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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第三章、応用編に行く前に~基本編その2
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その26・周囲の環境を整えること(※挿絵あり)

挿絵(By みてみん)












 体育館の隅。

 お山座りをして、手にした包丁をぎゅっと握り締めて。

 そっと伺ってみた周囲の表情は大まかにして二つ。

 疲れきったような顔か、貼り付けたような笑みか。

 どちらも変わらず自分を不安にさせるものだけれど、何もない夜中に叫び声を上げるのは笑っている方の人達だ。


(うるさい、眠れない……)


 とはいっても。

 そもそもが熟睡とは程遠い世界になってしまった。

 時たま何処かへフラリと出て行く人を、止める人はもういなくなってしまった。

 周囲には大勢の人間がいるというのに、ちっとも安心できないのは何でだろうか。


(もともと一人でいる方が性に合ってるしなぁ……)


 でも今一人になるなんて怖い。怖すぎる。

 外はあいつらがウロウロしてるし。皆と一緒にいないと私なんか直ぐ死んじゃうし。

 でも此処にいても怖いのには変わりない。

 周りの人達は少しずつ何処かヘンになっていく。


(ケンタロウ……)


 ぎゅっと腕の中のぬくもりを抱きしめたら、ペロペロと頬を舐められた。

 くすぐったくて、泣きそうで。

 どうしてこんな事になったんだろう、と情けなくこぼれようとする涙を唇を噛んでぎゅっと堪えた。よく面倒を見てくれていた家政婦さんも、もう死んでしまったのかもしれない。

 でもきっと私は、この子がいる限り大丈夫だと。

 自分はきっと大丈夫だと、確信めいたものを感じながら愛犬の身体を抱え込んだ。


 けれど。

 不意に落ちた影に悪寒が走って――




――目を開くと同時、左腕に仕込んでおいたナイフを引き抜く。

 何かへと放った一閃はしかし宙でピタリと止められ、そこまでしてようやく奏は己の周囲を把握した。


「ふむ。中々の反応速度だ」


 自身が眠っていたベッド。乱雑に服が詰まれた机と椅子。

 間近で此方を覗き込んでくる満足げな表情に、奏は一つ瞬きを返した。


「おはよう、奏」


 にっこりと朝の挨拶を口にする飯島の手がナイフの刃を器用に掴んでいる。

 先程自分は夢から覚めたようだが、今は一体どういう状況なのか。


(此処は――私の、部屋?)


