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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第二章、基本編
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その14・行動する前にその目的をハッキリさせておくこと







「ん。悪ぃ、遅れたか?」


 所内、真っ白な廊下の一角。

 かけられた声に顔を上げた奏は、小走りで駆け寄ってくる河井に軽く首を振った。


「いえ、丁度五分前です」

「んでお前は何してんの、掃除?」

「はい。することが無かったので」


 短く返す奏が手にしているのは簡素な箒とチリトリ。

 『短期的に過度な筋力トレーニングをすると全体の筋肉バランスが崩れかねない』と。

 昼食中、飯島から注意を受けたので筋トレは止める事にしたものの、どうにもじっとしているのが性に合わないので奏は館内の清掃をしていた。

 とりあえず暇つぶしになればいい程度に考えていたのだが、もう約束の五分前。思いのほか熱中してしまっていたらしい。


「何お前潔癖症か? そいえばお前の“おとうさん”も潔癖っぽいよな」


 部屋に髪の毛一本落ちてねぇし、と続ける河井は案外細かい性格のようだ。

 人の部屋に落ちているゴミを観察する彼こそ潔癖なのではないかと思う奏だが、時間も迫っていることなので口にはしない。


「……別にそういう訳ではありません。それよりそろそろ時間なので」

「ああ、そうだな。んじゃ行くか」

「はい」


 掃除道具を片付ける時間も無いので。

 近くの壁にそれらを立てかけた奏は、河井と共に廊下についている扉の一つへと向かう。

 『会議室』とかいていあるそこには、次の任務の内容について詳しく説明をしてくれる人物が待っている筈だ。


「失礼します」

「失礼します」


 ノックと共に声をかけ、二人は会議室に入室する。

 その中央、机に腰掛けた後ろ姿は振り返り彼女らの姿を認めると同時、ニッコリとその口に笑みを浮かべた。


「いやー、よく来たね? 待っていたよ、ささ、座って座って?」


 軽いアルトの声が言ってにこやかに指差したのは机。

 本来それは腰掛ける場所ではないのだが、相手は一応上司だ。

 なので迷うことなく示された場所に腰を下ろした奏は視界の端で、河井が少しばかり嫌な顔をしながらそれに続くのを確認した。


「いやー、人と話すのは何週間ぶりかな?何を話せば良いかな?というか僕、声掠れてない? ごめんね、久々に声帯使うもんだから」

「問題ありません、(くすのき)さん」

「あ、そう? あははははは」


 何が嬉しいのか始終笑みを絶やさない、汚れた白衣の人物は楠という。

 下の名は知らない。

 以前何かの拍子に聞いてみたものの、『研究を続けているうちに名前を忘れてしまった』らしく、なんせそんな“研究バカ”な楠は今日も徹夜明けなのか、いつも通り変なハイテンションである。


「あはは。奏ちゃん、今失礼なこと考えたんじゃない? そういうの僕分かるんだよ? というかえっと、何の話だっけ?」

「……次回の任務について楠さんからお話がある、と飯島所長から伺ったのですが」

「ん、てゆーかお前。俺の名前は覚えてなかったクセにこの人のは覚えてんのか」


 元より会話に時間がかかる相手、さっさと話を進めたいというのに。

 どうでもいい事を口にする河井を奏は横目に見やる。


「ちょ、そんな怖い目で見んなよ。研究施設にこもりっきりでほっとんど人前に出ない人の名前、知ってるほうが不思議だろ」

「そうかもしれませんが流石に付き合いが長いので。話を進めても良いですか」

「あはは、最初に会ったのは三年前だっけ? 確か僕が三十歳の時だよね?」

「え、まじすか!? 楠さん、若く見られるんじゃないすか?」


 どうにも横道にそれる話。

 その成り行きに任せると日が暮れかねないので奏は強引に本題を推し進めた。


「楠さん前は二十七歳の時っておっしゃっていませんでしたか……ともかく話を進めても良いですか」

「うーん、そうだっけ? そうだね、そうそう。その任務の話なんだけど奏ちゃんが昨日、持ち帰ってくれたサンプル。あれ本当に『特殊型』だった?」

「私の目にはそう見えましたが」

「え、お前『特殊型』と遭遇したの」


 先程までのそれっぷりはなんだったのかと。

 思わず思ってしまう程速やかに流れ出した本題に奏は先の任務を回想する。当然、思い出したくない部分にはモザイク処理をかけて。

 そんな彼女の様子を楠はボサッとした前髪の下、猫のような目でじっと見つめている。


「報告書は読まれましたか? 今朝、窓口に入れておいたのですが」

「うんうん、読んだ読んだ。確か報告書によると『物凄く巨大で手がいっぱいあって腐ってる』感染者だったんだよね? ともかく“ただのゾンビ”では無かったわけだ」

「何それきめぇ」

「はい。なので『特殊型』かと思ったんですが。『変異型』でしたか?」


 ちょこちょこと口を挟んでくる河井を無視し、奏は昨日採取したサンプルのもう一つの可能性を口にする。


 ただのゾンビこと『通常型』。

 二種の欲を持つ途轍もなく特殊な『特殊型』。

 そして状況に応じて己の身体を作り変えている――『変異型』という存在。


 確かに奏が遭遇したのはその姿からすると『変異型』と思えなくも無い感染者だったが、『状況に応じて巨体になった』というのは少しばかり考えにくい。というか、意味が分からない。

