先生
次の日から、俺は静の病院へ通い始めた。
何度行っても静に面会はできなかった。
大学の授業は中西がノートを集めてくれるので、見つかるとそうとうヤバイが、代返だけたのんで…なるべく早くから俺は病院に通い詰めた。
今日も朝の9時から俺は静の病室の前へ。
行きかう看護婦さんや入院してる他の人も、
俺を覚えてくれ、会うたび
「早く会えるといいね」と声をかけてくれる。
静の担当医となった日野先生が静の病室から出て来た。
俺を見つけて、ほほ笑んだ。
「横田君、おはよう…楠木君はまだ眠っているんだが…少し顔を見るかい?」
俺は、4日ぶりに静に会える事に内心小躍りした。
「はい。ありがとうございます」
「寝てるから静かにね」
俺はソロっと病室のドアを開ける。
カーテンがまだ閉まっているので、部屋は薄暗い。
ベッドに寝ている静を確認して、俺はそばに近づいた。
怪我はだいぶ良くなったみたいで…大きなガーゼはなく、小さいのが口の傍に貼ってある
首の赤みもだいぶひいた…だが顔色は相変わらず悪くて…
このまま…眠ったまま起きないんじゃないかと俺は不安になる。
目の周りが赤い…クマもある…涙が乾いたような跡もある…
「明け方まで、眠れなかったようだ…」と先生が小声で言った。
俺は思わず…静の髪に手を伸ばしたが…
意識の無い静に勝手に触れるのは…反則みたいで…
伸ばした手をひっこめた。
目を開けない静…また痩せた…頬がこけている。
もともと細いのに…
飯を食っているんだろうか…
俺はギュウッと目を閉じ、奥歯を噛みしめた。
「さぁ、出ようか…」
先生がうながす。
「静…また来るからな…」俺は小さく呟いた。
部屋を出ると、先生はまた俺をロビーへ誘った。
今日は人がちらほらいる。
「コーヒーでも飲むかね?」先生はこないだと同じ事を言った。
「…はい」
今度は頂く事にした。
自販機から豆を挽く良い匂いが漂う。
「どうぞ」と、先生が俺にコーヒーを渡す。
「ありがとうございます」
俺達はまた、あの嫌な音がするソファーに腰を下ろした。
先生はコーヒーを一口飲み…両手でカップをつかみじっと中の黒い液体をみた。
「先生…静はちゃんと食べてるんですか?…なんだか、すごく痩せたように見えたんですが」
俺は不安な気持ちを先生にぶつけた。
「…食べてくれないんだ…食べても吐いてしまってね…」
「そんな!…死んじまう…」
先生が俺の顔をじぃっとみた。
「事態は思った以上に深刻なんだ…楠木君は…しかるべき病院に移った方がいいと親御さんとも話しているんだよ。」
「しかるべき病院って…何処ですか」
「…親御さんはアメリカの病院を希望しているんだが…」
「そんなっ!!あんな状態の静を外国になんて…」
あんまりだ…酷過ぎる…
俺は怒りでコーヒーを溢しそうになった。
「アメリカにも確かに良い病院は沢山ある…だが…国内の方が良いと私も思うんだ。」
と先生は言ってごくりとコーヒーを飲み干した。
「先生、ここの病院じゃ駄目なのかよ…」
「…心の病気は…治るのに時間がかかるんだ…今の楠木君では社会に出る事も危うい…専門家の治療をうけて…ゆっくり直すしかないんだ。」
先生は、ぽんと俺の肩をたたいて言った。
「君は…最初に会った時とは違う顔をしている。楠木君には確かに君が必要だ。一緒に頑張ってくれるかい」
「もちろん。俺にできる事ならなんだってします。…俺…本当に静が大事なんだ…」
先生はうなずいた。
「解った。なんとか親御さんにアメリカは考え直すように説得するよ。」
「ありがとうございます…」俺は深々頭を下げた。
「先生、ちょっとよろしいですか?」と看護婦が呼びに来た。
「あぁ。じゃ、横田君、また」と日野先生は席を立った。
少し歩いて看護婦は、先生にふと、たずねた。
「先生、よろしいんですか?あんな事話して…」
「あぁ…あんまりよろしくはないがね…でもこの先、楠木君の傍にいるのはきっとあの子だから」
と確信があるように言った。