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ゾンビから生き残るための百のルール  作者:
第一章、前提編
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その12・一日の反省をすること






 幕切れはあっけなかった。

 それは、スマートだったともいえる。

 幕切れに関してのみ、の話だが。


 ガタゴトと。

 奏一人を乗せたモノレールは西日の中をゆったりと進んでいく。

 その緩慢な振動に身を預ければ体をどっと疲れが襲い、しかし未だ早鐘を打つ心臓が彼女の神経を高ぶらせる。


 逃げれた。 逃げ切った。


 自己新記録と思われるタイムで洞窟から逃走し、森を抜け川を越え。丁度発車寸前だったモノレールに滑り込み乗車した奏は、肌を伝う汗を拭うべくフルフェイスマスクを脱ぎ取る。


「……ふぅ」


 ふわり、と。

 マスク内に充満していた湿気が拡散していくのを感じ、奏は今度こそ多大なため息をついた。

 奴が追ってくる様子はない。

 ナップサックの中のインキュベーターには五本のサンプルが収まっている。


 そう。

 洞窟の中にいた、到底『普通』とはいえない姿をしていた巨大感染者。

 そして、『普通』ではないのなら何なのか。

 答えは簡単、『特殊』なのであり――つまり、任務達成だった。


「ざまぁ、みろ……っ」


 誰に伝える訳でもなく。

 言葉にすればどことなく笑いが込み上げ、奏は扉を背にそのままずるずると座り込む。

 しかし全力疾走したあと笑うというのは中々に苦しい。

 けれどインキュベーターの中に収まった『特殊型』のサンプルのおかげで、汗だくながらにも達成感はある。


(ふっ……アイツ、今頃どんな顔してんのかな)


 “非常食”がいなくなっている事に気付いた男は、どんな反応をするのだろうか。

 見られないのは少しばかり残念である奏だが当然、あの場所に戻りこっそり確認する気などない。そしてもう二度と、奴に会う気も無い。


(……。)


 そこにあるのは、達成感だった。

 散々煮え湯を飲まされてきた相手を、出し抜いてやったという達成感。

 しかし、それだけではない。


 ざまぁみろ。

 いい気味だ。

 この間抜けめ。


 様々な悪態が浮かぶ中、どうにもモヤモヤとしたものが拭えない奏。

 逃げるが勝ちという言葉もあるように、己は最後奴に勝利したはず。

 ならば、己の心中を満たすのはこれ以上なく晴れ晴れしい気持ちだけである筈なのに。


(うっ……モヤモヤする……もやもや……)


 あの巨大ゾンビと対峙した時に比べれば遥かに微々たるものであるが、悪心(おしん)がする。

 その現況を突き止めるべく、脳みそをフル回転させればそこに映るのは同行者の姿ばかりで。


 どうして失念していたのだろう。


 やがてその答えに気が付いた奏はいつの間にか伏せていた瞼を上げる。

 車窓から入り込んでくる日は既に傾き始めており、そんな彼女の視界を鮮烈に刺した。


(これは……)




*   *     *  



 時は深夜、控えめなノック音。


「お帰り、奏」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ただ今戻りました」


 机の上に散らばる書類へと落としていた視線を上げ、飯島は帰宅した部下を迎え入れる。

 どうやら今度の任務も無事終えたらしく、報告に来たのであろう奏はしかし扉を開けるだけ開けて動かなかった。


「どうかしたのかね?」

「いえ、特に…………」


 疑問符を浮かべつつも飯島が手招けば、入室したものの先の言葉を続けようとしない奏。

 その様子は、やはりおかしい。


「何があった、まさか何処か怪我でも……?」


 そう、そもそもこの奏が“控えめに”ノックなどしている時点でおかしいのだ。

 血の臭いはしないものの、まさか何処かに大けがをしているのではないか、彼女の調子をここまでおかしくさせる怪我とはどれほどの重傷なのかと。

 椅子から腰を上げ、部屋の中央で棒立ちとなっている姿へと歩み寄った飯島はなんだか妙な臭いに気付いた。


(腐臭……か?)


