王子様
蓮について無言で廊下を歩き…静の病室の前にきた。
蓮が軽くノックをし、扉を開ける
「静?俺だよ、蓮だよ、入るよ。」
静はベッドの上で静かに座っていた。
真っ白いパジャマをきている…顔色は相変わらず悪い…涙で曇った瞳を扉へ向ける。
まず、蓮をみつけ、その後…俺に気付いた。
静は俺をみてビクッと身構え、シーツをキュッと掴んだ。
…明らかに今までの静と違う。
俺は扉から近づかず…ゆっくり静に話しかけた。
「静…俺が…怖いか?」
静が首をふる
「違う…てつ…ごめ…」瞳から涙が溢れる。
静自身、何故こんなに混乱が起きるのか解らない。
泣きたい訳でもなく涙が溢れ、止めたくて情けなくて悔しくて
心の底の喪失感が不安を煽り、胸が苦しい…哲也が無事て嬉しいはずなのに、
それ以上に哲也を失うのが怖い。震えが止まらない。
ユイの笑顔や猫のふーちゃんが浮かぶ。その後にくる後悔と自責。
自分でコントロールできない感情は不安をより募らせる。
何に対して恐怖を感じるのかさえ解らない。
頭が真っ白になって…言葉にならない恐怖の闇に支配される。
俯いて苦しげに泣く静に…俺は…駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られたが、
歯を食いしばり…我慢した。
蓮がちらっと俺を見る。そして冷たい声で
「静…泣くならもう来ない。泣き止め。」
と突き放すような言葉をはいた。
静は俯き、涙を流し、それでも涙を沈めるために両手で瞳を覆った。
「そう、いい子だ。」
蓮が静に近づき…両手を掴み、静の瞳からその震える手をひき離した。
顔を覗き込み、一言一言、ゆっくりと語りかける。
「静…いいか?…心に蓋をするんだ。
…悲しい思い全て底へ沈めて…蓋をするんだ。
…囚われるな。…蓋をして、そして鍵をかけろ…頑丈な鍵だ。
そうすれば、もう誰も踏み込めない。踏み込ませるな。
心を閉じろ。誰にも開くな…イメージできたか?
そうすればお前の苦しみは全てもう何処からも出てこない…解ったか?」
蓮の声は一定で、まるで呪詛を唱えるように…だがその声は鮮明に頭に響く。
静は、震えが止まり
「はい…蓮さん…」
うつろな瞳のまま…かすれた声で返事をする。
「よし…良い子だ。さ、もうお休み。」
蓮が静の頭をなぜる。
静はさっきのパニックが嘘のように…静かにベッドへ横たわった。
俺は…このやり取りの間一言も口を挟めなかった。
蓮の言葉がどうしても受け入れられなかった。
(…こんな…むりやり気持ちを抑えこむみたいな…やり方…おかしいぜ…)
冷や汗が湧き出る。
蓮が勝ち誇った顔で俺をみた。
「静はね、昔からこうやって鎮めてやれば落ち着くんだ。簡単さ。
悪いことなんか忘れちまえばいいのさ。…そうすりゃ静は生きてける。」
俺は、「違う!」と叫んだ。
「そんなの…生きてるって言わない!洗脳だ!
嫌な事に蓋をしたって…なんの解決にならないっ!
お前がそうやって洗脳するから…いつまでたっても静は抜け出せない。
おんなじ迷路でずっと迷ってんだよ…
なんで…一緒に出口へ走ってやらねぇんだ…
なんでずっと迷わせたままでいれるんだ…
…こんなのおかしい…俺が出口に静を引きずりだす!」
俺は、拳で壁を叩いた、バンっと大きな音が狭い病室にこだまする。
蓮は、すっと目を細め…俺に近づいてきた。
俺の顔すれすれに顔を近づける。
静と似ているがこいつの方がずっと男っぽい顔つきだ。
俺は眉を寄せ、一歩も引かず睨み返した。
そんな俺に負けない強い目で俺を見据えながら蓮は
「君…なかなか面白いね。でも…気が合わないなぁ。」
と、苦虫を噛みつぶしたような声で言った。
「…俺もそう思うよ。」と答え、睨み続ける。
病室に緊迫した空気が流れる。
だが、その緊迫を壊したのは蓮だった。
ふふっ。と急に蓮が笑ったのだ。
「…了解。やっと静の王子様が現れたわけだ…」
と俺を睨むのをやめ、顔を離した。