昼休みの絶叫
【注意】
本作には強いグロテスク描写・ボディホラー・暴力描写が含まれています。
苦手な方や気分が悪くなりやすい方は、読むのを控えてください。
昼休みの教室は、いつものように退屈で騒がしかった。
突然、窓際の席に座っていた佐藤が、低いうめき声を上げた。
最初は誰も本気で気にしなかった。「また目立ちたがってるだけだろ」と笑う声があちこちから上がる。
一方で、心配そうに駆け寄る女子も二人ほどいた。
佐藤は額に汗を浮かべ、震える声で言った。
「……背中が、痛い。
誰か、見てくれ……」
俺は一番近くにいたので、近づいた。
「どうした?」
彼は答えず、ゆっくりとブレザーを脱ぎ、シャツのボタンを外し始めた。
制服を肩までずり下げた瞬間、教室の空気が一変した。
背中に、小さな赤いコブがあった。
親指の先ほどの、ぷっくりと腫れたものだ。
誰かが「でっかいニキビじゃん」と小さく笑った。
だが、次の瞬間——
そのコブが、明らかに脈打った。
コブはみるみるうちに大きくなっていった。
皮膚が引きつれ、内側から何かが押し上げているように膨張する。
十秒もしないうちに、握り拳大を超えた。
佐藤の顔は真っ青だった。唇がガクガクと震えている。
「う……うああ……っ」
そして、限界が来た。
「うああああああああああっ!!!」
凄まじい絶叫とともに、コブの表面にぱっくりと縦の裂け目が入った。
その瞬間、教室が凍りついた。
裂け目から濡れた黒い膜が覗き、勢いよく広がった。
――翅だった。
深紅と漆黒が混じり合った、異様な模様の巨大な蝶の翅。
まだ粘液にまみれ、蛍光灯の光を妖しく反射している。
その蝶は、佐藤の背中からゆっくりと這い出していた。
背中の皮膚は大きく裂け、赤い筋肉と白い骨が露わになっていた。
佐藤の体はもはや人間の形を保っていなかった。胸から腹にかけて皮膚がめくれ上がり、内臓がわずかに覗いている。
彼の目は虚ろに天井を向いたまま、ぴくりとも動かなくなった。
教室は一瞬で地獄と化した。
蝶は巨大な翅を一閃させ、近くにいた女子生徒の顔面に張り付いた。
鋭い口吻が頰を突き破る。短い悲鳴が、すぐに湿った音に変わった。
蝶は彼女の顔から脳みそを貪るように吸い始めた。
悲鳴が上がり、机が倒れ、足音が乱れる。
血が噴水のように噴き出し、床を赤く染めていった。
俺は後ろの壁に背中を押し付け、息を殺して見つめていた。
……おかしい。
襲われているのは大半の生徒だった。
しかし、襲われていない生徒が何人かいる。
前田は席に座ったまま、じっと蝶を見つめている。恐怖の色がない。
山本も、悲鳴を上げているふりをしながら、目だけが妙に冷静だった。
鈴木は薄く笑っているようにさえ見えた。
襲われていない数人の間で、小さな安堵の吐息が漏れた。
「よかった……俺、襲われなくて……」
「私も……助かったかも……」
だが、次の瞬間——
「っ……あ……!?」
山本が突然背中を反らし、うめいた。
彼女は慌ててブレザーを脱ぎ捨て、シャツの裾を勢いよくめくり上げた。
背中に、赤く腫れたコブがあった。
すでに握り拳大に膨らみ、脈打っている。
「え……なにこれ……!?」
前田も、山本も、鈴木も、次々とシャツを脱ぎ始めた。
全員の背中に、同じコブがあった。
安堵していた生徒たちの顔が、次々と恐怖に塗りつぶされていく。
「うそ……俺も……?」
「なんで……なんで私も……!?」
山本の背中のコブが激しく脈動した。
ぱっくりと縦の裂け目が入り、濡れた黒い膜が覗く。
次の瞬間、鮮やかな深紅と漆黒の翅が勢いよく広がった。
前田の背中からも、鈴木の背中からも、次々と新たな蝶が孵化していく。
教室中に、肉が裂ける音と、濡れた翅が広がる音が響き渡った。
すでに寄生されていた生徒たちは、蝶が完全に羽化すると同時に、まるで糸が切れたように崩れ落ちた。
山本も、前田も、鈴木も、背中を大きく抉られたまま床に倒れ、動かなくなった。
彼らの目は開いたまま、一切の光を失っていた。
蝶が出てきた時点で、彼らはもう生きていなかった。
俺は自分の背中に手を当てた。
熱い。疼く。
指先で触れた部分に、小さな硬い膨らみがあった。
背中に鋭い痛みが走り、膝がガクンと折れた。
「……ぐっ……あ……!」
視界が揺れる。皮膚の下で何かが蠢いている。
教室のドアが開き、担任の教師が顔を出した瞬間、一匹の蝶が高速で飛んで彼の顔面に張り付いた。
教師は短い悲鳴を上げ、廊下に倒れ込んだ。
まだ人間の姿を保っていた数人の生徒たちが出口に向かって殺到したが、すでに蝶たちで埋め尽くされていた。
俺は這うように窓際へ向かった。
窓を開けようとするが、手が震えて鍵に届かない。
背中の痛みが波のように押し寄せる。
コブが強く、熱く脈打った。
皮膚が引きつれ、ゆっくりと裂け始めているのが分かった。
「……いや……まだ……」
喉から、かすれた声が漏れた。
教室は血と粘液と、甘く腐ったような匂いで満ちていた。
巨大な蝶たちが、ゆっくりと翅を広げながら、次なる餌を探している。
俺の背中の皮膚が、ぴりぴりと音を立てて裂けていく。
何か大きなものが、内側から這い出そうとしていた。




