その13・共に戦う仲間とはあらかじめ交流しておくこと(※挿絵あり)
十年前を発端にして、今でも人類を危機に追いやり続けている生物災害。
それから逃れるべく人々は身を寄せ合い、今なお全国で細々と生きながらえている。
高原にある研究所はその一つであり、しかしそこいらの“村”とは色々と違う部分があった。
一つはそのセキュリティ。
建物自体がまず強固だということ。加えて住人達半数が武器を手に、街へと繰り出していく猛者達だということ。
一つは知識量。
研究所というだけあって日々行われている研究は日進月歩――ではないかもしれないが、生き延びるために必要な知識が終結しているということ。
更にもう一つ、多人数への供給問題。
人が多数生活しているということは当然、それに伴い物資も食料も必要になるわけで。
半ばとり放題状態の物資はさておき、食料問題については少しばかり難しい。
おかげで所内の一角にはビニールハウスが並び、その周辺では遺伝子操作で足が四本になった鶏が糞を撒きながら雑草をついばんでいるという、なんとも微妙な光景が見受けられる事になっていたりする。まぁお陰様である程度の供給は出来ているのだが、それでも食料は潤沢とは到底いえない状況、当然外界から食料を調達してくる部隊というものもあるのだが。
とにかく重大なのが、電力問題。
そう、研究所という場所はそれはもう多大に電気を食う。
加えてある程度の人数が生活しているとなれば、屋根に一応(壊れたモノレールからかっぱらってきた)高性能ソーラーパネルが取り付けられいるとはいっても、時たまトイレの電気がつかなったりするのだ。
なので、それを補うため――
人がまばらに集まる所内トレーニングルームにて。
“充電トレーニング君”と呼ばれる自転車型充電器を奏は一心不乱に漕いでいた。
「…………。」
握っている鋼鉄製のハンドルには手汗が滲み、やたらと思いそのペダルは筋肉の隙間からなけなしの脂肪を溶かしだす。
鉄仮面を貼り付けながらも計測不能な速度でペダルをこぎ続けている奏の額には今、うっすらと汗が滲んでいた。
「おお、なんだあれスゲーな」
「ありゃターミ○ーターだ」
「ああ、あれが噂の!」
外野が何やら騒いでいる声も今の奏の耳には入らない。
黙々、黙々と。
ひたすらに自転車をこぎ続ける彼女は精神統一の最中にある。
(あの野郎、あの野郎、あの野郎――)
昨晩。
疲れがあったおかげで一応眠ることは出来た奏だが、自分本位極まりない感染者に連れまわされる夢を見てしまったせいでその寝起きは最悪だった。
二度寝しようにも奴の存在がちらつき苛々と寝付けなくなったので、身体を動かそうとトレーニングルームまでやってきた彼女なのである。
「お前、初めて見んの?」
「おう、初めて。いやー、にしても結構美人じゃね?」
「げ。お前趣味悪ぃぞ」
「そうか? 普通に美人な部類だろ」
筋トレの最中にあるというのに、奏の表情は僅かたりとも乱れない。
昨日の体験だけでモヤモヤと不快が燻るというのに、何故夢でまで不愉快な思いをしなければならないのかと。
その瞳は夢にまで出てきた感染者により普段以上に暗く淀んでいたのだが、外野の一人は特に気にならなかったらしい。
「落ち着いて聞け、お前はこのむさ苦しい男だらけの中かろうじて性別はメスなだけであるアレに反応しているだけだ、正気を持て」
「言い過ぎだろー。俺、ちょっと声かけてこよっと」
「おい、お前待て――っ」
勇敢にも奏へ声をかけようと歩み寄って行った外野Aは、のちに語る。
彼女の肩に手を置いたつもりが、気付けば地面に転がっていた……な、何を言っているかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった――と。
・ ・ ・ ・
「……お前さぁ、全く、少しくらいは手加減してやれよ。新人、半泣きだったじゃねぇか」
「…………。」
ルーム内に設置されてあるシャワーを軽く浴び、昼食をとろうとトレーニングルームを後にした奏はかけられた声にチラリと視線を向けた。
「……手加減の必要性を感じなかったので。鍛え足りないのが悪いかと」
「ま、そりゃそうだがな? 男のプライドってのはお前が考えれるより繊細で―――」
