白い花
静が、眠りについた後、先生は
「君…ちょっといいかな?」
誰も居ないロビーへ、俺を連れてきた。自販機と、窓際にソファーがある。
「コーヒーでも飲むかな?」
「…いえ…」
そうか、と残念そうに呟いてソファーに俺をうながした。
ギュムゥ~と音がして、俺達はソファーに沈むように座った。
「楠木君は…過去にトラウマがあるみたいだね…今回の事件で…触発されたんだろう…」
俺は知っている…静がどんなに過去に囚われて生きてきたか…
俺は暗く「…はい」と返事した。
先生は少し、考えた後…
「君は、しばらく…来ない方がいい」と信じられない事を言った。
「なんで!?あんな静をほっとける訳ないっ…」
ぎょっとして、俺は先生に喰ってかかった。
「その想いが…逆に負担になる場合もあるのだよ…。」と先生は困ったように、
「精神科の先生の意見を聞かねばならんが…おそらく、今のあの子にとって…君と恐怖が重なって見えてしまっているんだ。…君がそばに行くと…きっと苦しみは増すだろう…」と言った。
俺は、固まった。思考がフリーズした。
ショックだった。
「…そんな…なんで…」俺はギリッと歯を噛みしめた。
先生はそんな俺を見つめ…
「君はまだ…彼を背負う覚悟はないだろう…まだ学生だ…これからの事は……親御さんと相談して決めさせてもらう。」
「親って!?静がこんな目にあっても来ないやつに…っ。」
「君には…辛い思いをさせるが…解ってくれないか。」
「…っ。」
静の為だと言われれば…俺は、身を引くしかない。(でも…納得いかねぇ…。)
「とにかく、今日は帰りなさい。また後日経過を連絡するから…」
「経過なんか…」
(そんな…静を…観察動物みたいに…外から見てろって言うのかよ…)
ぐっと口を引き結んだまま…黙る。
「…人生に無駄はない…きっと楠木君も…乗り越えられる日がくる君も、信じて努力しなさい…我慢もいつか実を結ぶ。」
先生はそう言って俺の肩に手を置いた。
俺は立ちあがり、先生に、礼をしてその場を逃げるように立ち去った。
病院からの帰り道…俺は、静と初めて出会った川べりの道へ行ってみたくなった。
駅の反対側だ。
秋の夜は長くて寒い…歩きながら、ダウンジャケットの襟を重ね合わせる。
「さみぃ…なんか…急に冷えてきたな…」
ついこないだまで夏だったのに…。
繁華街を抜け、家々もだんだん少なくなって…
盛り上がった堤の上の川沿いの道に出ると、
そこには…
月光に照らされた、幻想的な…赤い赤い彼岸花群…が広がっていた。
思わず息をのむ。
「あ…そっか…こないだ来た時は冬だったから…」
呆然と、その赤の世界を眺めていると…
端の方に、一本だけ、白い彼岸花が、ユラユラと風に揺れて咲いているのに気付いた。
「白…?珍しいな…」
…俺はその白い花に近づいた。
風にすぐ倒されてしまいそうな、細いひょろっとした茎…その上に大きな頭でっかちの華。
それにもかかわらず…
白い彼岸花は、月光の下、物言わず凛と立っていた。
その姿を見て…
「…なんか、あいつみてぇ…。」とプッと笑った。
そばにしゃがみ、白い花に手を差し伸べる。
「馬鹿だなお前…ひとりぽっちで、こんな端っこで…皆に…迷惑かかると…思ってんのか…」
…ぽとり…と一滴、涙が落ちた。
俺は、不覚にも花をみて泣いてしまうなんて…
まるで思春期の子供みたい…で…恥ずかしく…
だが…溢れる涙を手で覆っても…口から嗚咽が漏れて…
「くっ…そっ…」と意地を張っても…止められなかった…。
(…なんで静ばっかり、辛い目にあうんだ…なんで俺は役に立てないんだ…)
(なんで…なんで…こんなに…あいつに笑ってて欲しいんだ…)
俺は焼けになって、携帯を取り出し中西に電話をかけた。
「中西っ、今すぐ、静っと会った川に、花火もってこいっ。」
「えっ!てっちゃん?…ちょ…」
中西が電話にでて何か言う前に、言いたい事を言ってブチっと一方的に切った。
俺は…白い花の横でうずくまって…川の水が流れる音と、虫の音と、風の音を聞いていた。
小一時間くらいしてから…ガシャガシャとビニール袋のすれる音と、ジャリジャリと砂を踏む足音が近づいてきた。
「お~い、てっちゃん~、どこに居るんだ~」
と大声で近づいてくる中西。懐中電灯の光がグルグルと川べりをてらす。
俺は立ちあがり
「ここだよっ!」と手を振った。
中西が駆け寄ってきた。
「も~なによ~、びっくりするでしょ~」
と、ビニール袋を手渡す。
「お~サンキュ」
俺は袋の中から花火を取りだす。
中西は、ちろりと、おれのそばの白い彼岸花を見た。
「なに~こんな秋に花火すんの?…スーパーにもう一個しか売ってなかったよ」
俺は、ビリビリと袋を破り、中の花火を取りだす。
「急にやりたくなったんだよ。ん」
と中西に手渡す。
「急にってさぁ~」
眉をひそめながら、ライターで火をつける。
パチパチと、花火が弾け、吹き出す炎は、青、黄、赤色と色を変える。
俺はワザと白い彼岸花の横で、花火を点けた。
白い花の花びらは、炎の色に染まって、青、黄、そして…赤になった。
「白って…綺麗だね…どんな色にも染まる…」中西がぼそっと言った。
「あぁ…。一番綺麗な色な」
(…そうさ、静だってこの先どんどん変わる…変われる大丈夫だ。)
「よし!飲みにいこうぜ」と俺は、中西の肩に手を回した。
「え~っ!なんだかなぁ…よしっ!飲むべ」
俺達は終わった花火をかき集め、ビニール袋につっこみ、それを持って、
肩を組んで繁華街へ向かってゆらゆら歩いて行った。