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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
23/109

その22・仲間のメンタルに注意すること






 管理小屋に入った途端、河井の怒声が凄い勢いで飛んできた。


「遅せぇよ! まじ遅せぇよ!! 俺が必死こいて戦ってた間、何してたのか五十文字以内で述べろ!」

「無茶言わないでください。消音器つけて戦ってた方も悪いと思います」


 確かに鴉が異変を口にしなければ、彼は今この世にいなかったかもしれないと。

 ほんのちょっぴり悪い気もする奏だが、やはりどうにも不可抗力である。

 しかし彼女が異変に気付けなかった理由である、サイレンサー付きハンドガンを手に捲くし立てる河井は、何か言わないと気がすまないようで。

 つまり二人の再会に「助けに来てくれたんだな、ありがとう!」や「無事でしたか?! 遅くなってすみません……」などと言う会話は存在しないと言うことだった。


「そりゃまぁ駅で待ち合わせにしてたし、奏ちゃんはしょうがないとして鴉! テメェは気付いてただろ!?」

「気付いていたに決まっている」

「てめぇ――! ん、ちょっと待て。ならなんで此処に俺いるって……まさか」

「……コイツが教えてくれたんですよ」


 加えて河井の戦闘痕がヘンゼルとグレーテルのパン屑さながらに残っていた事もあるが。

 自分で言って自分で気付いた様子の河井は、呆気に取られたかのようにその口を開いた――かと思えば一拍置いて眉間にシワを寄せ歯噛みする。


(悔しいんですね、河井さん……)


 奏は聞かなくとも彼の心境が目に見えるようだった。

 そしてそんな彼女の隣、鴉は非常にご満悦な様子で。


「ん?“その他”。何か俺に言うことがあるだろう」

「ねぇよ!!!」

「こういうのを“人間出来てない”というんだったか、非常食」

「私に振らないで」

「人外相手に持つ人間性なんかねぇよ!!」


 なんとも大人気ない態度の河井だが確かに相手は人外である。

 だからこそ悔しい、加えて鴉の態度も酷いものなので。奏は河井に同情の視線を送るほか無い。


「まぁお前の情けないツラが見れたから良しとしてやる……中々見ものだったな、非常食」

「だから私に振らないでってば」


 先程から何かと話を振ってくる鴉へと奏は呆れ交じりの息をついた。

 これではまるで共犯者のような扱いである。

 今回の事は襲撃されている事を知らせない河井に問題があったと思うが、それでも中々合流しない彼を迎えに行かなかった自分もちょっぴり悪かったかもしれないと。

 一応、反省している奏には河井を苛める気などサラサラ無い。

 しかし彼の中では完全に二対一の構図が出来上がってしまったようで。


「お、お前ら……っ!!!!」

「お前“ら”って……ちょっと落ち着きましょう、河井さん。そろそろ頭の血管切れますよ」

「う……そ、そうだな。なんかちょっと頭イタイ……」


 奏がポンポンとその肩を叩いてやれば、己のこめかみにしょんぼりと手をやる河井。

 なんだかよく分からないが彼は相当に参っているらしかった。


「怪我はありませんか」

「おう……」

「生きてりゃそれで勝ちじゃありませんか」

「おう……って何コレもしかして俺慰められてる?」


 言って目を丸くし首を傾けた河井の姿に奏はふと既視感を覚える。

 ぎゃんぎゃん吠えたかと思えばしょんぼりし始めるこの様子――間違いない、昔家で飼っていた犬にそっくりだ。


(ケンタロウ……)


 思い出すと未だ胸が苦しくなるが、彼はもう此処にはいない。今は無き愛犬の姿を脳裏に浮べ、奏は首を傾げたままの河井に向かって強く語りかけた。


「私の方としては正直河井さんが何故そこまで疲弊しているのか分かりませんけど、最初の二匹に関しては素晴らしかったと思います。それに他にも頑張ってたんですよね、私の方からは分かりませんでしたけど。そうです、そこに貴方が居たことに意味はあったんです」