 ここに来るまでに殺菌・消毒・洗浄済みであるはずの彼女の身体から何故それが臭うのか。

 答えは簡単、先の戦闘にて巨大ゾンビから飛び散る腐敗液を奏が頭から爪の先まで浴びまくっていたからである。

 しかしそんなことは知らない飯島、とりあえず我慢出来る程度だったので臭いに関してはスルーする事にした。


「何か、あったのかね?」

「ええ、すこぶる不快な事が」


 改めて顔を覗き込むように飯島が問えば、奏も少しは言葉が纏まってきたらしい。

 それにしても、彼女のいう“すこぶる不快な事”がなんなのか、彼には想像もつかない。

 何と言っても彼女はこの研究所内の精鋭も精鋭。

 今回の“サンプル五本採取”という任務すらたったの一日でこなす程の“対ゾンビマシーン”なのだ。

 そんな彼女が感じる“すこぶる不快”とは、一体なんなのか。


「それは一体?」

「感染者からありとあらゆる屈辱を受けました」

「……なん……だと……?」


 慎重そして率直に。

 問いを投げた飯島は彼女の答えに石化するほどの衝撃を覚えた。

 奏としては嘘偽りのない正直な言葉だったのだが、詳細を省かれた飯島にとってその破壊力は絶大である。


「――!」


 そして彼の行動は早かった。


「っ、くそ、私の娘、私の愛娘がどこぞの馬の骨とも分からん感染者に……!!!」

「……飯島所長。何故、私は羽交い絞めにされているのでしょうか」

「これは“羽交い絞め”ではない。“抱きしめる”という行為だ」

「ならば余計にわかりません。羽交い絞めにされる心当たりは正直、少しありますが……」


 確かに今回の任務では己の力量不足を感じておりまして、と。

 腕の中で何やらつらつらと吐き出していた奏の雰囲気が、徐々に変化していく事を飯島は感じていた。


「……奏」

「・・・・・・。」

「・・・・・えー、奏」

「・・・・・・。」


 そして今や。

 奏からはピリピリとした殺気じみたものが立ち上っている。


 そう、奏は怒っていた。

 彼女の心中にあるのは紛れもない、今回の任務で出会った“感染者”への不完全燃焼の怒り。

 一旦落ち着きをみせてはいたものの、帰りのモノレールの中からモヤモヤと燻りはじめていたそれは任務を回想した事により、また奏の中でフツフツと湧き上がってきいたのだ。

 そもそも最後逃げおおせたくらいで、積りに積もった汚泥野郎への不平不満が解消されるわけもない。プラマイゼロどころか断然マイナスである。

 それはもう、ぶっちぎりに。


 しかしそんな事、やはり飯島が知るはずもなく。


「えー、私が見るに……君は今、私の行動に対し怒っているだろう」

「・・・・・・・・・・・・いえ、特に」


 とてつもなく低い声で答える奏を、一体どうしたものか。

 思案する飯島は己の腕の中、僅かにかけられた体重に目を見開いた。


「奴から受けた様々な事柄に比べれば、寧ろ心地よくすら感じます」


 「うひょう!?」と間抜けた声を洩らさなかった自分を自分で褒めてやりたい。

 強く思う飯島、しかしその腕にはしっかり力が込められてしまい奏は窮屈そうに身じろぎをした。

 ともかく。

 奏から溢れるものすごい怒気はどうやら、自身に向けられているものではないらしいと。

 理解した飯島は天変地異が起こるのではないかという程に素直な様子の彼女の頭を、調子に乗ってゆっくりと撫でてみた。


「・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・。」


 反応一つ返さないが、包丁を振り回されなくなっただけましというものか。

 数年ぶりに、恐らく甘えているのであろう彼女は今回の任務で相当に消耗しているらしい。


「……今日はゆっくり休みたまえ」

「就寝の前に筋力トレーニングを行おうと思います」


 どことなくいつもの調子に戻りつつある奏のつむじへと、飯島は苦笑交じりにあごを乗せる。

 そんな、腐臭が漂いながらも穏やかな時間。

 今度こそ詳細にわたって書かれた奏の報告書に、もう一反乱あるのは翌日夕方すぎのことになる。





これで一章、前提編はおしまいです。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。これからも物語は続いていきますので、どうぞ暖かく見守って下されば幸いです。

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