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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
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その15・情報を共有すること






 やれることはやった。


 モノレールに揺られながら奏は己のここ三日間を回想していた。

 効率的な筋力トレーニングに、暇さえあれば行ってきたイメージトレーニング。そして先月の『腕相撲大会』で勝ち取ったVIP食券を惜しみなく使うことにより、今や栄養状態すらも万全。

 そして更に。

 どの程度使えるのかは分からないがと、奏は通路向こうの座席へと目をやる。


「ん?あれ? 俺、あの弾入れたっけ、入れたよな……おお、入れてた」

「……。」


 胸掛け式弾帯を開けたり閉めたり。マガジンポーチを開けたり閉めたり。

 忙しなく何やらをしている河井の気持ちは分からなくも無いが、ここは既にモノレールの中。

 最終確認には遅すぎるだろうと奏が嘆息すれば、その微かな音を耳ざとく拾った河井の横目がチラリと向けられる。


「なんだよ」

「いえ。銃装備の方は持ち物が多くて大変そうだなと思っただけです」

「まぁな。昨日寝る前と出発前に確認してんだけど、どうにも不安になるっつーか……」


 お前は何年“外”の任務に携わって来てんだと。

 思わず言ってしまいたくなる河井のそれは、しかし性格なのだろう。

 神経質というべきか、小心者というべきなのか。彼に当てはまる言葉はなんだろうかと、奏は足を組み直しながらぼんやりと考える。

 規則的に揺れるモノレールの振動は、考え事におあつらえ向きだった。


「にしてもお前、なんでそんな荷物少ねぇの。俺の半分以下じゃね?」

「……。」

「今更忘れ物したとか言うなよ?……いや、でもどうする。取りに帰るか?」

「……忘れ物など一個たりともしていないので取りに帰らなくて結構です」


 しかし、考え事とは一人のときにするもののようで。

 何かと話しかけてくる河井に奏は窓の外へと視線をやった。

 話しかけられれば答える気はあるが、それにかまけて感染者の気配を見逃したくはない。


「ふーん。ってかお前、なんか怒ってる?」

「怒ってませんが」

「そうか? お前なんか今日、集合した時点からピリピリしてね?」


 探るような声色に少しばかり驚き、奏は窓から河井へと視界を戻す。


「何故分かるんですか」

「何故ってそりゃ、あからさまに……んで、何。なんかあんのか?」


 頭を掻く河井に問いかけられれば、うっと言葉に詰まる奏。

 何かあるかと聞かれれば、ある。

 しかしそれを彼は知らないし、伝える気も今のところ彼女には無い。


「……ほら、楠さんが言ってたじゃないですか。これからは多分、今まで以上に『特殊型』や『変異型』との遭遇率が高くなると」

「ああ、言ってたな。アレってつまり、爆発的に増えた種ってのは一定の時期を越えたらまた減っていく……ってやつだよな」

「そうですね――弱いものから順に」


 食欲しかない“ただのゾンビ”は、数年のうちに死滅するのかもしれない。そして『特殊型』や『変異型』といった強いものだけが生き残る。

 言われてみればそれはこれ以上なく確かな事で、そもそも人間という前例もあった。

 弱いものから喰われ感染し、奴らの仲間になり人として死んでいく。

 十年前のあの時、只の少女だった己には確かに力が――運という名のとてつもなく不確かな力があったのだろうと、奏は微かに苦笑した。


「そんで? 奏チャンは食糧難を乗り切ってくる、強ーい感染者と戦うのが怖いってわけか」

「……警戒に越したことは無いと思いますが」

「まぁな?」


 どうにも癪に障る言い方だが。

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら此方を見てくる河井は“ピリピリしている理由”に納得したようなので、奏は心中ほっと胸を撫で下ろした。

 が。


「で。ほんとは何なんだ?」

「!」


 続いた問いかけに、奏は今度こそ言葉を失う。


「……なぜ、分かったんですか」


 これはもう聡いなどを通り越して超能力の域ではないかと。

 奏が恐る恐る問いかけてみれば、一拍をおいて河井の笑みがより濃いものへと変わった。


「カマかけてみただけ」

「…………。」

「お、怒んなよ。引っかかる方も悪いだろ」


 打って変わって笑みを消し、両手を挙げてみせた河井に、奏は腕に込めていた力を抜く。

 それにしても随分と下らない手に引っかかってしまった。

 しかし、ここまでくればもう誤魔化しは利かないだろうと。

 完全に言葉を聞く体制となってしまっている河井に、奏はしぶしぶと口を開いた。


「……ここだけの話なんですが。実は私が先の任務で遭遇した『特殊型』は、二体だったんです」

「え、はぁ!? だってお前、報告書にはそんなこと一言も――」

「だから“ここだけの話”なんです」


 まずいんじゃねぇの、と顔をしかめてみせる河井に奏も同感だと一つ頷く。

 そう、バレたら恐らくまずい。

 そもそも報告書には任務に関係する事のみを書けば良いので、前回採取したサンプルの本体でもなければ訪れた村の住人にもカウントされない男の事は書かなくてもいいといえば良いのだが。

 相手は感染者。そして奏としては意図的に伏せたという負い目がある。


(まぁ提出期限の直前まで、書くべきかどうか悩んではいたんだけど――)