 考えようにも朦朧とした頭。

 加えて所内、ここはどうやら自室である――という事を確認した奏の脳はどうやら安心してしまったらしい。

 回転速度を上げるどころか、また緩やかな眠りの世界へ向かおうと彼女の瞼はゆるゆる落ちていく。

 そう。昨日も確か、修行で夜遅かったのだ。兎も角眠れる時に眠っておかねば、最近身体がどうにも持たない。


 しかし、そこで何かが引っかかり。

 落ちかけていた瞼を強引に引き上げ、奏は未だ此方を覗き込んでくる男の顔を凝視した。


「えー……っと……何でしたっ、け?」

「……気は引き締まっているようで何よりだが。頭の方はまだ起きていないようだ」

「イダダダッ!痛っ――!!!」


 ナイフを握った右腕をそのまま逆関節に返され。

 反射的に奏の身体はそれから逃れようと身を捻り、左前腕を相手の脇に入れ。

 全体重と筋肉の動員により自身の背に乗せた相手の身体を、前方へと思いきり放り投げた。


「ぐふッ!!」


 エセ背負い投げ、一本。

 ベットを越え転がっていった飯島がカエルの潰れたような声を上げるのを横目に、奏は自らの右腕の具合を確かめた。

 まだ不快感は残るものの、筋を痛めたりはしていないようなので一先ず安心である。


「ふ……突然刃物を振り回されたかと思えば、背負い投げ(仮)とは。まるで昔に戻ったようだ、私達が築いた八年の信頼関係は何処へ行ったのだね?」

「すみません、あのままだと完全に関節技を決められそうだったので……おはようございます、飯島所長」

「うっ! そ、その氷のような視線……!! 私はいたく傷ついたのだが」


 氷のような視線とやらをした覚えはない奏だったが、確かに寝起きともなれば目つきが悪かったかもしれないと。

 一人、奏が何処かズレた事を考えている間にも、ズリズリと髪を乱しながら飯島がベットに腕を掻け這い上がってくる。それは夜中に見たら中々ホラーな光景だ。

 しかし今は紛うことなく朝。

 それを何より証明する己の腹時計を確かめるよう、奏はナイフを仕舞い鳴きそうなお腹へと手をやった。飯島の恨めしそうな視線など、今や完全に彼女の意識の外である。


「奏……私の傷ついた心より自分の腹の方が心配か」

「……ん? あ、申し訳ありません。聞いていませんでした」

「……まぁいい。それにしても私が見るに奏、君は中々調子が良いようだ」


 ふと奏が自身の腹から視線を上げた先、そこにはベットの淵に腰掛けた飯島の姿。


「そうですね、おかげ様で。以前より少しカンが鋭くなったような気がします」


 恐らく寝起きの反応の事だろう、と辺りをつけた奏は自身の行動に鑑みてみた。

 一週間みっちり行われていたサバイバル修行の成果か、最近どうも気配に鋭くなっている気がして。

 己の体感が1ランク上がっている事を口にした彼女へと飯島は思案するかのように足を組む。


「と、言うよりは昔に戻ったと言う方が正しいな」

「昔に、ですか?」

「自覚はないのかね? 昔の君はそれはもう眠りが浅く、誰かが近づこうものなら問答無用で包丁を振り回していたものだ」


 ベットの淵に腰掛けた飯島が呆れ混じりに嘆息するのを、奏はぼんやり眺めてみた。

 ため息をつきながらもどこか楽しそうな彼は昔を思い出しているのかもしれない。

 しかし。


「……そんな危険人物だった覚えはないのですが」

「覚えていないだけだろう」

「飯島所長に対してのみ、だったのでは?」


 流石に所かまわず刃物を振り回すような人間ではなかったはずだと。

 奏が素直な言葉を吐けば、飯島の表情がピシリと凍る。

 彼女には一応、悪気はない。

 しかし草臥れた白衣の背中は多大なため息を室内に落とした。


「ああ、酷い。酷いぞ奏……懇親の修行プランにより気が引き締まった事は喜ばしいが、私に対してのこの扱いはどうだ。地道にコツコツ積み上げた友好度は何処へ消えたのだ。奏が強くなると言うことはイコールで私に対して冷たくなると言うことなのか、それとも単に若年性痴呆なのか、どうなのだね奏?」

「そうかもしれませんね」

「……考えものだな」


 適当に返せば何やら黙り込んでしまったので。

 腕を組み思考の海へ旅立った様子の飯島を置き、奏は朝のストレッチを始めることにした。

 そう、自分はもう若いと胸を張って言える年ではないと。

 世間的に言えばまだまだ若い年なのだが、彼女は丹念に腕の筋を伸ばし、腰をゆっくりと捻る。


(“僕より凄い選手は何人もいた、けれど皆身体の故障で辞めていった――”)


 僕が此処まで来れたのはしっかりストレッチをしてきたからだ、と。

 言ったのは誰だったか、そして何の選手だったか。

 思い出せない奏はそもそも、あまり昔の事を覚えているタチではなかった。

 よほどの事でなければ「そんな事あったかな?なかったかな?どうだったかな?」程度で終わってしまうのである。

 なので、本当に何の悪気もなかったのだが。

 チラリと奏が横目に見た先、飯島は未だボンヤリしているようなので。


「……ところで飯島所長、何故ここに?」

「可愛い可愛い愛娘を起こしに来たのだよ」


 声をかけてみたものの真顔で返され、奏は心中でため息をついた。


「何か問題でも起きましたか」

「何かないと来てはいけないのかね?」

「用事がないのであれば二度寝の許可を頂きたいのですが」


 ストレッチをしていると何だかまた眠たくなってきて、加えて飯島に対しいらぬ心配をしてしまった自分がアホらしくて。

 寝乱れていた布団をなおしながら問うた奏は、背後の気配がピクリと一瞬凍ったことを察知した。しかしもう一々気にしないことにしようと、思った彼女だったのだが。


「奏……君は年頃の女性だという自覚がないようだ。私が父とはいえ、異性相手に安易に一緒に寝ようなどと言うのは褒められたものではない。癖がつく可能性がある」

「……流石に一緒に寝ようとは言ってませ」

「しかし愛する娘からの誘いを無下にするわけにもいかんな、さあおいで!」


 お父さんが一緒に寝てあげよう、と。

 嬉々とした顔で布団をめくってくる飯島に奏は無言でナイフを抜いた。


「……何か、用事が、あったんですか?」


 きっちり飯島の耳に入るよう。

 はっきりとした発音で問う奏は無駄な時間が嫌いだった。

 流石に素直に彼と寝るほどボケてはいないので、眠るというならば出て行ってもらわなければならない。そして用事があるのなら速やかにそれを口にしてほしい。

 そんな奏の熱い思いが視線に乗って届いたのか。



「ふむそうだな実のところ迷っていたのだが。先程の反応速度を見る限り――」

「見る限り、なんでしょう」


 彼の顔が何処となく蒼白に見えるのは恐らく光の加減だろう、と。

 視線を逸らしスラスラと本題を紡ぎ始めた飯島の言葉を奏が先を促すよう繰り返せば、言いよどまれていた本題がやがて少しばかり不満げに紡がれた。


「――奏、日本刀に興味はあるかね?」



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