叔父
先生は、俺の返事を聞いて。頷いた。
「ありがとう。日野先生から君が楠木さんの要だと聞いた時から、私も君とじっくり話してみたかったんです。やはり、君は楠木君をとても大事に思っていてくれるんですね。こんな頼みを聞きいれてくれるのは君が本気である証拠です。」とまたニコリと笑った。
「所で、楠木君の保護者なんだが…お父さんの弟の楠木連さんという方が身元引受人になって下さいました。楠木君のお父さんはまだしばらく、アメリカから戻れないらしいので…」
(静の叔父さん?どんな人だろう…)
俺は眉間に皺を寄せた。
「その人は、ここへ来たんですか?」
「ええ。入所してすぐ…それから楠木君の症状が徐々に治まったので…楠木君にとっては頼りになる方のようですね。」
なんか、ひっかかる言い方するなぁ…俺はその叔父さんとやらに会ってみたいと思った。
「その人と会えますか?」
「今日、いらっしゃるとの事ですから…話してみますか?」
「はい。話してみたいです…でも先生…」
俺は今日、一番聞きたかった事を先生に聞いた。
「…静とは…俺はいつ会えるんでしょうか?」
先生は手を顎にもっていき、髭をなぞりながら…
「そうですね…落ち着いてきていますが…まだ、なんとも。ですが…もし、叔父さんとお話した後…楠木君の調子が良ければ…」
よしっと、俺は小さくうめいた。
「解りました!俺、待ちます。」
「待たせてばかりで悪いね…ここは、自然も豊かだから、散歩でもして待っていてください。」
と言われ俺は先生の部屋から出た。
白く長い廊下を歩き、俺は外へ出た。
ここは東京の郊外だが、大きな森があり森林から爽やかな風が吹いてくる。
この森は散歩コースになっているようだ。
俺は芝生を踏みしめ…森に向かって歩いた。
大きな木が重なりあって空を隠している
隙間からもれる光は、地面を照らし
熱を持った地面からは草が生えている。
良く見れば小さな虫が忙しそうに這いまわっている。
俺は、ふかふかした腐葉土をふんで歩く。枯れ葉の壊れる音。
土と葉っぱの匂いがぷ~んと鼻につく。清涼な空気が気持ちがいい。
(静はここを歩いただろうか…)
こんなに気持ち良い森がすぐ近くにあるのに…
静はずっと部屋に閉じこもって…苦しんでいるんだろうか…
俺は生命溢れる土を踏みしめ
…静を外に連れ出したいと…切に思った。
シンと静かな森の奥から、人が歩いてくる気配があった。
遠目に、背の高い男性のようだ。
青いセーターに黒のズボン…顔がどことなく…静ににている。
もしかして…と俺は思った。
男は真っ直ぐ俺に近づいてきた。
「やぁ。君が哲君?」
「…。」
俺の名前を知ってるって事は、こいつはやはり静の叔父か。
父親の弟なんて聞いてたから…もっと年配の人を予想していたが
どう見ても30歳前後だ。
「そうだけど…あんたは?」
男はふふっと笑って
「やだなぁ、睨まないでよ。僕は連。静の叔父だよ。解ってるくせに」
とにっこり笑う。
「どうも…初めまして。」
なんとなく…静の状態を鎮めたという事実に、嫉妬を覚え…つっけんどんな態度をとってしまう。
「静が随分お世話になったみたいだね。」
木の葉がひらひらとまって、連の肩についた。
それをうっとおしそうに、パッパと払いのけ
「でも…もう僕が来たから…帰っていいよ」とあっさり言った。
「な?なんで…俺、静に会いにきたんだぜ」
「ん~でも、今の静に君を会わせてもね…傷口に塩塗りたくないんだよ」
と葉っぱを弄びながら言った。
俺はカッとなって怒鳴る。
「でも、俺、静の力になりたいんだ…」
まぁまぁ、と白けた様子で手を振る連。
「静、可愛いもんね…解るよ。でも、静はこのままで良いんだ。」
俺はなんとなくムカついて
「どうゆう意味だよ…」
「どういう意味って…俺が居れば良いって意味さ」
とはっきり言った。
「君は静を混乱させるだけだけど、俺は違う。10年前も俺が傍にいたのだから…」
連は弄んでいた、枯れ葉をぽいっと捨て俺をじいっと見た。