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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
17/109

その16・コンビを組んで日が浅いと喧嘩しやすいので注意すること





「・・・・・・・・・で?」




 これ以上なく不機嫌な声で奏は問う。


「何か、私に言うことは?」

「・・・・・・・まことに申し訳ありません、でした?」


 疑問符を付けながら返してくる河井は状況が分かっているのかいないのか。

 否、分かってはいるのだろう。一定の距離を持ってしても伺える程に、彼の表情は引き攣っている。

 武器を手にした奏は神経を尖らせたまま、その足を一歩後退させた。


「私が聞いたのは遺言なのですが」

「おい待て待って!? まさかお前、俺を見捨てる気か!?」

「正直見捨てたいです」


 モノレールから下車した二人は今。

 直後襲った緊急事態に身動きが取れなくなっていた。

 状況からして背中を伝う冷や汗の量は河井が上、と思いきや奏の方も決して負けてはいない。


 風をうけた金髪が日に透ける。

 今回の任務のパートナーを背後から羽交い絞めにしているその姿に、奏は本気で河井を見捨てたい気持ちになった。


(どうしてこんな事に……)


 目的の駅でモノレールから下車した。

 すると一瞬にして河井が背後を捕られた。

 その速さと位置的に、恐らく男は走行するモノレールの上に乗りながらチャンスを図っていたのだろう。


「久しぶりだな、非常食」


 現実逃避したくなるほどに聞き覚えのあるそれ。

 早すぎる最悪との再会に、奏は奥歯を噛みしめた。


 もしもの事を考え、準備は当然万全だが。いつ相手が現れても良いよう、戦闘のイメージトレーニングも重ねてあるが。

 たが、正直。

 奏は“もしも”なんて来て欲しくなかった。

 そして同行者が背後をとられる事は、完全に想定外だった。


「え、何。非常食って何」

「うるさい」

「ぐ、っ――!」


 河井の首にガッチリと回された男の腕に力が込められる。

 呻き声を上げた彼は背後からの暴行に相当動揺しているのか、どうでもいい問いを口にした結果、首を締め上げられていた。

 そんな間にもチラリ、と因縁の相手から向けられた視線に奏は一つ息を飲む。


「今は俺が非常食と話している」

「……私は特にお前と話すことなどない」

「ゲホッ……え、あるだろ!? 俺の事とか俺の事とか俺の事とか!!!」


 しかし、咳き込みながらも口を挟む河井は中々にガッツがあるらしく。

 けれど、あろう事か感染者に羽交い絞めにされているというその姿は非常に情けなく。

 モノレール内での啖呵はなんだったのかと、己の事を棚に上げ嘆息する奏は軽い頭痛を覚えながらも口を開いた。


「……腹でも減ってるの」

「減っていない」

「じゃあ彼をさっさと放せ」

「断る」


 何お前交渉する気あんの!?と。

 哀れ河井が何やら叫んでいたが無視し、奏は相手の出方を伺う。


「そうだな。ヒトにものを頼むときにはそれなりの礼儀が必要だろう」

「……何お前。ここ数日の間にちょっと言葉達者になってない?」

「当然だ。特にお前は理解不能な言葉を発するからな――勉強してやったのだ、ありがたく思え」

「黙れ汚泥。……で? “礼儀”って?」


 どうやら人をイラつかせる方向にのみ、進歩していっているらしい感染者へと奏は雑に問いを投げた。

 なんにしろ男は河井を喰う為に捕らえたわけではなく、“礼儀”ある態度を見せれば彼を解放してくれる気らしい。

 ならば敬語で丁重に拝み倒せばいいのかと。

 奏が己の想像に歯噛みする様を眺めていた感染者の瞳が、その時すっと細まった。


「三回まわってワン、と言え」



 奏は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「・・・・・・・・は?」

「聞こえなかったか?その場で『三回まわってワン』と――」

「断る」


「・・・・・・・・。」

「――ッ、ぐえっ!」


 無言で腕に力を入れる感染者と、その腕に喉を圧迫され潰れたカエルのような声を上げる河井。

 繰り返された言葉に奏は今度こそはっきりと拒否の意を示したが、しかし男がそんな彼女の意思を尊重するはずもない。

 人質をとる等という小癪な手段を、こいつは一体どこで覚えてきたのか。そして、そうまでして『三回まわってワン』を見たいのかと。

 考えながらも焦る奏はしかし、それを実行する気など毛等もなかった。


「……汚泥、お前はそれを言う相手を間違ってる」

「ほう」

「そもそもそんな事は敗者にさせるべき。負け犬の遠吠えって言葉もあるし」

「つまり?」

「『三回まわってワン』は今、お前が捕まえてるその男にさせればいいと思う」


 なんとか、なんとか免れないかと。

 浮かぶ言葉をそのままに矢継ぎ早で吐き出した奏へと、河井はまた何やら言いたげに顔を顰めたが、知ったこっちゃない。

 こちとらプライドがかかっているのだ。

 河井はプライド以前に命がかかっているわけだが。

 しかしこの感染者は簡単にその人質の命を投げ出したりはしないだろう――という奏の推測は当たっており、一定以上人質の首を締め上げない男はけれど、やれやれといわんばかりに吐き捨てた。


