想い
中西さんが、部屋に入ってきた。
僕を見つめて…「静ちゃん…行こう」と言った。
「てつは?」
「外にいるよ…」
僕は歯を食いしばる。なんでっ…
「帰らない…ここにいる。」
困ったように中西さんは…
「でも…それじゃ、いつまでたってもあいつ、部屋に入ってこないよ…
熱あるんでしょ?休ませてあげなきゃ」
と優しい口調で言った。
「でも…今、帰ったら…」
こんな気持ちのまま…離れるなんて…
それにてつの熱が…
しがみつくように、部屋から動かない僕に
中西さんは辛抱ず良く語りかける。
「静ちゃん…今は、帰ろう。一度、気持ちを落ち着かせて考えれば…
見えてくる答えもあるよ。」
さぁ、と手を差し出す。
「…。」
しぶしぶ僕は…その手をとって…立ちあがり…
てつの気配が消えた部屋から…外へ出た。
部屋の外にでてぐるっと見渡してもどこにも哲の姿はなかった。
「中西さん…てつは…大丈夫なの?僕…一人で帰るから…」
「あいつは、大丈夫だよ。少々、熱あっても、くたばる様な軟な奴じゃないって。」
と僕の背中を押して、車へ乗せる。
「それに、一人で静ちゃんを帰したら、俺があいつに殺されちまう。」
「でも…」
大丈夫、大丈夫と。エンジンをかけ…車を出す。
外見からは想像できない静かな正確な運転…。
走りだしの加速も、止まる時の減速も…自然に中西は車を操る。
自在に車の運転ができるだけで…
中西だけが随分大人な気がした。
「てつは…僕を嫌いになったのかな…?」
ぽつりと呟くと、中西さんは
フロントを見ながら…
「それは…ないよ。」と返事した。
「だって…友達じゃないって…」
僕は、中西さんに喰ってかかった。
「でも、嫌いって言われてないでしょ?」
赤信号で、止まって…僕の方を見た。
「てっちゃんは…しずちゃんに何て言った?」
僕は…哲の言葉を、もう一度思い浮かべる…
友達でいられないと言われて…思考が停止してしまっていたけれど…
てつは、何て言ったっけ…
何度も言ったのは…
(考えろ…て…)
押し黙った僕に中西さんが助け舟を出す。
「友達でいられないって…どういう意味だと思う?」
「え?…。」
それが解らない…
好きならどうして友達でいてくれないんだろう…
「静ちゃんは…恋した事あるんだったよね…?」
中西さんが言葉を少し濁す…
「うん…。」
「その時の相手を思う気持ちって…どんなだった?」
ユイを思う気持ち?
…ユイが…可愛くて…幸せになって欲しくて…
寂しそうな顔…させたくなくて…護りたい…
ただ…ずっと…傍に居たくて…
大事で…
僕は考えた。
ずっと傍にいたくて…傍にいると
安心して…
少しでも彼女に触れると…
嬉しいし…恥ずかしかった。
目が合うと嬉しくなって…
自然と彼女の姿を探す毎日…
彼女だけが違ってみえた。
とても…特別な…大切な…存在…
「てっちゃんは…きっと…そんな気持ちで、静ちゃんを見てるんじゃないかな。」
「えっ?」
僕は…中西さんの横顔を凝視した。
てつが…僕を?
かぁっと顔が急に熱くなる。
「ど…どおして…そんな…」
混乱して、何をどう言っていいか…
「じっくり…考えて答え出せばいいよ。
ただ、てっちゃんは…ずっと静ちゃんを誰より大事に思ってる。
それだけは本当に、ホントだから。」
白銀の蓮の自宅に到着する。
車から降りると、中西さんは去り際僕にそう言い残した。
暗証番号を押して…エレベーターに乗る。
マンションのドアをあけると
蓮さんが奥から出て来た。
「遅かったな…静…?」
僕は…複雑な顔で…
「うん。ごめん。」と謝った。
なんだよ、謝るなよと…僕を部屋の中へ通してソファーに座らせ、
コーヒーを入れてくれた。
「どうした?あいつと何かあった?」
「えっ!!」
僕は自分で顔色の変わるのが解った。
目が泳ぐ。
「なんだよ…あいつ…意外と音を上げるの早いな…」
と蓮さんが呟く。
「ど、どういう意味っ?」
僕は蓮さんに詰め寄った。
「どういう…って…もうちょっと我慢してんのかなって…」
「我慢?」
何を?…僕はてつに我慢させてたの?
「そりゃ、お前…男が解ってないって」と僕を押し倒した。
「なに?重いよ~」
逃れようとしても、蓮さんはびくともしない。
「キスしたら…怒る?」
と、上から蓮さんが顔を近づけてきた。
「!!!×××…!!!」
ぎゅうっと目を閉じると
急に蓮さんが体をのけた。
僕はさっと、ソファの端に逃げる。
蓮さんはクツクツと笑い
「そういう事」と言った。
何がそういう事なんだ…!?僕は赤らめた顔のまま蓮さんを睨みつけた。
「だから、好きな相手とは、キスしたいって事だろ」
お前、本気で逃げるなよ~と目を細めて恨めし気な顔をする。
「酷いよ…からかうなんて…」
僕は流石にムッとした。
「あいつとは?」
「え?」
ちょんちょんと、唇を指して
「キスしなかったのか?」
と僕に聞いた。
…キス!?
え…
かぁっと本当に顔が沸騰しそうなくらい赤くなる。
僕はいたたまれなくなって、リビングから逃げ出し
蓮さんから与えられた、個室のベットの中にもぐりこんだ。
(き…キス…した…)
あんまりにも、自然で…
意識さえしなかった…
あれ…キスだった…
ドキドキドキドキと尋常じゃない鼓動。
ど…どうしよう…
僕…
てつともう合わす顔ないかも…
口を手でふさいで…僕は布団の中で
めまぐるしく思い出すさっきの哲とのやり取り
恥ずかしくて…
耳から…火が出そうだ。
ようやく理解した。
てつが僕に求めるもの…
小学生の時の恋とは違う…
あんな淡い思いとは違う
激しい炎みたいな…
どうしていいか解らない。
僕は…友達でのままでいたかった…。
本当にもう…戻れないんだろうか…
てつを必要とするってことは…
あの続きを?
(そんな…ひどいよ…てつ…)
気付いてしまった想いに…静は翻弄される。