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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
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その23・カラスが鳴いたら帰ること







 モノレールの車窓から見える夕日は既に、山の端に沈みかけている。

 これはもう、帰る頃には夜中になってしまっているだろうなと。

 何の収穫もない割に濃いものだった一日を回想しつつ、奏は開放された右手の感触を確かめるよう軽く振ってみた。



―――帰って良いぞ、非常食。

―――え!? い、いいの??

―――ああ、先は長い。それに……。


 “先”とは何の事なのか。

 別れ際の鴉の言葉が今になって引っかかるが、その時は“帰って良い”という衝撃にそれどころではなかったのだ。

 加えて。


―――今回は中々に楽しめた、また愉快な人間を連れて来い。


 などと言うものだから。

 別にお前に紹介するために連れてきた訳じゃねぇよと、奏の思考はすっかり別方向に流れてしまったのである。


「なぁ……あれってマジで、感染者なのか?」


 窓から差し込む夕日に目を眇めていた奏は、通路向こうの座席で河井がポツリと落とした問いかけに目を向けた。

 モノレールに乗って以降、しばらく無言だった彼は彼なりに何やらを考えていたのだろう。


「一見分かりませんよね。でもこの前斬った時、傷口からは黒液が出てたので」

「いや一応一見には分かるだろ、金髪だし。ってか“この前斬った”のか」


 斬ったどころか切り落とした事もある奏なのだが。

 その点は置いておく事にして、鴉が感染者であると一目に気付けた河井には、中々の洞察力があるようである。

 そういえば反応速度速かったなぁと。思い返してみれば鴉と初めて会った時、その正体に一目では気付けなかった奏には、些か居心地悪いものがあった。


「……まぁ。感染者にも色々いるって事ですよ」

「いやそれさぁ。ほんっと思うんだけどなんでそんな冷静なわけ?」


 ぐるりと。

 河井に身体ごと向き直られ、問いを投げられた奏は電車の揺れに身を預けながらも、何のことか分からず首を傾けた。

 そんな彼女の態度がまた腑に落ちなかったのか、苦々しげに顔を顰めた河井の目が眇められる。


「感染者で言葉喋ってて、人を馬鹿にするような知能があんだぞ。しかもきっちり人間の形保ってっし……まず、その時点でおかしいだろ」

「……。」

「有りえねぇ……でも実際あんな感染者が居るって事は、今度からは外で会う人型のもん全部『感染者か!?』って疑って掛からねぇと。鴉みてぇに自然には有り得ねぇ髪の色してんならまだしもな……って、聞いてんのか」

「聞いてますよ」


 様は『人に擬態されると面倒くさい』という事が河井は言いたいのだろう。

 奏は窓際に頬杖をつきながら、相手の言葉を想像してみた。


「まぁ確かに。そういう感染者と遭遇する事もあるでしょうね」

「……焦らねぇの?」

「特に。攻撃してきたら“敵”でしょう」


 それは至って単純な話だ。

 しかしそんな奏の思考が河井には理解しがたかったらしく。


「なら人間が攻撃してきたら殺せるってのか」

「そんな事する筈ないでしょう。勿体無い」


 只でさえ黒液によって人間の数は減っているのだ。

 同士討ちなど愚の骨頂、戦闘不能にすれば良いだけだろうアホですかと。言いかけて奏は唇を噛んだ。

 ちらっと視線をやった先、河井も同じことを思い出したのか、眉間にぐっとしわを寄せている。


「お前……鴉とおんなじこと言ってんぞ」

「……不可抗力です」


 奏の口から滑り落ちたそれは先程、河井が投げた問いに対し鴉が返した言葉と同じだった。


――……なぁ鴉。お前もやっぱ人間を喰うのか。

――肉と言う意味では先程喰ったが。

――いや多分河井さんが聞きたいのは“生きてる人間”ってことだと思いますよ。


 帰って良い、といわれたもののモノレールが来るまで帰れないので。

 なんとも間抜けな電車待ちの時間、河井が口にしたのは以前奏がしたのとは少しばかり違う問いだった。


――好んで喰おうとは思わんな。

――ん、なんでだ?


