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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
21/109

その20・目の前の事に集中しすぎないこと






 これだから、と河井は舌打ちをする。

 襲撃者の身体を瞬時に認識し、足の関節部分を撃ち抜いたまでは良かった。

 しかし第二弾を発射するまでの僅かな時間、奏の方に変化があった。


「……鴉」


 河井が振って沸いた男へと視界を移動させる間に、撃ち落したばかりの襲撃者がまた奏へと攻撃を行っている。

 関節を撃ち抜かれたわりに元気な襲撃者は、結論からして感染者だったのだろう。

 ともかく。襲撃者の攻撃はきっちり岩が防いでくれていたので、河井の苦々しさはそこになかった。


 これだから、と。

 自分が撃った弾はたったの一発だというのに。

 300メートル程離れた鴉から向けられるピリピリとした視線に、河井は自身の位置が完全にバレている事を悟っていた。

 そう、これまでも今も。

 河井の中に隙あれば感染者の脳天を撃ち抜く準備は出来ていた。扱いやすいよう鴉と名を付けてみたものの、相手は感染者なのだから。


(奏ちゃんは違うみてぇだけど)


 奏の持つ二択は“敵とそれ以外”。

 つまり“敵”とならない限り、彼女は感染者を見過ごせるということで。

 それは実に堅実で自らの生存率を上げるものだと思うが、河井の中の選択肢は“感染者とそれ以外”だ。

 人の姿を保っていようと、人の言葉を話していようと、それは変わらない。


(・・・・・正直ちょっとペースは崩されたけどな!)


 まぁそこは許して貰うとする。だって人間だもの。

 などと下らない事を考えつつも河井は今、完全に鴉を“感染者”と認識していた。

 しかし、これまで通り相手には一部の隙も無い。恐らく唯一のチャンスであった奏と鴉が離れていた現状も、襲撃者を打ち抜いた後の僅かな隙に、木っ端微塵に吹き飛んだ。


「スペック高すぎだろお前……」


 寧ろ指先一つ動かしたら殺されるかもしれないと。

 呟く河井に何の根拠もない確信を抱かせる鴉からのそれは、俗に殺気と呼ばれるものかもしれなかった。

 正直かなり恐ろしい。


(ってか……どうするよこの状況)


 身の危険を感じる現状。

 鴉から銃口を放す事が出来るはずもなく、なので当然撃ち落した相手に止めを刺すことも出来ない。

 けれど振り返ってみた己の行動の中、襲撃者である感染者を撃ち落したのは間違いなく正解のはずで、その後、鴉に照準を合わせたのも間違いではないはずで。

 ならば何故今、こんなにも動き図らい状況になってしまっているのかと。

 心中で頭を抱える河井の視界の先、均衡を保つ場を動かしたのは新たな存在の介入だった。






    ・     ・     ・






 響いた二発目の銃声。

 それは右斜めの木々が揺れた、と奏が認識するのと同時だった。

 またしても獣が叫ぶかの様な声と共に振ってきた何かの身体。

 ドサリ、と落下してきたそれに奏は二つの意味で驚いた。


「一匹じゃなかったの」


 呟きと共に見やった先。

 うつ伏せになり脳天から黒い液体を垂れ流している姿は間違いなく感染者だった。

 そして背にした岩の向こう、狙撃された割に元気な襲撃者も間違いなく感染者で。

 同時に襲撃されていたら存外まずかったんじゃあないかと、奏は“作戦を練る”という知能が有していなかったらしい襲撃者らに感謝した。

 加えて。


「……あれは厄介だな」

「あれって?」


 眼前の男が落とした呟きに、大体何のことかは分かりつつも奏は問い返した。


「“その他”の攻撃方法だ」


 その他の癖に、と。

 言って舌打ちをする鴉は随分とご機嫌ナナメのようで、私に八つ当たりするなよと心の中で念じる奏だが、しかし、確かに彼の言いたいことも分かった。


 正直、河井の射撃の腕が予想以上良かったのだ。

 数撃ちゃ当たるといったような思考回路なのかと思えば、一体につき一発で感染者らを仕留めて見せるその技術。

 鉄砲の事は良く分からない奏にも結構凄いんじゃね?と思わせるほどのそれは流石、所内随一、といわれるだけのもの――まぁそんな噂話を鴉は当然、基本的に人付き合いをしない奏が知っている筈も無いのだが。

