無
ベッドの中で静は一人悶々と考える。
(てつの事は好きなのに…あんなのは…どうして良いか解らない。)
(なんで友達じゃいけないんだろう…)
静は心の奥底で恋愛に対する恐怖がある。
恋をしたゆえに失う辛さを知っている。
両親の離婚も恋愛のもろさも知って育ってきた。
愛なんて…いつか壊れるもの…
愛なんて…いつか消えるもの…
幼心のトラウマは
消えない鎖となって静の心を縛り続ける。
いつかなくなるなら…
そんな感情いらない…
静にとって…「友達」こそが至高の存在。
無くならない…傍にある
全身全霊で護りたいもの。
哲也はまさに恰好の「友達」だった。
大事な大事な宝玉の罅
(治さなくては…)
(でも…どうやって…)
恋愛は欲だ…欲は…不幸を呼ぶ。
てつは…知らないんだ…
無くなる事がどんなに怖いか…
なんで…
そんな感情を僕に持つんだ…
ずっと一緒にいたいのに。
静にとっての「恋愛」は薄氷
寒い冬の、井戸の水面の上に出来た薄っぺらい頼りないもの。
そんなもの…
手に取ろうとすれば…すぐに壊れる。
壊したくないのに…
てつが誰より大事なのに…
「なんでっ…」
こんな厄介な感情を僕に向けるんだ…
困った事があったら、助けるよ。
辛い事があったら、一緒に苦しむよ。
楽しい事があれば一番に、伝えたい。
本を読んだり、旅行へ行ったり、同じ景色を見たり…
楽しい事なんかいっぱいある。
そう教えてくれた。
てつの心のほんの片隅に僕がいる
それだけで幸せだった。
一人の…人間として…視ていてくれる事が…
どれだけ僕の救いになったか…
僕は…
無くなった気配を追って…
もう無い姿を探して…
その声を…願って…
切ない程…想って…
夢でさえ…伝えられない…
ただ…想うだけしかできない
臆病な心を知ってるんだ。
何年たっても…色あせないあの笑顔を…
想うだけで…苦しみ…救われた…日々
自分に向けられる笑顔でなくても良かった。
その輝きをみれるだけで…幸せだった。
嫌われたら…生きていられない…
だから…僕の…欲に…気付かないで…欲しいと
封じ込めた想い。
それでも…欲深い僕に罰は下った。
また目の前の宝玉が割れてしまう。
今度は…もう…絶対に…失えないのに…
静は…「欲」を極端に恐がる。
それを持てば…何もかも失うと…
何もかも見透かした神が、また自分から大事なものを奪うのを恐れて。
心が…無くなってしまえば…楽なのに…
いつもいつも…
いつまでも…苦しいままなら…
心なんか…
「ロボットみたいに生きるなよっ!」
てつの叫びが蘇る。
「そんなの生きてるって言わない!」
でも…てつ…消えてしまうよ…
消えるのが怖いよ…
朝になっても、部屋からでてこない静を心配して蓮が扉をノックする。
「し~ず~。まだ怒ってんのか?」
ガチャッとドアのぶが回り、蓮が盛り上がった布団に近づく。
やれやれ…人知れず、蓮は溜息を吐く。
「しず…寝てないのか?」
返事はない。でもモソッと団子みたいな布団が少し動いた。
「こら…」
無理やり、布団をはぎとると
泣きはらした目をした静が恨めし気に見上げた。
「ほっといてよ…」
かすれた声で反抗する。
布団をまたかぶろうと蓮からひっぱる。
「ばか…。も~、お前はなんだってこう可愛いんだ…」
蓮がニヤニヤと笑いながら布団を離さない。
腕力では蓮にかなわない。む~っと、静は蓮を睨む。
「また、くだらない事考えて縮こまってんだろ?」
上から決めつけられて静はプイっと横を向いた。
「くだらなくなんかない。」
「い~や、くだらないね。」
「くだらなくないよ!わかんないんだもん!」
ほ~ら、と蓮が
「解んないもんいくら考えたって解んないって。なんで解んないか、教えてやろうか?」
「え…」
蓮は、ずいっと静の顔に自分の顔を近づけた。
「お前が何にも行動してないからだ。」
と静のおでこに、びちんっとデコピンした。
「いたっ!」
静はおでこを押えて、呻いた。
「解るか?痛みってのは、受けるもんだ。受ける前から身構えてんじゃねぇ。
受けてみて初めてどんな痛みか解るってもんだ。痛みが解ればその治し方も解る」
「…。」
「それと同じ、結果も行動してからついてくる。行動する前に、あれこれ考えても無駄。」
「…でも…」
「何といっても無駄。無駄こそが真理。」
(なんだかな…)
蓮さんと話してると…想い悩む事の無意味さをいつも痛感する。
「…ほんとだ…なんか…無駄な気がしてきた…」
静がしょんぼり肩を落とす。
「そうさ。悩みなんて実は自分が作り出した幻想さ。お前は囚われすぎ。」
「うん…」
静のベットにギシッと座って蓮は、静の頭をポンポンと玩具みたいに叩く。
「ぶつかってけ。解らないなら聞け。答えはそっからだ。」
「そう…だね。」
怖がってばっかりじゃ…駄目だ。
選択肢がいっぱいあるのはそれだけ答えもいっぱいあるって事。
一つじゃない。
「過去の経験から、俺は思うよ。ほ~んと、案ずるより産むが易しだってな。
産むまえ散々、痛いだの脅かすけどよ~意外と大丈夫なもんだ。俺は便秘の方が痛い。」
「蓮さん…子供産んだ事ないでしょ…」
「あ、ばれたか?よし、頭も動いてきたな。メシ食うぞ。顔洗ってこい」
「はい…。」
静はベットから降りて、素直に洗面所に向かった。
蓮は腕を組んで見送る。静の後ろ姿を目で追いながら
「ったく…面倒なやつらだ」と笑った。