トレーニングルームの出口で待ち伏せていたかと思えば、さも当たり前のように隣を歩き語りかけてくる男。
彼のいう“男のプライド”というものは、奏にとって分からなくもないがやはりよく分からない。
しかしそれ以上に分からないものが今の彼女にはあった。
「というかすみません、どちら様ですか」
正直奏は彼の顔に覚えが無い。
「!?」
しかし相手にとってそれは予想外だったらしく。
驚愕に口をぱくつかせていたかと思えば男はぎゅっとその眉を寄せた。
「お前な、人の名前くらい覚えろよ。アレか、お前の中には“人”か“感染者”の二択しかねぇのか」
「いえ、“敵”と“それ以外”です」
「おっと想像以上に酷かった」
言ってガリガリと柔らかそうな髪を掻く男は、その体つきからしてある程度腕のたつ者のようだ。
しかし奏は彼と一緒に任務に言った覚えなどないし、それ以外の交流をした覚えもない。
そもそも他人との任務以外の交流などほぼ皆無なのだが、それでも何処かで何かあったかと思案する彼女の首に背後から回される腕があった。
「――説明しよう!」
「申し訳ありませんが歩きにくいので技をかけないで下さい、飯島所長」
「技をかけたつもりはないのだが……」
どことなくションボリしつつも。
何処からか降って沸いてきた飯島は納得したらしく、まわした腕を解き奏らと共に歩きだす。
「――まぁいい。 そこの彼は河井 亮介、先月の『腕相撲大会』で君に負けた男だ」
「他に何か言いようってもんがあるんじゃないスか!?」
隣で悲痛な叫びを上げた男―――河井 亮介に奏はあらためて視線をやった。
確かに飯島に説明されてみれば先月VIP食券をかけて行われた『腕相撲』大会でこんな顔を見た気が・・・・・・否、やはり覚えが無い。
しかし、一応対峙した事のある相手を覚えていないというのは申し訳ない事かと。
「すみません私、自分に負けた相手のことは覚えていなくて」
「てめぇ……大体、アレは連戦で疲れが溜まってたから負けたんであってな、今やればお前なんぞ片手で倒せるぜ?」
「……そもそも腕相撲とは片手で行うものですが。それに勝ち抜き戦で疲れていたのは私も同じですし」
悪いと思ったらその時点で素直に謝りましょう。という『目が合いましたね~そこから始まるコミュニケーション~』にあったフレーズを回想し実行してみた奏だが、何故だか河井は奥歯を噛み、こめかみをピクピクと引きつらせている。
ここまで分かりやすい人間というのも珍しいかもしれないなと、彼女は僅かな興味とともに男を見やった。
「河井君、男なら素直に負けを認めたまえ。そもそも私の奏に君がかなう筈も無い、当然の結果というものだ」
「当然の結果!? 何だお前、遺伝子操作によって強化人間にでもされてんのか」
「河井さん、頭大丈夫ですか」
どうやら彼は、負けたのが相当に悔しかったらしい。
飯島の言葉に反応し有り得ない事を真顔で問うてくる河井を奏は一言にあしらった。
「私は利き腕を温存して戦っていただけです」
「お前……まさか頭が良いな?」
「そういう貴方は少しばかり……いえ、なんでもありません」
少しばかり頭が弱そうですね、と。
本気で驚いているらしい河井に対し思う奏だが、口にはしない事にする。正直な感想とはいえ言葉にしないほうが良い事もあるのだ。
しかし次の瞬間。
「河井君、君は少しばかり頭が弱いようだな」
「・・・・・・。」
元より細い目を更に細めながら。
飯島が放った言葉によって木っ端微塵にされた、珍しく的を射た奏の配慮。
けれど正直、彼女としては言ってもらってスッキリしたという部分もある。河井はその表情からして精神的に打撃を食らったようだったが。
「そう落ち込むな、河井君。まぁなんにしろ、中々に仲良くやれるようで安心した」
「・・・・・・所長、それどこ見て言ってんすか。おれはあんたらと仲良くやれる気なんて今のところ皆無っすよ」
「実は丁度二人に話があってな――」
一人頷き言葉を続ける飯島は河井の言葉など聞いていないらしく。
到着した食堂の扉を開きながら振り返った所長の笑みに、短く息を呑んだ河井を奏は横目に一瞥した。
所長から部下にある話といえば、それは大体において只一つ。
「――次の、任務の話だ」
昼食という憩いの時にされたくないNo1のお話である。