 “案内”されただけで、遂行した任務には直接関係無いんじゃないかいう言い訳と。

 自身の敗北を文字にしなければならないという屈辱感と。

 もう二度と会わないだろうという今思えば楽観的思考が。


 奏の報告書から“奴”の存在を完全に消し去っていた。


「今思えば……相当まずい事をしてしまった自覚はあります。とりあえず奴に関する報告はこの任務が終わった際、私からきっちり所長に伝えますので」

「ああ、そうしろそうしろ。後でバレた時のが怖いぞ」

「……貴方が他言しない限りバレませんけどね?」

「え。なに今、俺サラッと脅された?」


 間抜け面で目を瞬かせた河井に、奏の中で『今ならまだ間に合うんじゃないか』という往生際の悪い思いがこみ上げる。

 が、正に往生際が悪い。

 軽く首を振り奏は己の中、思い出さないよう封印していた記憶を今開放した。


「まず。奴はとてつもなく強いです」


 声を落として語りだした奏に、姿勢を正す河井。

 彼女のこれ以上なく真剣な様子から真面目に話を聞かねばと思ったのだろう。


「強いって……具体的に、どう強いんだ」

「力が。これ、見て下さい」


 言って右手の手袋を外し、腕のすそを捲り上げる奏はちょっぴり泣きたくなった。

 そこにあるのはくっきりと残った手形。屈辱の証である。

 先の任務で男につかまれ引きずり回された彼女の右手首には、しっかりとその跡が痣として残ってしまっていた。


「おおぅ……」

「……ご覧の通り、とてつもなく力が強いです。片手でぶん投げられたり、引きずり回されたり、担がれたりその状態で宙を飛び回られたりしました」

「すげぇな、全く状況が分からん」

「状況とかどうでもいいんです!!」


 思わず荒げてしまった語尾に河井の身体がビクリと引きつる。

 一拍おいて我に返った奏はごまかすように一つ咳払いをし、先を続けた。


「……あと、人の隙をつくのが上手いです。それから異常な自己回復能力を持っています」

「自己回復能力?」

「はい。切り落とした腕が数分のうちに生えてきました」


 今思い出しても摩訶不思議な現象を語る奏に、河井がうなり声をあげ首を捻る。


「んー。代謝がいい……とかいう問題じゃねぇよな。そもそもあいつら代謝しねぇし」

「何を代謝と呼ぶのか良く分かりませんが……そうですね、まるでトカゲの尻尾のように。“黒液”自体に自分の身体の保持という認識、機能?があるんでしょうか」

「言いたいことは分からんでもないが……にしてもおかしいだろ。その“生えてきた腕”ぶんの肉はどっからきたんだっつー話で」


 モノレールの中、二人してうんうんと首を捻る。

 河井の言うことはもっともだ。

 無から有が生まれるはずもない。十年前友人が読んでいた漫画でも“等価交換”というフレーズが出てきたように。

 腕を構築するためにはそのぶんの肉、栄養が必要なのだ――と。


「・・・・・・あ。」


 そこまで考え、奏は思い当たった。


「そういえばありました、肉」

「え、あったの」

「はい。報告書にも書いた、巨大感染者」


 今思えばあの場には多大な、そして巨大な栄養源があった。


「え゛。ってことはそいつ、その巨大感染者を……喰ったって事か?」

「ええ、食べてました。それはもうモリモリと」

「…………そいつ、やべぇな」


 そう、ヤバイ。

 河井に言われなくとも奏はその“ヤバさ”を知りたくも無いほどに知っている。

 だからついピリピリしてしまっていたのだと、言わずとも彼はもう理解しているだろう。

 落ちる沈黙に手袋をはめなおした奏は一息つき、己の黒歴史にあらためてきっちりと蓋をした。

 願わくばもう、この蓋を開ける事のないよう――などと一瞬願ってはみるものの、この任務が終われば飯島に改めて報告をしなければならない。

 それを思えば今からとてつもなく憂鬱な、そんな奏の暗く淀んだ雰囲気を感じ取ったのだろう。


「でも、ま。そいつに今回も会うかはわかんねぇし……それに、今回は俺もいるしな!」


 明るく紡がれた河井の言葉に、奏は手元に落としていた視線を上げた。


「ホラ、『三本の矢』って話もあんだろ?」

「……成程。私が二人分で貴方を合わせて三人ですか」


 中々いい事を言う、と。

 浮上し頷いた奏にしかし、河井はその表情をピシリと凍らせる。


「てめぇ……そうだな、俺は二・五人分の戦闘力はあるからな。お前を合わせて丁度三人分だ」

「はい?今人を数えるにあたって現実的に有り得ない単位が聞こえたんですが……聞き違いでしょうか?」

「お前性格悪いな!」


 ぎゃんぎゃんと噛み付いてくる河井を奏は上から下まで眺める。

 どうやら彼の武器は銃らしいが、問題は銃の強さではなく扱う者の能力だ。


「というか貴方、強いんですか」

「お前……人見てもの言えよ?」

「私のゴーグルには戦闘能力を測るセンサーとかついてないんで」


 見たって何が分かるのだ、と。

 あきれ混じりに言葉を吐けば、見なくとも相手のこめかみが引きつるのが奏には分かった。

 そうしてしばし、河井はプルプルと震え怒りに堪えていたかと思えば、大きく深呼吸をしその顔に強引な笑みを浮かべる。


「ま、いい。見とけ、俺がいかに凄腕かはそのうち嫌でも分かるだろうからな!」


 力強く言い切った河井に、少しだけなら期待してもいいかと奏は思う。

 なんたってここまで言い切れるのだ。


「ではお手並み拝見させて頂きます」

「おうよ、その時になって惚れんなよ!」

「…………。」


 それはない、という事だけは奏の中で確実だった。






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