 そしてそれに返って来た、意外な言葉に。

 短く問い返した河井へと、どこか楽しそうに鴉は言い切ったのだ。


勿体無いからだ、と。


 あの後、河井は訳が分からんと言いたげな顔で衝撃を受けていたが、奏はそれとはまた別種の衝撃に頭をグラグラさせていた。

 そう、彼女の脳裏に浮かぶのは己の過去にある、人生の転機といっても良い場面。

 まだ幼かった自分が武器である包丁を奪われ、死を覚悟したあの瞬間。


――なんで、殺さないの?

――勿体無いからな。


 フラッシュバックした光景に奏は軽く頭を振る。

 しかし中々消えてくれない映像に、過去へと飛びかける彼女の思考を引き戻したのは河井の声だった。


「それにしてもほんと訳わかんねぇよな。何考えてんの、ってか何なんだ、アイツ」


 パッと今に思考を戻した奏は一瞬、何の話だったか分からなくなるが。

 数秒考えれば河井の言う“アイツ”が誰かなど聞かなくとも分かる。

 そしてどうやら苦渋の表情で頭をかいている彼は相当、“アイツ”こと鴉が苦手らしかった。


「会話出来るからといって理解できるわけじゃないですから」

「そうだな、そもそも会話出来るってだけでも驚き――ってか! そうだ、そういえば」


 ふと。

 頭にやっていた手をとめた河井から向けられる視線に、奏はなんだか嫌な予感がした。

 そしてこういった予感は大抵の場合当たるのである。


「お前、他にも会ったことあんの? 人の言葉話す感染者に」

「ああ……はい、まぁ……」

「マジかよ……え、で、ソイツ。どんなだった? やっぱ強かったのか? 性格悪かったか?」


 矢継ぎ早に質問を繰り出してくる河井から逃げるよう、奏は窓の外へと視線を逸らした。

 しかし反射する窓ガラス、全身で興味をアピールしてくる彼の姿が丸見えである。


「まぁ……今思えばある種の恩人というか」

「はぁ!?」

「いや一応私、今生きてますからね。恩というか情け的なものを掛けられたんじゃないかと……」


 しかし奏としてはあまり口にしたくない話題。

 適当に誤魔化せないかともにょもにょ口を動かせば、ガラス越しに見える河井の顔が真剣なものに変わる。


「え、ってことはまだソイツ生きてると」

「……まぁ――」

「死んでるかも知れないって!? んなわけねーだろ、お前を負かすくらいだ相当強い。となればこの先、そいつと遭遇する事もあるのか、いやそいつだけじゃなく他のそういう奴らと戦う羽目になることもあるんだよな……!?」


 奏が言葉を発する前に。

 二度あることは絶対三度あるしと、何やら凄い勢いで焦り始めた河井の姿に奏は小さな息をついた。

 それは確かにとてつもなく死地に近いお話だが、隣で焦っている人間がいるとかえって冷静になれるのは何故だろう。

 そんな奏の生ぬるい視線に、しかし河井は全く気付いていないようで。


「ってかそもそも隙を突かねぇと鴉にすら勝てる気しねぇよ、寧ろ隙を突かれて殺されそうだよ、まじあの時奏ちゃんが“連れて帰りましょう”とか言わなくてよかった……」

「そんな訳ないでしょう」


 あの時とはモノレールに乗る前の事だろうか。

 喚き散らしている河井が何を考えてそんな思考に至ったのか、全く分からない奏の中に彼のいう選択肢だけはなかった。

 別に鴉の事が嫌いと言うわけではないが――否、どちらかというと嫌いだが、ともかく。

 これ以上の厄介ごとを背負い込む気など奏には更々無い。


(とりあえず……)


 とりあえず帰ったら筋トレしよう、と。

 自身が前回報告を隠したことなどすっかり忘れた奏の瞳には、山の陰に沈む夕日に向かい飛んでいく鳥の姿が映っていた。






タイトルの意味とかはもうあまり気にしないで下さい。

基本編はここで一応お終いです。

お付き合いしてくださった皆様、どうもありがとうございました。

こんな感じのお話ですが、お付き合いいただければ幸いです。

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