 なので彼女は消去方的に『特殊型』であると判断したわけだが、もしや間違っていたのかと。

 少しばかり焦燥感を覚える奏へと、楠はヒラヒラとその右手を振った。


「ううん、大丈夫大丈夫。報告書を読む限り奏ちゃんが遭遇したのは『特殊型』だ。『特殊型』の持つ二つの欲――うち一つは皆知っての通り食欲なんだけどね、もう一つの欲は感染した人間がもっとも強く抱いていた欲望だと言われてるんだよ。つまり感染した時点で増大する食欲に加えて多分、その人は元々食欲が物凄く旺盛だったんじゃないかな。ダブルの食欲でいっぱい“ご飯”食べてスクスク成長した挙句、その巨体に栄養が追いつかなくなって腐ったんじゃないかなねぇどう思う?」

「……す、すんません。もっかい言ってもらっていいすか」

「うん、いいよ。報告書を読む限り―――」

「いいえ大丈夫です理解しました、彼には後で私から説明しておくので。先を続けましょう」

「そう?」


 ずらずらと吐き出された楠の推測に河井の頭は追いつかなかったらしいが、ここで止まられても困る。

 奏の計算によると楠との会話にかかる時間は通常の2.5倍であり、更に今は夕方なのだ。

 この二人の調子に合わせていると夕食前の筋トレが出来ないどころか、夕食にすらありつけない恐れがある。

 食堂は戦場、遅れたものには食い尽くされた食事の残り香と切なく鳴く自身の腹の音しか待っていない。


「じゃあ先を続けるけど……まぁ正直、『特殊型』だろうと『変異型』だろうとあんまり変わらないんだよね」

「はい!?」

「……と、いいますと?」


 河井のオーバーリアクションを横目に、けれど楠がさらっと吐き出した言葉は奏にとっても聞き逃せないものだったので。

 その詳細を問いかければ、楠はまた軽く笑った。


「あはは。ごめん、ちょっとウソ。実は全く変わらない」

「え、っと……ん!? つまりどういう事っすか?? 」

「奏ちゃんが取ってきてくれたサンプル、どれも成分に変わりがないんだよ。全く同じ。……実はこれちょっと前に分かってたことなんだけどね、今回で確信した」


 うんうんと一人頷いている楠に、全く頭が追いついていないらしい河井。


「……つまり、『通常型』も『特殊型』も『変異型』も“黒液”によって種別化しているのではなく――感染源である“黒液”は一種しか存在しない、と言うことですか」


 そしてなんとか言葉を形にした奏も思考回路はいっぱいいっぱいだった。

 元々奏らは実動隊、頭を使うの研究の方の人間とは違うのだ。

 なので『“黒液”に色んな種類があるから感染者にも色んな種類があるんじゃないんだよ、“黒液”は一種類しかないよ』といわれた上で何を言われるのかなど想像もつかず。


「そうそう、そういうこと。だからちょっと研究の方針を変えることにしたんだよね。だから手始めに――このサンプル」


 言ってごそごそと白衣のポケットから試験管を取り出した楠。


「これの“本体”の肉をちょっと採って来て欲しいんだよね」


 にっこりと。

 満面の笑みを浮かべた楠に奏は卒倒するかと思った。

 彼が手にしている試験管には奏自身の字でラベルが書かれており、つまり今言われた“これの本体”とは間違いなく、あの巨大ゾンビのことであり。

 巨大ゾンビに会うためにはまた、あのモノレールで同じ場所を辿らなければならないということである。


「了解しました。ん、でもちょっと思うんすけど、普通にこれだけの用事なら俺らが楠さんに会いに来る必要性ってあったんすかね?」

「ああ、いつもだったら内容まで飯島から伝えられるんだっけ? でもムリ、彼まだ報告書読んでないから」

「え?」

「あはは。奏ちゃんの報告書、まだ僕の机の上に置きっぱなしなんだよね」


 いつもは直ぐ飯島に渡しに行くんだけどね、と。

 軽く笑って済ませる楠に対し、怒られるんじゃないすかと引きつった苦笑いを浮かべる河井。

 そして未だ二人の会話も耳に入らないほどの衝撃の中にある奏。


(もう一回あそこに行くんだとしたら――)


 どこか遠くに聞こえる楠の笑い声を耳にしながら、奏はその背に今年最大量の冷や汗をダラダラと垂れ流す。


 もう二度と会わないつもりで置いて来た野郎に、出会う確立はどの程度のものなのか……と。









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