日 食
――でも・・・・・・。
壱与は決意した。
・・・・・・イサハヤと、駆け落ちすることを。
「それでいいなら、決めなさい、壱与」
卑弥呼は独り言をつぶやいたあと、年老いた我が身を、中国の皇帝からいただいた銅鏡でのぞき見る。
「壱与・・・・・・若いお前にこの国を、譲りたかったけれど・・・・・・」
時刻はちょうど、民が夕餉の支度をする頃。外が急に騒がしくなった。
卑弥呼は悟っていたかのように、どやどやと神殿に踏み入ってきた兵士らの前へと進み出た。
「卑弥呼! これ以上民衆を巻き込んだら承知しねえぞ!」
卑弥呼は瞼を閉じた。
そして、最後の神懸かりを行う。
「聞け。つわものども! 私は王として、当然の行いをしたまで。私を王と認めたのは、お前たちではないか。私に王たる資格がないものだと決めつけるなら、それはお前たちにも責任があると言うことだぞ」
「ぬぬ・・・・・・」
赤ひげの兵士が両手で槍を持ち、顔をしかめた。
卑弥呼は余裕を持った笑みを浮かべ、苦笑した。
「せ、責任とは何だ。王は民衆のすべてを背負っているものぞ。貴様こそ責任転嫁するつもりで入ると・・・・・・」
「そんなことはしない」
と、卑弥呼は含み笑いした。
「私を殺すなら殺せ。だが、おぼえておくがいい。オオツネヒコ、お前の父は、私が女王になることを猛反対した。お前は今、私を殺すことに喜びしている。これは、さだめだ。そして壱与もいない。つまり、私を殺したあと、王になるのは――」
ほかの兵士らもオオツネヒコと呼ばれた、ひげの兵士長を見る。
「な、何が言いたい」
「・・・・・・おめでとう、とひとことだけ」
卑弥呼はかがり火の前に正座し、兵士たちに背中を向けた。
「私には、思い残すことがない。だから・・・・・・殺れ!」
オオツネヒコは、図星を指され半狂乱で、卑弥呼の身体に槍を突き刺した。
「ぐふっ」
卑弥呼は大量の血を吐いて、前のめりに倒れ、するとにわかに日食が起こり、太陽は月の陰に隠れてしまった。
「これで気が済んだか、オオツネヒコ・・・・・・!」
卑弥呼は大切にしていた勾玉の首飾りを握りしめて、息絶えた・・・・・・。
卑弥呼の亡骸は、裏庭の墓地へと埋葬された。
とうとう卑弥呼ちゃんが・・・・・・。
このあと、壱与を襲うものが現れる!