小さな灯
俺と静は誰もいない教室で、随分抱き合っていた。
俺は、苦悩する静を抱きしめ「もう、いい」と同じ言葉を何度も口にした。
真っ黒で柔らかく綺麗な髪をなでながら俺は俺の中の感情に戸惑い、だが切に願っていた。
こいつの苦しみを、取り除きたい
取り除けなくても……せめて分かち合いたい
たった、2,3度しか喋った事のない相手にこんな感情を抱くなんて自分でもびっくりだ。
でも惹かれるってそういう事なんだろう、時間じゃない。
力になりたい、助けたい、護りたい、幸せになって欲しい、痛い思いだけして生きないで欲しい、いろんな想いが俺の中で渦巻く。
「ごめん…」小さく静がうめいた。
「こんな事、言われても…困るよな…でも、君…ちゃんと話さないと納得しなさそうだったから…」
「納得って、なんだよ?」
自然と静をつかむ指に力が入る。
「話きいたら、それで満足して、もう近づかないと思ったのかよ?ふざけんな」
俺は悲しくなって声を荒げた。
静は困ったように少しうつむいた。
「今まで…皆そうだったし…言わなくても、皆知ってた。君は何も知らないから…でも…いつか噂で耳に入るくらいなら…直接言いたかったんだ…」
と、言って離れようとしたので
俺はぎゅむっと思いっきり静の顔を自分の胸に抱き込んだ。
「馬鹿だ!!皆同じなんて思うな!!お前がそうやって壁作っちまったら、本当に誰もお前に近づけない、俺は嫌だぜ、お前が一人で生きてくなんて、一人で苦しみもがいて生きていく事が罪滅ぼしなんて思うなよ、機械みたいに生きて死んでいこうなんて思うな……天国にいるユイにあった時、何にも面白い話してやれねぇじゃねぇか」
腕の中の静がピクリと動く
「楽しい思いいっぱいして、面白い思いいっぱいして……それをかかえてユイの所へ行けよ」
「そんな事……僕に楽しむ権利なんか…ないっ…」
「ちがうだろ、お前が惚れた奴は、そんなうらみがましい奴なのかよ?気が強い優しい奴だったんだろ?だったら絶対、天国でお前を心配してる、何やってんだ、馬鹿しず、しっかりしろって……俺ならイライラして見てられねぇっ」
「……」
「好きな奴を何年も苦しめてるなんて、ユイだって辛いぜ」
静の見開き固まった瞳に涙があふれる。
「普通、好きな奴には幸せになって欲しいだろ?ユイだって同じさ、お前がユイの幸せを想うように、ユイだって想ってるさ」
「…しあわせ…?」
静の暗い心に仄かな火がともった。
そうだろうか…本当に…
ユイは…僕を…許してくれるのだろうか…
あの優しいユイならば…
天国で、心配していてくれるかもしれない…
僕は…取り残された思いで…
閉じこもるばかりだったけれど…
「僕は…なにを泣いているんだろう…ずっと自分がみじめで泣いてたんだ…自分のために泣いてたんだ…ユイを想う事で、自分が可愛そうで…なんて…愚かなんだろう……こんなんじゃ、ユイは怒るだけだ…君の言う通りだ。考える事を辞めてたんだ…自分で壁を作って…閉じこもって…」
静の瞳からは絶えず涙があふれていたが、勢いよく腕をその涙に押しあて無造作にふきとった。
もう、大丈夫と静は俺からはなれ、窓辺に近づいた。
窓の外には、大きな紅葉の木があって
真っ赤な葉っぱがひらりひらりと舞っていた。