影
今日は朝からシトシトと雨が降っていた。秋の朝の雨ってやつはどうしてこう眠気をさそうのか…
俺は、枕を抱きかかえながら…眠い理由を寝ながら考えていた。
夏の疲れがとれてないんだな…
今年の夏は、友達と海へよく行った…
免許とりたての下手糞な運転で、あっちこっち行ったな…
高校の時は、夏っていや合宿だったもんな…
やっと、人並みの遊びをやった感じだ…
来年は静を海につれってって…
いや、その前に冬は、スキーか…あいつ、滑れないんだろな…
絶対…嫌がりそう…
くっくっ…と笑って……はっとして、ガバッと起きた!
急に現実に引き戻る。見慣れた部屋の見慣れた時計を反射的に見た。
「げっ!!もう8時20分…やべぇ…電車乗り遅れた!!」
俺は疾風のごとく着替え、顔を洗い、身づくろいもそこそこに家を飛び出した。
静に連絡しようにも、あいつは携帯を持ってない。
「くそ~」と猛ダッシュで駅へ向かう。
静は、哲也の3つ隣の駅から乗り込む。
哲也と学校へ行くようになってから、
いつも8時きっかりの電車の先頭車両に乗ると決まっている。
「あれ?いない…」
キョロキョロと後方の車両をみても、あの長身で癖っ毛の姿はない。
「寝坊でもしたのかな…?」
いつも朝早くに付き合わせていたのだから、雨の日くらいゆっくり来ると良い…
でも、なんとなくがっかりして静は降口の扉にもたれかかって立っていた。
電車に揺られ流れる景色をみて…
久々に一人の静かな通学…ちょっとさびしい。
いつも、先にてつが乗っているから、電車の扉が開くと
「よっ」と片手をあげて挨拶をしてくれる。
それだけで、静は幸せだった。
誰かが自分を待って、しかも自分の為に早起きをして、自分を心配してくれる…
てつは…本当に良い奴…と思う。
朝は苦手なのに、毎日この電車に乗ってくれた。
哲の陽気な話が面白い。どんな夢を見たとか、どんなテレビを見たとか…
話してるとアッと言う間に時間が過ぎて…
突然、黒い影に、静の思考は遮られた。
静が、ハッとして振り返る。
真っ黒いコートに身を包んだ浅黒い男が、静の真後ろに覆いかぶさるかのように立っていた。
静に鳥肌がたつ。「あっ」声にならないような悲鳴が口から洩れた。
ニヤリとあのいやらしい笑みをみせた男。
「今日は一人なの?番犬はいないんだ~?」
わざと耳に口を近づけて話す。
静は逃げようと後部車両を見た。
男が両腕を扉にさっと出して、静を腕の中に閉じ込める。
「逃げたら…あの子…殺しちゃうよ」
と、今度は静の耳に口をつけそうな距離で
恐ろしい事を言った。
「な…にを…」静がさぁっと青ざめる。
「だって…あの子…腹が立つよね…いつも邪魔して…邪魔だよねぇ…あいつさ…腹立つよね…」
ギリリと扉に立てた指から嫌な音がでる。
「ねぇ、邪魔な奴なんか死んじゃえばいいのに…ねぇ…そう思わない?」
早口でしゃべる男の言葉に…静は恐怖でひきつった。
「哲に何かしたら…許さない…っ」
青ざめながらとキッと睨みつけた。
(…本当に許さない!絶対に許さない…!)
男はまたニヤリと笑う。
「きみが、言う事きいてくれたら何もしないよ~ぉ」
なだめるような猫なで声でしかし、急に声音が低音に変わり
「言う事聞かないなら…殺す。メッタ刺しだよ…うふふ…」と笑う。
電車が止まり、ドアが開いた。
男は静の腕を咄嗟に掴み、引きずり降ろした。逃げようにも、あまりに強い力で抵抗できない。
ずるずると、目の前の駅のトイレへ引きずり込まれた。
急に視界が狭まり、静は状況のまずさから必死で逃れようとする。
すると「いいかげんにしろっ!!」と男が大声でどなった。
ビリビリと全身に電気が走ったみたいに身体が震えた。
男は静を壁際へ押し付け、狂人者の目で睨みつける。
「じっとしろよぉ~腹立つなぁ~」静の細い首を片手でつかむ。
「くっ…」苦しげに静が顔をゆがめるのをみて、男はゆっくり笑った。
「可愛いなぁ…君は天使…私だけの…」うっとりとしずの苦痛にゆがむ顔を見続ける。
(く…るしい…力が…はいらな…)
必死でもがくが、男はビクリともしない。もがく口に生温かい男の唇を押し付けられ…
気持ち悪くて顔を動かそうとするが頤を鷲掴みされて動けない。
硬く結んだ口から、耳へ、首筋へと蛭のような唇が這いまわる。
そこへ、通勤客が一人入って来た。トイレの奥での異様な光景に息をのむ。
「なっ…何をしてるんだ…だ、だれかっ!!」と騒ぎだした。
男は「ちっ」舌打ちをして「うるせえ!ぶっ殺すぞっ!」と怒鳴った。
通勤客は腰を抜かしかけ
「駅長!駅長を…いや警察を呼んでくれ~」と叫びながら出て行った。
情事を邪魔され、男は感情の制御ができなくなったかのように怒りだした。
「なめんなよ!!くそ野郎~ぶっ殺す!!あ~~っ、ムカつく~~」
その怒りは静へ向かう。
静の髪をつかみ、強引に仰向け、首筋にかみつく
あまりの痛さに身体がこわばる。
男はイライラをぶちまけるように静の腕や肩、皮膚を噛みちぎりそうな強さで噛みまくる。
抵抗しようとすれば容赦なく打たれた。
口の中が切れて鉄の味が広がる…
遠のく意識の中、警察が近づくのが見えた……。