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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
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その19・音を聞くこと







 身を低く、山中を疾走する。

 奏にとってはもう三度も通った地形、駅の位置は完全に頭に入っているので後は身の隠しやすさと動きやすさを両立するルートを選んでいくだけだ。

 とりあえず、洞窟を出た場所には何もいなかった。

 となれば道中で遭遇する可能性を考えなくてはならなくなり、一定の距離を保ち己に続く河井へと心配の念を送っている余裕など奏には無い。


――二人固まって行くと事故が起こりかねないので、河井さんは後方支援に徹してください。


 それは奏自身が出した提案だ。

 近くに人がいることによって“もしも”の時、動きが鈍っては困る。そして鈍らなくても困る。

 うっかり同士討ち、などという残念すぎる結果だけは避けなければならないので、提案は妥当なものだと言えただろう。

 それに加え――。


「!」


 ふと。

 背筋に走った悪寒に、疾走する奏は己の武器へと手を掛ける。

 軽く深呼吸をしながら耳を澄ましてみれば、その音を捉えるのは早かった。

 後方の河井とは別に何かが枝葉を揺らす音が聞こえる。


(方角にして左方。距離……十五メートルくらい、か?)


 己自身の身体が草木を弾く音に邪魔され、正確な距離は分からない。

 けれど決して遠くは無い位置から近づいてきているその音は、人間がたてるには粗暴すぎる物音。加えて長距離から的確に此方へと向かってくるとなれば、恐らくそれは間違いなく。


「……。」


 相手を感染者又は獣の類と断定した奏は今度こそ武器を抜く。野犬の類を相手にするのは気が進まないが、感染者ならば即殺であると。


「っ!?」


 しかし、その時。

 藪を掻き分ける乱雑な音が止まると同時、奏の足はいっそう強く地を蹴った。


 それは、逃走のために反射的にとった行為。

 ガヅン、と近くの樹木が何かに軋む音を耳にしながら即座、奏は大樹の影へと身を隠し息を詰める。


(っ、おかしい――!)


 未だ相手の姿は見えていなかった。

 それが透明でもない限り否、透明であってもおかしい。奏は己の周囲に妙な空気の動きを感じていなかった。

 加えて己が反射的にとった行動、これはまさに。


「っ!??」


 自身が背にした大樹に衝撃を感じ、奏の心拍が上昇する。

 聞こえたのはまたしても何かが木肌にめり込む鈍い音。

 ガスッ、ボズンッと連続して幹を振動させるそれから逃れるため、奏は次の木の影へと身体を移した。

 チラリと一瞬視界に入れた先、自分が背にしていた大樹の傍にはやり何の姿も無い。


(これは――)


 此処までくれば、それはもう確信で。


(――狙撃……!)


 方角からして相手は河井ではない。

 しかし銃によって狙撃されるというのは、パートナーに狙撃される事と大差なく奏を動揺させていた。

 そもそも何故、己は何によって狙撃されているのかと。

 パニックになりかける頭を奏は深呼吸と共に落ち着かせる。

 相手はこの際、関係ない。


――遠距離からの攻撃。威力は大樹にめり込む程度。


 幸い岩を砕くほどの威力では無いようだが、いくら自分の装備が防刃・防弾とはいえ一撃食らったら骨が折れる可能性がある。


(なら……とりあえず待つのは弾切れか)


 見たところ相手はそれほどの命中精度を有していない。

 ならばとりあえず岩陰に身を隠そうと、奏は利き足に力を込めた。



   ・    ・    ・




(弾って避けれるのかよ……)


 まるで獣のようだ、と。

 しなやかに岩陰に転がり込んだ奏の姿に河井は安堵しつつも苦笑した。

 一瞬何がおきたのか分からなかったものの。彼女の傍の木々に穴が開いていく様から、今ではそれが狙撃だと理解している。

 ともかく。

 初めは先陣を切っていった奏に些か不安を覚えたが、様子を見るにどうやら大丈夫そうであると。

 突如の予想しない形での襲撃に対応した彼女に習うべく、河井はボトルアクションライフルに弾を込めた。現在襲撃者の意識は完全に奏にのみ注がれているようであり、今こそが好機といえるだろう。


(んー。でもそれにしてもなぁ……)


 相手はサイレンサーでも付けているのか、全く銃声がしない。

 加えて木の幹を抉る穴の大きさにどうにも違和感を覚えるが、兎も角いま一番の問題は襲撃者の姿が確認できていない事にあった。

 相手が感染者ならば良いが、もしも人間だった場合を考えると、簡単に引き金を引けない部分が河井にはある。


――とりあえず二人揃って襲われたらマズいので。私が囮の意味も込めて先に行きます。


 考えあぐねる河井の脳裏、よみがえるのは先程の奏との会話だ。

 後方支援を言い渡され不満に顔を顰めた矢先に、“銃とは遠距離攻撃出来る武器なのだから”と言い切った彼女。

 加えてもし襲われた場合は自分を囮にしろ、などと平坦に言ってくれるものだから河井としては少しばかり参るものがある。


 襲撃された場合、その相手を仕留める責任と、奏の命を預かる責任。


(・・・・・・・・そもそも、そっちが襲われる確証とか、ねぇだろ。)


 一瞬脳裏を過ぎった映像に舌打ちをし、河井はライフルを固定した。

 奏は岩陰から動いていない。

 という事はそのうち、焦れた襲撃者が狙撃ポイントを変えるため移動することが予測される。

 そのタイミングを逃さないよう寸前まで我慢し待つことが今回の河井の仕事であった。


 外さない、そして躊躇もしない。


 もう二度と、と自身に言い聞かせる河井の視界の先。

 やがて不自然に揺れた木々の枝葉に彼の口元は僅かに弧を描いた。



     ・      ・      ・



 一発の銃声が山に木霊する。

 獣のような叫び声と共に何かが地面を打つ音がし、奏は詰めていた息を吐き出した。

 それと同時。


「非常食」

「ひょわっ!!!!」


 頭上の枝を鳴らし降って沸いた鴉に奏は口から心臓が飛び出るかと思った。

 何時の間に近くに来ていたのか、それとも初めからここにいたのか。

 真相は分からないがともかく心臓に悪いので止めて欲しい、と。

 バクバクとなる胸に手を当てていた奏は、己が背にした岩に走った衝撃に、また目を剥いた。


「え、なんで……」

「アレは撃ち落とされただけだ。死んでいない」


 未だ止まない銃撃の理由。

 続いた鴉の言葉に状況を理解した奏の眉が、数秒の後に寄せられる。

 恐らく、襲撃者を狙撃した河井は頭以外の部分を狙ったのだろう。それは相手が感染者ではなかった場合を考えると妥当といえる。

 しかし、ならば何故次弾を発射しその攻撃手段を奪わないのか。

 首を傾げつつも岩陰から出れない奏が鴉へと目をやれば、その顔は彼女には認識できない何処かへと向けられていた。


「……何」

「面倒なことになった」


 呟く鴉が舌打ちをすれば、もう一発の銃声が森に反響した。






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