疑心
目標を持つと、人間はそれにむけて突っ走れるもんだ。
道が見えてくるとひたすら進む事に専念できる。
「静と同棲」という餌を目の前に吊るして、俺は走り続けた。
冬休みの間、静に会うのは週一回に我慢して、
それ以外の日はすべて短期イベントのバイトにあけくれた。
バタバタ働いていると、クリスマスがきて、
ケーキを売ってホッとして寝るともう新年バザーのバイト。
大学が始まれば、
早朝4時から 6時までコンビニバイト。
8時から5時までは大学。
夕方6時から 夜11時までスーパーのレジ。
俺はくたくただった。
せっかく借りた部屋のキッチンも一度もつかわないまま…
アパートに帰れば、ぐったりと眠るだけだった。
ゼミも結局、伊藤ゼミに入り…英語みっちりやりながら、海外の経済、日本の経済…
先生の話は深く確かに面白かった。
バイトの空き時間も勉強して
大学に来れるようになった静と話したり、他のゼミ生と討論したり。
俺の日常は、今までになく充実し、フルスピードで過ぎていった。
そんなこんなで、俺は…静が、ゼミの仲間…
とりわけ、名取優と仲良くしてるな…と気付いたのは
初夏が終わり、本格的な夏が来る頃だった。
大学の構内には木が沢山植えてある…強い日差しも木陰に入るといくぶん和らぐ。
しかし、構内は広く、
教室にたどり着くまでの道、ジメジメした熱さに、俺はイライラしながら
目の前の状況に耐えていた。
名取と静が楽しそうに話をしている…。
(…こいつら…いつの間にこんな笑い合えるような仲になったんだ???…)
(…静…そんな可愛い笑顔を…名取なんかに向けてっ…)
俺は、内心の嫉妬と動揺を抑えつつ…
俺の中で急に沸いて出た名取優を観察する。
名取はいわゆる…好青年ってやつで…会話の端々に知性を感じる。
背の高さは俺と同じくらいだが
茶っこい髪は短髪で、すらっとした体格。
賢そうなデコッパチ…に整った眉毛…日本人特有の一重…
理系に強く、論理的で…
もてるか、もてないかで言うと…確実にもてるタイプに分類される男だ。
そんなのが、静と親しげに、会話して…
静が元気に通学している事を喜ぶ以上に…複雑な…心境に俺を迷いこませる。
「じゃ、図書館に行って調べてから行こうか…」と言いながら静が振り向いた。
「てつ、図書館に行っていい?」
(ふ…二人で行く気か?そんなのダメだっ…)
「お、おう。…俺もいく…」
と言うと、静は嬉しそうな顔をしたが、
名取の野郎は、つまらなそうな顔をしやがった。にくったらしい…
俺はもう、ただでさえ熱いのにカッカして仕方なかった…。
図書館へ入ると、すぐ、本の香りとひんやりとした空気に体が包まれる。
「あ~涼しい…」俺はオアシスにたどり着いた旅人の心境で…ふ~っと息を吐く。
「ちょっと寒いくらいだね、静…寒くない?」名取が静に話しかける。
(…いちいち気に食わない奴…)
「うん、大丈夫。法律関係から調べる?」と静が慣れた様子で図書館の中に進む。
俺は…空いている席にドカッと座って待つ事にした。
ここの図書館は大きくて2階建てだ。
入口から入って右半分は全て書庫、左半分は生徒が勉強できるように机と椅子が並んでいる。
貸出は自由だから、けっこう色んな年代の人が混在する。
法律の書籍の棚の近くで本を開きながら、静と名取が何か話している…
俺はもう気が気じゃない。
この後、授業受けたら、すぐバイトに行かねばならず…
嫌な考えが俺の頭の中をちらつく…
(もしかして毎日、静と名取は、俺が居なくなってから…一緒に勉強したりしているのだろうか…)
俺は…もやもやする気持ちに我慢できなくなってきて…
それに…これ以上二人の仲良い姿を見ていると
なんだか静に嫌な言葉をぶつけてしまいそうで…
辛くなってきて…フィッと、二人から目を背け、
席を立って…黙って、図書館の外へ出た。