ゼミ
俺たちはそのまま無言で電車にのっていた。
時々静が、申し訳なさそうな顔でちらちら見ているのが気になったが
俺はさっきの男にあまりに腹が立っていて、むすっと押し黙ったまま
奴が去って行った方向を見ていた。
去り際のニヤついた笑みが気になる。健常者にはない独特の暗い笑み…
…胸の内に徐々に広がる不安。
しばらくして電車が俺たちの大学のある駅についた。
「降りるぞ…」と静の腕を引っ張って立たせ、改札へ向かう。
静がいそいそと俺の後を付いてくる。
「てつ…てつってば、待ってよ…怒ってるの?…悪かったよ…」
なんて可愛く俺を見上げて謝るので…俺は不安な気持ちを隠して、
「ばか、なんでお前が謝るんだよ…あの変態野郎を許せねぇだけだ。」と言った。
「でも…わざわざ、早い電車に乗ってくれたんだろ?」
迷惑をかけたと静は思っているらしい。
「電車は…たまたまだよ。でも、明日からしばらくは一緒の電車のろうぜ。」
と、ぽんと静の頭に手をおいた。
静の顔から緊張が解ける。
「ありあとう…実は、今日けっこう……びびってた…かも…。」
へへっと、頬をかきながら静が言うので
(あたりまえだ…あいつは…少し異常だ。)と俺は思った。
「ま、俺に任せとけって。腕には自信があるからよ」
「空手…強いんだよね?なんで辞めちゃったの?」
「ん?ずっと空手漬けだったからな…新天地を求めるっつうか…ま、ちょっと一区切りつけたかったんだ。自主練はしてっから、そんななまってないぜ」
と、力こぶを作ってみせてやると
静は目を輝かせた。
「すごいや!…僕、ぜんぜん筋肉ないから、憧れるよ」
「…お前が筋肉ムキムキだったら…なんか、やだな。」
「なっ…悪かったな、どうせ日陰のもやしだよ。」
ぷいっとふくれる様がなんとも可愛らしく、笑っちまう。
「護身術くらいなら、教えてやるぜ…役にたつか解らんが」
「…頼むよ」と苦笑した。
大学には、学部掲示板という物がある。ここにそれぞれの学部の日程や行事、連絡事項が張り出される。ネットでも見れるようにはなったが、不精な先生なんかだと
ネットを使わず、ここにメモを張ったりするので、毎日確認した方が無難だ。
俺たちの学部掲示板に
「冬休み明け、3年次に進級するものは各々所属ゼミを決めて下さい」と張り紙があった。
「そういや、3年次から入るゼミもう決めた?」と、静が聞く。
「あ~、そういや、中西が一番簡単に単位くれるゼミは田沼ゼミだって言ってたな…」
「じゃ、てつは田沼ゼミにするの?」
「ん?う~ん…簡単に単位くれるっつうのは魅力だよな」と言うと静は胡散臭げな顔をした。
「もう…そんなんばっかじゃん。」
「まぁまぁ、お前はどうすんの?」
「僕は、伊藤先生のゼミにするつもりだよ」
「げ、…伊藤って…少人数ゼミで勉強ばっかだって聞いたぜ…」よくやるよと溜息がでる。
「うん…でも、伊藤先生って見識が広くて、凄く話が面白いんだ。」と
すっかり、伊藤シンパになっていた。
「へ~ま、頑張れ…」
と俺は人ごとのように応援した。
冬休みに入るまで俺達は同じ電車で登校した。
何度かあの嫌な男をみかけたが、俺が静に張り付いているので
近寄っては来なかった。
しだいに、緊張もうすれ…俺はある日油断した。