「褒めてんのか貶してんのか俺を残念なヤツにしたいのかどれだ!?」

「素直な感想です」


 二手に分かれた以上、河井がどう頑張っていたかなど此方には分からない。

 正直生きていると言うことが何よりの勲章だと奏は思うのだが、彼のしょんぼりした態度は変わりなく。

 寧ろ悪化したのか、重苦しく吐き出された河井のため息がなんとも奏の哀愁をさそった。


「本当に……何かあったんですか、河井さん」


 元気にならない河井へと。

 視線を合わせながら奏が問いかければ、どこか居心地悪そうに彷徨う彼の瞳。


「……いや、なんつーかさ」

「はい」


 それでもじっと視線を送り続けていたら、やがて河井の口が重苦しく開かれる。


「俺としてはな、汚名返上したかったっつーか……」

「……?私は特に河井さんに対してマイナス評価はしてませんが」


 しかし相手の言いたいことがいまいち良く分からず。

 疑問符を浮べる奏にしばし間を空けた河井は難しそうに眉を寄せ、やがてその顔にぎこちない笑みを浮べた。


「あー……まぁなんだ、こっちの話だ」


 言って奏の頭を撫でてくる河井の手に何やら誤魔化された気がするが。

 口にしたくない事なら仕方がないと彼女も深く聞くことはない。

 しかし何か、言わなくてはならない事があるのではないかと。


「俺の非常食に勝手に触るな」

「てめぇ……」


 頭上から消えた河井の手の重さはさておき。

 鴉と河井がなにやら睨み合いをする間に思考を形にした奏は、己の頭上の攻防戦を無いものとしながらゆっくりとその口を開いた。


「でもですね、河井さん。これだけは言っておきます」

「え? あ、うん……何?」


 もう話は終わったと思っていたのだろう。

 不意を突かれた様子の河井へと、しかし奏は伝えるべきことは伝えなければ気がすまないので。


「私達は基本、一人の任務が多いので共闘という感覚が無いのは分かりますが。二人の方が案外早く片付いたりするんですよ」


 だから今度からはちゃんと、何かあったら助けを呼べと。

 言いたい事を言ってスッキリした奏が返事を待つよう視線をやれば、驚いたかのような表情をしていた河井の視線が斜めに反れる。


「いや正直助けは呼びたかったんだけどホラ、サイレンサー外してる暇なかったっつーか」

「ならば情けなく“タスケテクレー”とでも叫べば良い」

「そんな情けない事出来るか!!!!」


 それにお前の場合、俺が叫んだところで絶対来ねーだろ!と。

 鴉に噛み付く河井の言うそれは、俗に言う男のプライドというやつかもしれない。そういえば何時だったか、何かそのようなことを彼が言っていたのを聞いた気がする。


(確か“男のプライドは繊細だ”とかなんとか――)


 河井の言葉を回想すれば、つくづく男とは面倒な生き物だなと思う奏だが。

 恐らく己も彼と同じ状況になれば助けなど呼べなかったのでどっちもどっちかもしれない。

 ようはプライドの問題なのだと。

 命取りになるかもしれないものを、しかし手放す気にもなれず。


「なんか馬鹿みたいですね」

「悪ぃか。どうせ馬鹿だよ」


 拗ねてしまった河合に「私もです」とは言わず。

 ただ何となく見ていて面白いその様子を、奏は彼が立ち直るまで眺めてみることにした。




     ・            ・           ・




「で、結局あいつら全部で何匹いたんでしょうね。とりあえず最初に二匹、それから小屋の前で三匹」


 歩きながら今回の事件を口に出し整理した奏は、傾き始めた西日に目を細める。

 計、五匹。

 果たしてそれは鴉が“非常食”を待たせていきたくなる程の数なのかと。

 その戦闘能力を考えれば少しばかり疑問である奏だが、もしかすると自分と同じで彼は遠距離攻撃相手が苦手なのかもしれない。

 何の確信もない、“なんとなく”の話だけれど。


(駅まであと三分ってとこか……)


 ちらりと視線をやった先、隣では河井が『夕焼け小焼け』を少し外れた調子の口笛で吹いている。

 それは正に夕方に相応しい、先程の事が嘘のように穏やかな帰宅時間で。


「あと五匹だな」


 しかし。

 右隣を行く鴉がそんな言葉をポロリと零したので。


「え、あと五匹も残ってるの」


 それではこんな呑気に歩いている場合じゃないんじゃないかと。

 緊張に一瞬身体を強張らせた奏が視線をやれば、その先の金髪がふるふると左右に振られていた。


「違う。そこの“その他”が殺した数だ」


 驚いて顔の向きを180度回転させれば左隣、奏の視線を避けるように目を泳がせる河井がいる。


「お前……俺もただ逃げてたわけじゃねぇんだぞ?」

「……影の功労者とは正にこの事ですね」


 ならば誇ればいいのに何故そうしないのかと。

 河井の性格上「すげーだろ!?」くらい言われるかと思っていた奏はそんな彼の予想外の態度に目を瞬かせた。

 しかしそれをどう捉えたのか。


「う、嘘じゃねぇぞ?」

「……いや別に、そんな事おもってませんけど」


 どうやら立ち直ったと思っていた河井、未だ少しネガティブモードを引きずっているようだ。

 彼は今回、誰よりも多く敵を排除したと言うのに。やはり人間「影の功労者」より「表舞台の花形」をやりたいものなのかもしれないなと。

 くだらない事を考えているうち、やがてモノレールの駅のホームが奏の前に現れた。


(着いた……)


 寧ろ“着いてしまった”というべきか。

 あとはこれに乗って帰れば良いのだが、しかしどうにも奏の中で大きな問題がある。

 そしてそれは河井も同じようで。

 チラッと再度盗み見た先、その顔色から彼も自分と同じくこの道中、何の良い案も浮かばなかったという事が伺えた。

 そう。

 その只“これに乗って帰る”という事が現在何よりの難問だった。


「えー、鴉。お願いがあるんですけれども……」

「なんだ」

「あのー、私達帰りたいというか。ついて来て欲しくないというか。寧ろまじついて来んなお願いだからっていうか……」


 正直、この感染者を撒く機会が見つからなかったので。

 こうなれば正直に言おうと思いを口にした奏の隣、河井が驚いたように此方を見てくるのはとりあえず無視する事にした。






切らないとまた長くなると思って切りましたが、なんか変なところで切れてる気がします。読みにくかったらすみません。

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