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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
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その17・臨機応変に対応すること






「んで……どうすんだよこれから」

「どうするって……任務遂行以外ないでしょう」


 あの後。

 「腹が減った」という一言でその場の空気を凍らせた感染者は、その場に屈み込みポケットから何やら気持ち悪い色のものを取り出して租借し始めていた。

 当然奏の手は男によって繋がれたままだったので、二人はその場から移動できないままである。

 ふぅっ、と。

 短いため息を吐き出した河井はこの感染者について納得したのかどうなのか。とりあえず銃は下ろしたものの、彼の表情は釈然としない。

 確かに納得するには少しばかり難解な状況、しかし今はどうしようもないのだからと奏は既に諦めの中にある。

 そしてやがて、そんな彼女の向かい。

 しばし沈黙していた河井が食事中の男へと口を開いた。


「お前、名前なんてゆーの」


 それは奏にとって予想外の質問。

 お前何言ってんの、と河井の思考を確かめたくなる彼女だったが、それは奴にとっても同じだったらしく。

 もぐもぐと動かしていた口を止めたかと思えば、食事中だった感染者が一拍おいてその顔を上げた。


「……俺に言っているのか」

「お前以外に誰がいんだよ」

「名前など無い。必要ないからな」


 それはそうだろう。

 必要ない、そして感染者は感染する以前の記憶を保持しないから。

 思い不可解な質問の意図を測りかねる奏に河井は、言ってまた顔を伏せ食事へと戻った男へと無言のままに視線をやっていた――のだが。


「じゃあお前の名前“クロ”な」

「は?」


 言い切った河井に思わず口を挟んでしまったのは奏だ。

 文句あるのか、とでも言いたげな目で見てくる河井に彼女の中では文句しかない。


「河井さん……貴方、犬に“ワン子”とか猫に“ニャン子”とか付けるタイプの人間ですか」

「なんだよ。コイツらの本体黒いし、ピッタリじゃねぇか」

「……確かに黒液は黒いですけどね」

「んじゃ“ブラック”にするか?」


 河井は自分の命名に自身があるらしく、言葉を濁した奏にきょとんと目を丸くして見せた。

 正直有り得ないセンスである。

 まずそもそも、奏は感染者に名を付ける事自体賛成ではなかったのだが、今となっては河井のネーミングセンスの方が問題のような気がしてくるので不思議なものである。


「そういえば“ノワール”とかもあるよな、あれってフランス語だっけか?」

「なんで微妙に洒落っ気求めてるんですか……もう“カラス”とかで良んじゃないですか」


 どうやら河井には“黒”から離れる気がない、という事が分かり、妥協案として奏が提示したのは黒い鳥の名前だった。

 いくら髪の毛が金で(死体だからか)どこか色白とはいえ、元日本人に対して横文字の名前を付けるのは流石にどうかと思ったのである。

 それにそもそも、この感染者の名などで悩む事自体アホらしい。


「なにそれカッコイイじゃねーか!」

「・・・・・・・・・そうですか?」

「よし、今日からお前は“鴉”だ。分かったか?」


 しかし、どうやらお気に召した様子の河井は何やらノリノリで。

 楽し気に感染者へと語りかけているその姿に、さっきまでの警戒はなんだったのかと奏は眉間にしわを寄せた。

 「腹が減った」といいつつ二人に襲い掛かってこなかった“鴉”を河井はある程度安全なものと認めたのかもしれないが、相手は感染者でありペットではない。

 そして。


「名などなんでもいい。上からものを言うな“その他大勢”が」

「・・・・・・・・・・・・。」


 コレである。

 歩み寄る気などある筈もない感染者の言葉に、ピシリと凍った河井の表情。

 その手が腰のホルスターへ向かうのを奏は嘆息しながら止めた。


「あー、落ち着いてください河井さん。こいつに悪意はない……というよりコイツには悪意しかないので。いちいち怒ってたら脳みその血管切れます」

「お、おう。怒ってねぇよ? ちょっとカチンと来ただけでな?」

「それで“その他”。お前は俺に何か用事でもあるのか、無いなら帰れ」

「!!」