 なのでそんな悲しい周知の事実はさておき、それを今目の前で確認した彼女の中にあるのはしかし、河井への素直な賞賛だけではなかった。


「私、銃は嫌いです」

「……こいつらも同じ事をしてきた」

「そいつらは物凄く嫌い」


 “こいつら”という事は登場して即時、撃ち落された感染者も狙撃の(すべ)を持っていたのだろうかと。

 何となしに考えながら、奏は右斜めに転がる死体へと視線をやる。

 良く見てみるとそれは右手部分が巨大化しており、コレが狙撃のカギとなる部分なのかと、理解する彼女の目はけれど据わっていた。


 そう、奏は元々あまり銃が好きではなかった。

 そして今回、それは確かに“嫌い”へと変わった。


「子供っぽいとは思うけど。遠距離攻撃ってちょっとズルくない?」

「ずるい?」

「だって遠くから撃たれたらこっちには手も足も出せないし、それに……」

「それに、何だ」


 チラリと奏が視線をやってみれば明後日の方向を見ている鴉だったが、どうやら話は聞いているらしい。

 真剣に聞いて欲しいなど欠片も思っていないので、その姿勢は彼女にとって有り難かった。

 俗に言う“王様の耳はロバの耳ー!”的な気分というヤツ、穴の中に叫ぶのはそれなりに意味のある事なのかもしれない。


「……普段より身の危険を多めに感じるというか」


 そう、奏は単純に銃が怖いから嫌いだった。

 山中のように隠れる場所がそれこそ山ほどある空間で、狙われる恐怖は中々以上のものである。


(目の前の銃口と同じくらい、怖い……)


 脳裏を過った過去の体験談に舌打ちする奏は、このたび更に新たな発見をしていた。

 それは、味方の発砲音も恐ろしいという事。

 銃を構えている方は当然分かっているだろうが、此方は銃口がどこを狙っているのかなんて分からないのだ。

 そんな状況で満足に動ける筈がない、唐突になる銃声に強張ってしまう己の身体が、奏は妙に悔しかった。


「……鴉」

「なんだ」

「お前もあいつらみたいに、狙撃できたりするの」


 ふと。

 “黒液は一種類しかない”という楠の言葉を思い出した奏は率直に感染者へと問いかけてみる。一種類という事は元はどの感染者も同じという事で、つまり他の感染者に出来ることはこの男にも出来るのではないかと思ったのだ。


(でも、正直……)


