き、ぼんやりとそんな事を考えていた奏は若干眠くなってくるがその時また、新たに近づいてくる足音にしっかり意識を反応させる。


「あれあれ、皆勢ぞろいとは珍しいね?ちょっと僕もよせてよ、よせてよ」


 現れたかと思えば飯島の隣の椅子を引く、少し掠れたアルトの声。

 その白衣姿はいつもヨレヨレだが今日はいつも以上にヨレヨレだ。


「え、楠さんこそ珍しいっすね。いつも食堂以外で食ってんじゃないんすか?」

「楠……そんなヨレヨレの格好で人前に出てくるな」


 そして速やかに反応を返せる河井と飯島はとても社交上手である。

 まるで自分の持つ愛読書のお手本のような存在だ、と。奏が感心する間にも皆の会話はスラスラ続いていた。


「あはは、着替え面倒だったんだよ……ってか凄いね河井君、良く見てるね?」

「はぁ……本当にな。どうやらこの男は人間観察が趣味のようだ」

「そんな暗い趣味もってないっすよ」


 それは『趣味・人間観察』の人に失礼ではないかと。

 思う奏だったが先程の河井の言葉には同感で。少しばかり苦々し気に腕を組んでいる飯島の表情の向こう、普段研究施設に引きこもって出てこない人物へと顔を向ければバッチリ視線が交差する。


「でも本当に珍しいですね、楠さん」

「まぁねー。ちょっと気分転換? とりあえずやってた研究ひと段落したからさ、たまには有象無象の中でご飯食べるのも悪くないかなーって思ってね? あははははは」


 ボサボサの前髪に目元が隠れているが、笑う楠はいたって朗らかだ。

 それは徹夜明けのハイテンションに見えなくも無いが、この人はいつもこんなもので。

 となればまさか楠は常に徹夜しているのかと。

 柔らかな笑みの表情を奏がじっと見つめる隣、相も変わらずC食を選んでいる飯島のスプーンがピタリと止まった。


「完成したのか?」

「まったく誰に言ってるんだか。全てにおいて完璧、何の穴も無いよ理論上はね? ……イタダキマース」


 どうにも気になる言葉を残し、手を合わせた楠が選んだのは本日のB食らしい。

 しかし炒め物・付け合せつき――とメニュー表に書かれていたそれの付け合わせが、どう見てもC食なのはきっと奏の気のせいでは無い。


「ん、何か完成したんすか?」

「え、何? 聞きたい?聞きたい? どうする、教えてあげていいかな飯島?」

「彼には内緒にしておこう」

「なんでっすか!?」


 何やら楽しげに河井と飯島が会話している隙をぬって、楠が“付け合せ”を飯島のC食に放り込んでいる。

 それをしっかり奏が目撃している事に気付いたのだろう、またにっこり笑みを浮べた楠がパンを片手に口を開いた。


「あ、そうそう奏ちゃん。この間は色々とお土産ありがとうね?」

「あ、はい。役に立ちそうですか?」

「あはは……どうだろうね。でもおかげで何とかなってる、これからも色々よろしくね?」

「はい」


 奏が一つ頷きを返せば、飯島との会話が終わったのか。

 隣の河井がその身を乗り出し、話にずいっと加わってくる。


「何の話?」

「……臓器などの話です」

「ぞ……ッ!? え、何の……?」


 顔の向きを変えればその先、河井が何ともいえない表情をしていたが。

 聞かれたならばと、奏は答えられる範囲で完結に言葉を吐いた。


「感染者の、です」

「結構集めるの大変なんだよね、僕が集めるわけじゃないけどね? ああそういえば知ってる河井君?感染者っていうのは―――」

「ちょっ!ちょ、ちょっと待ってください楠さんとりあえずご飯時なんで勘弁してください!!!」


 バタバタと首と手を振る河井は非常に騒がしい。

 それを明るいというか、五月蝿いというのか。

 そこでふと奏は今までこれほどまでに賑やかな食事をした事があっただろうか、と己を鑑みる。


(いや、無いな……こんなうるさい人、今まで周りにいなかったし)


 基本的に、今までずっと食事は一人で取ってきた。

 この研究所に来てからというものの、一応隣の席は飯島によって埋められる事が多くなったけれど。奏の中では彼との食事に、『賑やかだ』という印象は余りない。

 つまり食事時というのに賑か、というものの原因は間違いなく河井で。

 それは自分にとって体験した事のない状況で、しかしそれに沸く不快感が殆ど無いことに奏は内心首を傾げる。


(まぁ……たまにはこういうのも良いって事かな)


 基本、食事というのは静かに行うべきだが。

 きっと、たまには良いのだろう。

 きっと、それは新鮮なのだろうと。


 綺麗さっぱり平らげた皿に、奏は少しばかり惜しい気持ちになった。






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