笑顔
さて、歴史のノートどうするか。
今、何処まで進んでるのかさえ解らないしな。
ノートを借りれそうな、目ぼしい奴を頭の中で上げながら俺は教壇を見ていた。
今は、10月入学式以来、静を教室で見かけても話す事はなかった。
奴は、授業が終わるとすぐ教授と話し始め、居残っていたり、教授に質問が無い時はすぐ帰ってしまったりと、とりつく暇もない。
別にとりつきたい訳じゃないが友人と話している姿ってのを見ない。
いつも一人っきり学生には興味ないみたいだ。
「まったく変なやつ」
相変わらず俺の奴への評価は初対面の入水騒ぎから、何も変わっていない。変わっていないが、あいつの事を、興味深いと思うようにはなっていた。
教室を移動し、久しぶりに、歴史の授業へでる。
予鈴がなり、立っていた者がばらばらと席につくなか俺は違和感を感じた。
「あれ?静が居ない」
いつも、最前列にいるアイツが、居ない。
凄い違和感だ。
まぁ、あいつだって人間だからな授業をサボる事くらいあるか。
(いや、無いような気がする)
そう思うやいなや、俺は席を立ち教室の外へ出た。
キョロキョロと廊下を見まわし、さっきの経済学の教室へ戻ってみる。
扉を開けると静が数人の男どもに取り囲まれていた。静の迷惑そうな顔をみてつい俺は、カッなって
「おいっ!何してんだよ」と叫んでしまった。
すると男たちは一斉にこっちを向き「関係ないだろ」と睨んできやがった。
「関係無くても、見過ごせない図だぜ」
「うるせぇな、ちょっとノートを貸してくれって頼んでるだけだよ」
と一番柄の悪そうな男が言った。
「静はノートなんかとってないぜ、頼んだって無駄さ」
俺は奴に近づいて行き、真正面に立った。
「あっ」と小さい声があがって「まずいよ、陸、アイツ空手の横田だ」
と一番端に居たひょろっとした奴が、リーダーっぽい奴に言った。
「は?空手?」ふんっと見下したような鼻息が聞こえた。
「まずいって」とまたひょろりが服をひっぱる。
「スポーツ選手が素人あいてに何ができるって言うんだよ、大会に出れなくなって困るのはコイツだろ」
とズイッと、俺の前にでてきた。
「俺、もう空手やって無いから、やるなら手加減しないぜ」
と凄んで言うと、若干、奴らはひるんだ。
「陸、もう行こうよ、こいつノート無いんだし」と別の男が言った。
「ちっ」
教室の床にペッと唾を吐いて、奴らはぞろぞろと出て行った。
「まったく、絡まれてんじゃねぇよ。唾はきやがって、掃除のおばちゃんの迷惑だろうが」
文句を垂れて、静を見ると静は無表情で俺を見ていた。
「なっ……なんだよ、びびったのか?」俺はあの大きい目に弱い。
「大丈夫かよ?別に何んもされなかったんだろ?」静は喋らない。
静寂な教室、沈黙に耐えかねて俺は無駄に喋った。
「気をつけろよ、お前目立つんだから」
と言うと、静は
「好きで目立ってるわけじゃない」とボソッと言った。
「あん?」
「僕の事、気持ち悪いと思ってるんだろ?だったら、構わなければいいじゃないかっ!!なんでいっつもあんたは、勝手に助けにくるんだよ」
(ぎゃ……逆切れ?)さすがの俺も、カチンときた。
「あ?なんだそれ、素直にありがとうくらい言えねぇのかよ。」と言い返す。
「助けてくれなんて言ってないだろっ!」
「助けたいから助けたんだろっ、しょうが無いじゃねぇかよ」
と叫ぶと奴は、ポカンとした顔をした。
「助けたい?なんで」
「っ……なんでって……なんでって……なんでかな?」
俺は困って眉を思いっきりしかめた。
すると、その顔が面白かったのか静は
「ぷっ、変な、奴」と笑った。
「変はお前だろ」と言い返しながら
俺は奴の可愛い笑顔に釘付けになっていた。