 出来てほしくない、と思うのは何故か。

 そんなモヤつく思いを抱いた奏の唐突な質問にやがて、しばし無言を貫いていた鴉は座ったままの彼女の右手を引いた。


「よく見ておけ」


 言って奏を立ち上がらせたかと思えば、鴉は右方で死んでいる感染者の方へと足を進める。

 そしてその腕をもぎ取る。


「・・・・・・・・・・・・。」


 まさかこんなスプラッタを“よく見て”おかなければならないのかと。

 思い抗議の声を上げかけた奏だが、鴉があまりにもあっさりと踵を返したのでそれに続く。

 因みに感染者からもぎ取られた腕は既に彼の口に加えられており、視界の端で気味悪く揺れているので奏は心頭滅却することにした。

 心頭滅却すれば租借音もまたオーケストラ・・・・・・かもしれない。


 しかし実際そうでもない。

 という事実に奏がうんざりする間にも、鴉は左手で拳サイズの石を拾い岩の裏側へと向かっていく。

 そこには初め河井が狙撃した感染者がへたばっている筈で、そういえばしばらく静かだったがどうかしたのかと。

 鴉に続いた奏が岩陰から顔を除かせれば、見たところ黒い液体を周りの地面に染み込ませる体はまだ辛うじて生きているらしかった。

 その腐乱した左腕と右足、河井に脳天破壊された感染者と同じく肥大したその右腕のみが地を掻くように蠢いている。

 しかし奏の観察はそこで終わった。


「!!??」


 右方で風を切るような音がしたかと思えば、襲撃者の頭が吹っ飛んだ。

 ドカンだかバチャンだか良く分からない音を立てて破裂したその頭から、煙すら上がっているような錯覚がするのは気のせいか。


「なに今のショットガン!?」

「岩の欠片を投げただけだ」

「いやおかしいでしょ、なにその威力!?」

「あいつらも同じことをしていただろう。俺に出来んとでも思ったか」


 無残に化した感染者の死骸から目を離せないままに。

 奏がまくし立てれば返ってくる、当然だとでも言わんばかりの鴉の言葉。

 しかし全く当然ではない。

 先程の感染者の攻撃は此処まですさまじい威力ではなかったと、というか一体何をしたんだと。

 奏は鴉を振り仰いだ先――絶句した。


「え、何……それ」

「威力がでるよう、少しばかり作り変えた」


 通常のおよそ3倍程に巨大化し、造形を変えた左腕。

 恐らくそれで先程の石を投げたのだろう、しれっと言い切る鴉はいたって無表情である。

 否、よく見てみると何処となく不満そうである。

 つまり、あれほどの威力を出しておいて不満なのかと。顔を引き攣らせながらも奏は鴉の向上心に、ある種の敬服の念を抱いた。

 だが当の本人はやはり不服らしく。

 その眉が寄せられたかと思えば常時の形に戻っていく鴉の左腕に、奏はもうどう反応をすればいいのか分からなくなった。

 そんな彼女の反応をどう捉えたのか。


「土下座すればやり方を教えてやらんことも無い」

「いや出来ないので結構です」


 鴉のレクチャーの申し出を、奏は即座お断りさせてもらった。

 いくら物凄い破壊力が手に入るとはいえ、まだ人間をやめたくない。


「そうだな、お前らは傷一つ治せん脆弱な生き物だからな」

「え、何それ関係あるの」

「やっている事は同じだ」


 なにやら当然の事をバカにされた気がするが。

 鴉の言葉から奏はふと閃くものがあった。

 感染者に言わせれば“脆弱”らしいが、普通人間はそれなりの時間経過で傷を治すものである。しかし鴉は切り落とされた右腕を生やすという有り得ない治癒能力を持っていた。

 それは肉体の治癒・再生というより――。


(――構築?)


 洞窟内にいた巨大感染者も、今回の右腕が肥大していた感染者達も。

 通常有り得ない形状をした感染者はつまり、栄養を元に身体を構築しているといえる。

 そしてもしかして今、自分は少しばかり頭のいいことに気が付いてしまったかもしれない、と。


(……そうでもないな)


 よく考えてみると寧ろ何故、今の今までそんなことに気付かなかったのか。

 こなした任務の数からしてとうに知っていて当然な事に、今更気が付いた奏は、ともかく、気持ちを切り替えることにして改めて鴉に意識を向けた。

 何故だか接近戦専門だと思い込んでいた相手が遠距離攻撃も出来ると知った衝撃は、彼女の中の色々を差し置いても中々である。

 となればもしや、時代は遠距離なのかもしれないなと。目を伏せた奏の鼓膜を打つ言葉があった。


「しかし俺はあまり好かん」


 なにやら忙しなく形を変えていた左腕の感触を確かめるよう。

 プラプラと振りながら鴉が呟いた言葉に、奏はその目を瞬かせた。


「遠距離攻撃が?なんで、便利で……いいんじゃないの」

「お前がそれを聞くか、非常食」


 鼻で軽く笑われるが、何故だか今回はそこに嫌味なものを感じず。

 見下ろしてくる瞳を見返す奏は、鴉の先の言葉に耳を傾けた。


「遠距離など、投げるものが無くなればそこで終わりだ。それに――」

「近距離の方が確実だから?」

「分かっているなら聞くな」


 ずきゅんと。

 言いつつもどこか楽しそうな鴉に奏の胸が変な音を鳴らした。

 気持ち的には恐らく“嬉しい”というものだろう、接近戦支持者と言うものは案外少ないのだから。

 しかしそれに加えて。


「……うっ」

「どうした非常食」

「今、いきなり胸に圧迫感が」


 何処かで、いつだったか感じた事のある感覚のような気もするが。

 いまいちピンとこないまま首を傾ける奏に、鴉の嘲笑が振ってくる。


「脆弱だな。そんなだから“ズルい”だの“危機”だのを感じる羽目になる」

「煩い。私はまだまだ強くなる」

「そうだな、危機といえば――」

「おい聞けよ」


 ふうっと。

 息をつけばいつの間にか去っていた異変に、しかし何処と無く気持ちが悪く。

 胸をさすってみた奏の違和感は、鼓膜を突き抜ける勢いの爆弾発言に空の彼方まで吹き飛んだ。


「“その他”がなにやら面白そうなことになっているが」






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