不安
静の不器用な告白から、俺たちは急激に仲良くなった。
俺は、静に付き合って、毎日くそまじめに授業に出るはめになったが、それでも、静と過ごすのは楽しかった。
静は相変わらず物静かだが、俺と二人の時はよく笑うようになった。
笑うと、色白の綺麗な顔に朱がさして、なんとも可愛い。
芸能人も顔負けの可愛さなんじゃないかと俺は思う。人当たりもだいぶ良くなった。
しかし、この可愛さは必ずしも静にとってはありがたいものではないらしい。
学食で、テレビを見ながらカレーを食べていると、静が何か言いたそうな顔をしていた。
「ん?どうした?」俺が何気なく聞くと
静は少し、言うか言うまいか思案して顔を赤らめた後、
「今日、電車で痴漢みたいなのにあったんだ」と小さな声で言った。
「ぶっ……!ま、まじか!?」ゆ、ゆるせん。俺の手のひらにぐっと力がはいる。
「うん、最初は気のせいかと思ってたんだけど、やたらくっついてきて」
静は、相当気持ち悪い思いをしたのか、話しながら険しい顔をする。
「それで、そいつに何か言ってやったのか?」一緒にいたらシメてやれたのに。
「ん、何か用ですか?って聞いたら、全然反対方向の駅の行き方聞かれてさ、俺、天ぱっちゃって、この電車降りて折り返せって説明してんのに、そいつ全然降りなくてさ、ずっと触ってくるし」
「馬鹿っ!!そんなん相手にするなよ」痴漢の常套手段じゃんかっ!!
「だって、相手なんかしたくなかったけど、どうしていいか」情けなそうな顔をする。
はぁ~っ、俺は深いため息を吐いた。
静に以前のような張りつめた空気が無くなったのは良かったが無くなったせいで、茨のようなバリアーまで消えちまったもんだから、中西くらいしか気付かなかった、静の可愛さを、万民の目にさらすことになった。その事に、今さらながら俺は危惧の念を抱いた。
「明日から、同じ電車に乗るか?」
「え、そんな、大丈夫だよ、女の子じゃあるまいし」
静は気まり悪げに、カレーをガツガツと口に運んだ。
正直、普通の女より遥かに可愛いんだこいつは。
しかも今日みたいに、淡い色のセーターなんかをダボッと着てると、完全に美少女にみえる。胸はないけど。
じっと、静のセーターの胸元を見ていたら
「なんだよ、そんな見るなよ」と上目づかいでふくれるもんだから、俺は苦笑した。
「わりぃ、それよか、お前、あんま変な奴と話すんなよ、危ないぜ」
と、説教がましく言うと
「ホテルに連れ込まれたのは、人生で一度だけだけどね」なんて言いやがる。
「うっ」
「冗談だよ、まぁ、気をつけるよ」とほほ笑んだ。
次の日
俺はいつもにまして早起きをした。もちろん静と一緒の電車に乗るためだ。
一応、静に気付かれないよう、帽子をかぶりメガネをかけてきた。(過去メガネかけててもばれてた)
静の乗り込む駅が近づく。俺は目をホームに向け、コンマ零秒も見逃さない勢いで通り過ぎる人の中から静を探した。
「いた!」今日は紺のコートを着ている。これまた良く似合って、異常な可愛さだ。
(あいつは本当に目立つ奴だな)3両隣の車両に静は乗った。俺はすぐ隣の車両へ進み様子を見ることにした。
次の駅に着くと、けっこうな人が降りた。静は目の前の席が空いたので、座って、すぐ鞄の中から小難しそうな本を取り出し、読み始めた。
車両が進みしばらくして、次の駅に着く。
静が不安げに顔をあげた。
目線が一人の男に注がれる。全身黒ずくめの長身の男。
すぐ、視線を外し、本に集中しようとしているが、あきらかに様子がおかしい。
「あいつか」俺は今にもそいつに殴りかかりたい気持ちを抑え人影に潜んでいた。
黒ずくめの男は、静を見つけるとニヤリといやらしく笑った。
座っている静に近づく。
静は顔を伏せたまま固まっている。
男は無言で静の真ん前に立った。そのまま電車が動く
「っち、変態め」なかなか動かない男に、こちらも文句を言う訳にいかずじれる。
男に目の前に立たれた静は、居心地悪そうに座っている。
だが、じょじょに顔が赤くなって、眉毛がぴくぴくと動き何かを我慢してるみたいに見えた。
俺は、人をかきわけ、ぐいっと首をのばした。
「あっ!!」(あのやろ~!!)
黒ずくめの男は、長い黒のコートで隠れた自分の左足を、静の両足の間にいれグイグイ押しつけていた。
俺は頭に血が登り、ずんずん進み、そいつの肩をぐいっとつかんだ。
「おっさん、悪いけど場所変わってくれる?これ、俺の連れなの」
思いっきり、ガンをつけた顔で睨んでやった。
静がぱっと顔をあげ「てつ」とホッとした顔をした。
黒ずくめの男は「ほぅ」と呟き、またあの気色の悪い笑みを浮かべ奥の車両へと去って行った。
静が立ちあがろうとするので
「いいよ、座ってろ」と座席に押し込め俺は荷物置き場の金棒につかまり
アーチみたいな体勢をとった。
俺の身長は179だ。あいつ、俺よりでかかった。その事が妙に気にかかる。
静は160くらいだから、あんなのに力ずくで抑え込まれたら刃向えねぇ。
(ストーカーなんて事にならないよな)
俺はなんだか凄く不安で心がチリチリと痛んだ。