病院
俺は小雨の降る中、全速力で走り駅にたどり着いた。
丁度来た電車に飛び乗る。
「静もうとっくに大学に行っちまったかな…」ぜぇぜぇと息を、整える。
4駅程通り過ぎ、5つ目の駅はいつもと様子が違っていた。
人だかりができて…警察に取り押さえられ連行されていく男…「!!」
あれは…「あいつは!!」
俺は一気に青ざめ、閉まりかけた扉から、飛び出した!
救急隊員に担架に乗せられているのは…静だ!
「静っ!!」俺はあわくって傍に駆け付けた。
隊員の人が「お知り合いですか?病院へ搬送します…同行しますか?」と
急いで確認をとってきた。
「はい!行きます…」
俺は意識のない静に付添って救急車へ
静の顔には痣があり、唇からは血が滲み出ていた。噛まれたような跡…赤紫に変色して
腫れあがっている…
「いったい…何が…」俺はあまりの静のダメージに血のけが失せる。
「トイレで暴行を受けたようです…加害者の男性は逮捕されましたが…」
「くそっ…あいつ…こんな…酷いことを…」
(何だって俺は…寝坊なんかしたんだ…くそっ…静…すまねぇ…)
静はろっ骨が折れ、噛まれた後も酷く…大きなガーゼが何枚も使われ
顔も半分、湿布に覆われている。首筋は赤く、爪のあとが残っていた。
血色の悪い顔色…
俺は点滴を受ける静の横で静が目覚めるのをまった。
学生証から、家に連絡が行ったはずなのに…静の家族は誰も来ない。
夕方になり…ようやく静が目覚めた。
ぼぅっとした目を俺に向けた。
「静!気付いたか!…大丈夫か!?」
俺はナースコールを押した。かすれた弱弱しい声で
「…てつ…良かった…ぶじ…で…」と目を細めた。
「何言ってんだよ、俺は何ともないよ…それより身体…こんなになって…俺、ごめんっ…お前を一人にして…」
思わず、手を取ったら、静が痛そうに目を瞑ったので、「あっ、悪りぃ」と離した。
「だいじょうぶ。…あいつは?」
瞳が不安な色を浮かべて揺れる。
「警察につかまった。大丈夫だ、もう心配すんな。」
頭をなぜる。その手を痛々しい頬へ
「もう絶対こんなふざけた事はさせねぇ…俺が絶対守ってやる」
「うん…」閉じられた瞳に涙がにじんだ。
コンコンとノックの後、看護婦と、医者がきた。
静を診察している間、俺は少し外で待っていた。
部屋から出てきた看護婦に,
静の親と連絡がとれないんだけど…と相談された。
「あ…すみません、俺もあいつの家に行った事ないし…」
そこへカツカツと、病院に似つかわしくない服装の女性が近付いてきた。
「こちら、静さんの病室かしら?」
「あ、はい。楠木さんのご家族の方ですか?」
「…ええ、まぁ。で、治療費はお幾らですか?」と財布を出した。
「えっ…楠木さんは4日ほど入院された方が…」
看護婦が戸惑う。
「まぁ、入院?大げさですのね…では、請求金額はこちらに知らせてもらえます?」
と名刺を差し出す。
「あ、あの…楠木さんに合って…」と扉を開けようとすると
「けっこうです、私、静さんと何もお話しする事ありませんので」とくるっと背を向けた。
(…なんだ?こいつ…親じゃないのか???)
俺と看護婦は顔を見合わせた。
医者が出てきたので、看護婦は今の出来事を報告している。
「ふぅむ…困ったね…患者さんに聞いてみましょうか…」と部屋へ戻る。
「楠木さん、ご両親に連絡がつかなくて、今さっきこの方が来られたんだが…」と
名刺をさしだす。
「あ…この人は…父がお付き合いをされてる方で…あの、父は海外へ出張してます…母は…あの…おりません。」
と、申し訳なさそうに言う。
「そうか…では、実質君は家に一人なのか…ふむ…」
「先生、俺が世話するよ、着替えとか取ってくるし…」
静が遠慮して「そんな…てつ…」と割って入る。
「いいて、お前は寝てろ。な。」
「まぁ、この名刺の方に電話で聞いてみますから、君はよく休んで下さい」
お医者さんが優しく静に話す。
「そうそう、あなたはゆっくり休まなきゃ」
と看護婦さんも付け加える。
「じゃ、また後で来ますけど、君、面会時間は7時までね」と部屋を出て行った。
二人っきりになって…俺は静の枕元にある椅子にギシッと座った。