「負けてもいない相手にさせるのが、面白いんだろう」

「・・・・・・・・・・・。」


 真顔でほざいた男の性格は最悪だった。

 それは当然といえば当然だが。




 そうしてこの日、奏の黒歴史に新たな一ページが追加される事となる。




      ・         ・           ・




 奏にとっての救いは、開放された河井が開口一番に『今の……他のやつには言わねぇから』等という余計な慰め言葉を言わなかった事にあるかもしれない。

 圧迫され続けていた喉に不快感があるのだろう、数回咳き込んでいた彼はある程度落ち着くと同時その右腰に下げたハンドガンを抜いた。


「――っ!おいおい、嘘だろ……っ、コイツ感染者じゃねぇか……ッ!!」

「え……今更?」

「今更じゃねぇ!」


 言われてみれば、確かに。

 彼は今の今まで感染者である男に背後を取られていた。

 ならば開放されその姿を目にした途端、銃を抜いた河井は中々に判断が早いといえる。

 と、認識を改めた奏の方へと河井は忌々しげに舌打ちをした。


「ってか何なんだコイツ。なんだ、なんで喋ってんだ?!」

「……まぁそういうのもいるって事でしょう」

「はぁっ!? 何でお前なんで、冷静すぎだろ!?……くそ、俺の次は奏チャンが人質ってわけかよ!」


 それにしても随分ヌルい拘束だなオイ、と。

 軽く言ってはみている様子の河井だがその表情は完全に引き攣っている。

 そんな張り詰めたような緊張状態の彼に対し、感染者にお手てを繋がれた奏は。


「冷静というか、他にも人の言葉を喋る感染者は見たことがあるので……あと、これは人質というか……そうですね、人質なのかもしれませんね」


 当然のように掴まれている己の右手の事など、今更どうでも良く。

 あまりの屈辱から立ち直れていない彼女の口からは魂が半分抜けていた。


「これは人質ではない、非常食だ」

「……らしいですよ。ははは」

「オイ、正気に戻れよ! 諦めたらそこで試合終了っていうじゃねぇか!!」


 普段以上に死んだ目で零された乾いた笑いに、声を荒げる河井。

 しかしそれにピクリと反応を示した奏は、ずぅんとその目を座らせた。


「そもそも貴方が捕まらなかったらこんな事にはなってないんですけどね」

「大丈夫だ、今助けてやるから問題ない……ってか、ん? も、もしかしてコイツがモノレールの中で言ってた“もう一体の特殊型”か!?」

「なんかもうほんと色々と今更ですね河井さん」


 彼は聡いのか鈍いのか全く持って分からない。

 ともかく、前回散々人の事を引っ張りまわしてくれた感染者は今のところどこに行く気も無いようで。 その気が変わらないうちにこの謎の状態を何とかしようと思案する奏にまた河井が煩く問いかける。


「だから“今更”じゃねぇよ! お前、一言もコイツが喋るなんて言ってなかったじゃねぇか」

「・・・・・そうでした?」

「そうでしたっ!!」

「まぁともかく。とりあえず銃を下ろしてください、河井さん」

「はぁ!?」

「今の状態でどうこう出来ないでしょう」


 奏は言って軽く肩をすくめて見せるが、河井は銃を下ろさない。

 当然といえば当然の反応だが、彼がもし発砲した時のことを考えると奏としては正直気が気でなかった。

 この金髪の感染者は反射速度が良い。

 引き金にかかった河井の指に力が込められると同時、自分は恐らく盾にされるだろう。


「ともかく、です。コイツは今のところ邪魔ではあるけど敵ではないので。蝿がたかって来るな程度に考えて私達は任務を遂行しましょう」

「蝿!? 伝染病持ちの蝿だろ!? ってかマジ人質にとられてるってのに冷静すぎねぇ!?」

「ああもう面倒くさいですね。こんなとこでトロトロしてる場合じゃないんですよ!」

「だから人質ではなく非常食だと――」

「汚泥は黙ってろ!」


 状況を何一つ理解しない河井に奏は苛立ってきた。

 そこにいるだけで場をややこしくする感染者の言葉を一蹴し――ギャーギャー言い合う二人の問答は、 面倒の根源である男の「腹がへってきた」という言葉で中断する事になる。





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