 あんまりな言われように河井は言葉を無くしたらしい。

 そんな彼の姿に既視感のような同情の念を抱いた奏は、石化してしまった河井に代わって感染者を見下ろす。


「私達はちゃんと用事があって来てる。帰るのはお前だ、汚泥」

「お前……俺以外に用事があるだと?」

「言い換えるならお前に“だけ”は用事がない」


 バチバチと。

 火花を散らし合う二人の間、立ち直ったらしい河井が腕を組み数回頷いた。

 その様子にやはり、仲間がいるというのは良いものだと僅かながらに思う奏だったが。


「そうだ、俺達は任務で来てんだ。寧ろ鴉、お前こそ用事がないならそろそろ俺のパートナーを離せ」

「離せだと? “その他”の分際で俺の非常食に手を出す気か」


 なんだか喧嘩が勃発しそうな雰囲気になってしまった。

 先ほどの口喧嘩と違うのは、繋がれた右手から伝わってくるそのピリピリとした雰囲気。

 それを感じ取った河合も銃に手を掛けだす始末なので、奏としては謎の疲労しか溜まらない。

 やはり、一人が一番かもしれない。


「ちょっと両者落ち着いて……河合さん、私言いましたよね? 蠅がたかってくる程度に考えましょうって」

「とはいってもなんか鴉がヤバイ雰囲気だしてくっから……」

「ヤバイのなんか今更でしょう……そんでそこのクソ鴉。なんだって良いから任務の邪魔だけはするな」


 これではまるで子守のようではないかと。

 普段感じないタイプの心労に頭を痛めつつ奏が吐き出せば、“鴉”というのが己をさす言葉だとは認識しているらしい感染者が、口に何やらを加えたまま視線を向けてきた。


「用事とは“任務”の事か」

「そう。こちとら忙しいの」

「非常食の分際で生意気な」


 もにゃもにゃとジャーキーのような何かを噛む鴉に不機嫌オーラ丸出しで見上げられ、奏は先の任務での出来事を思い出し背筋が僅かに寒くなった。

 これはそろそろブン投げられたりする予兆かもしれない。

 理解不能な感染者がいつ怒り出すかなんて、彼女にも到底わからない事だった。


「――ッ、お前なんぞより何百倍も重要なこと……だっての」


 それでもおもわず弱めてしまった語尾に、奏は自分自身を叱咤する。

 なめられてはお終いだ。

 そしてやはり、この感染者に対し下手に出たくない。

 そんな思いを抱えながらも奏は、どうにかここを切り抜ける方法を思案した。

 先ほどから無言の河井はどうやら口喧嘩が上手く無いようなので、ここは彼女一人で説き伏せるしかない。


「ほう。ならばその内容を言ってみろ」

「この前のクソでかい感染者の肉体採取」

「くだらん。そんなものに俺を差し置きかまけるとは」

「何あんた。かまって欲しいの、私に」


 ふんっと。

 鼻でも鳴らしてやろうかと思ったが下手な挑発は身の危険に繋がるのでやめておく。

 そんな奏の判断は正解だったのかどうなのか、鴉は特に気にした様子もない。


「“かまう”というのが何をさすのかは知らんが。俺の傍にいろと言っている、理解しろ」

「だから私は――」

「ちょっとまて! おいお前らちょっと待て!!」


 しかしその時、河井の声が割って入った。

 喋っている途中だというのに何事かと、奏は少し離れた位置の相手に胡乱な視線を向ける。

 そしてそれは鴉も同様で。


「なんだ煩いぞ“その他”」

「いや流石に俺もツッコむよ! 何!? お前らの会話何!!??」


 いきなり訳の分からない事を言い始めた河井に奏は首を傾けた。


「何がなんなんですか? 大丈夫ですか、河井さん」

「大丈夫ですか、じゃねーよ! なんでちょっと“仕事と俺どっちが大事なんだ”みたいな会話しちゃってんの!?」

「はぁ?」


 何処をどう聞けばそうなるのかと。

 奏からすると意味不明すぎる河井の言葉に、しゃがんだままの鴉が鼻を鳴らす。


「そんなもの俺に決まっているだろう」

「ほざくな汚泥」


 間髪入れず吐き捨てた奏に、しかし続いた鴉の言葉は爆弾発言だった。


「それに“任務”とやらを行うことは無理だ」

「……?」


 その台詞の意味が理解できず、場に奇妙な沈黙が落ちること数秒。


「つまり……どういう事?」

「アレは全て俺が喰った」


 嫌な予感がしつつも恐る恐る問いかけた奏は、今度こそピシャーン、という雷が落ちる音を聞いた気がした。









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