なんでもほしがる妹に私の人生をあげてみた
「またお姉さまだけ新しいドレスを買ってもらったの?」
「またって……」
「お姉さまばっかりずるい。ベティだってほしいのに!」
舞踏会のまえにドレスに着替えていたらベティがやってきて私にそう言った。
今夜のドレスは深い青色ではやりの肩を露出させたデザインだ。婚約者のクライドが私のために贈ってくれたもの。
だから、いつもみたいに奪われたくはなかったけれど――。
ベティは無遠慮に私のドレスのスカートをつまむ。
「いいなぁ、この色。素敵ね。ベティもこういうの着たいなぁ」
「あなたにはこのまえあげたものがあるでしょう?」
「あんなものもう流行遅れよ。ねえお姉さま、今夜だけ私が着ちゃだめ? すぐに返すわ。お願い!」
「だめよ。これはクライドがくれたのだから、着ていかなかったら彼に悪いわ」
「いいじゃない。たった一晩よ?」
「これだけはだめなの」
「どうしてそんな意地悪するの? あ、わかった。お姉さまはベティに嫉妬してるんだ。自分だけおばあさんみたいな髪だからって!」
ベティをはじめ、私の家族はみんな見事な金髪をしている。
でもなぜか私だけ生まれつき灰色だった。それも中途半端にまだら模様になっている、あまりきれいではない灰色だ。
この髪は私のコンプレックスだ。言ってほしくないことを言われて、「そんなこと……」と私は目を伏せる。
そのとき「なにを騒いでいるの?」とお母さまが顔を覗かせた。
援軍がきたとばかりにベティは「お母さま、聞いてよ。お姉さまが意地悪するの!」とお母さまにいままでのやりとりを聞かせる。もちろん、ベティが被害者になるように脚色して。
「アンジェラ……」とお母さまは私をにらみつけた。
「どうしてベティをいじめるの。あなたは姉でしょう? 妹には優しくしなさい」
「だってお母さま、これはクライドが私にくれたもので……」
「たった一晩だけと言っているではないですか。わがままを言うんじゃありません!」
「でも……!」
私は抵抗したけれど、「妹をいじめるような子はディズリー家にはいらないのですよ」と脅されて黙るしかなかった。
「ベティにドレスを貸してあげなさい。いいわね?」
「……はい」
私は着たばかりのドレスを侍女に脱がしてもらう。
ドレスを受けとるとき、ベティはたしかににやりと笑った――。
昔からそうだ。ベティは私のものをなんでもほしがる。
お気に入りのドレスも、誕生石のネックレスも、亡くなったおばあさまが形見分けにくれた指輪も。私が大切にしていたものはすべてベティに奪われてしまう。
おばあさまが亡くなってしまってからこの家に私の味方はいない。
お母さまもお父さまも私のことがきらいだ。たぶん、この髪のせい。
ふたりに愛してもらおうと思って明るくふるまったこともあったけれど、「なにをにやにやしている? 気持ち悪い」とお父さまに言われてからはやめていた。
婚約者のクライドと結婚してこの家をでるときだけが私の希望だった。
両親と妹と離れて、愛するひとと暮らせるようになるときだけが。
+++
「……アンジェラ。どうしてきみにあげたドレスをベティが着ているの?」
「ごめんなさい。彼女が着たがったから」
舞踏会で顔を合わせるなりクライドがそうささやいてきた。
「着たがったって……」と彼は絶句する。
「そんなのおかしいだろう。僕はきみにあげたんだ。あのドレスをきみが着たところを見るのを楽しみにしていたのに」
「……ごめんなさい」
「いくら妹といってもほかの女性に着せるなんて、きみの僕への想いはその程度なの?」
「そんなんじゃ――」
「ごめん。急用を思いだした。今夜はこれで」
「クライド、待って……」
私の制止も聞かずにクライドは扉のほうへ歩いていってしまう。
いまの私にはクライドしかいない。なのに彼を傷つけてしまった。追いかけようとしたけど、「お姉さま、どうしたの?」とやってきたベティに腕を取られる。
「こんな隅っこじゃなくて真ん中に行きましょうよ。ほら!」
「私は……」
私が仕方なく着ているドレスは数年もまえの流行のものだ。ただでさえこの髪のせいで私は悪目立ちするのに。
恥ずかしくて消えてしまいたいくらいだけどベティは上機嫌だった。有名な貴族の息子にダンスの相手を申しこまれ、彼女は私を置き去りにしてホールの真ん中へと移動する。
もうクライドを追いかけても間に合わない。
私は一晩中、だれかに誘われることもなく壁際に佇んでいた。
けれど、ほんとうの悲劇はこのあとに待ちうけていた。
「ごめんなさい、お姉さま。階段の手すりにひっかけちゃって……それで……」
数日後。私の部屋にやってくるとベティがおずおずとドレスを差しだしてきた。
ドレスはスカートの部分がざっくりと裂けていた。美しい生地もレースも、無残に。
「……え……」
頭を殴られたような衝撃が襲う。
せっかくのクライドがくれたドレスが。こんな、こんなことに――。
「ほんとうにごめんなさい。なかなか言いだせなくて。わざとじゃないの、ねえゆるして?」
「…………」
ベティは涙でにじんだ眼で私を見つめてくる。私はなにも言葉を発することができなかった。
「ゆるしてくれるわよね、お姉さま。だってお姉さまは優しいもの。たかだかドレス一枚でベティのこと怒らないわよね?」
……たかだか? バカを言わないで。
これは、私の婚約者がくれた、世界でたった一枚しかない――
「そうだ、クライドさまには私がかわりに謝りにいくわ。それでいいわよね?」
「え……?」
「だってベティのせいだもの。そもそもお姉さまがベティにドレスを貸したことが悪いんだけど、ドレスを破いてしまったのはベティの責任だから。お姉さまのかわりにちゃんと謝ってきてあげるわ」
「なっ……」
――私が貸したことが悪い? 私のかわりに謝る? それ、どういう意味?
「それに」とベティは自分がだした結論に誇らしそうにしたあとで言う。
「クライドさまって素敵よね。金髪に宝石みたいな緑色の瞳。……おばあさんみたいなお姉さまより、私のほうがふさわしいと思わない?」
+++
この夜、私は魔女と呼ばれる女のもとを訪れた。
+++
翌日――
ベティが庭にでると姉のアンジェラがベンチに腰かけてなにかを眺めていた。
「お姉さま、それはなあに?」とベティは彼女に近寄る。
それはガラスの小瓶だった。中には無色透明のとろりとした液体が入っている。
アンジェラはあわてて手の中に隠す。
「なんでもないの。あなたには関係ないわ」
「えー、もっとよく見せて!」
ベティは強引に姉の手からそれを取りあげた。
無色透明だけど、日に当てると虹色に輝く。コルクのふたを開けてみるとはちみつのような匂いがした。
「これ、なあに? お薬?」
「…………」
「教えてよお姉さま」
「……よ」と姉はつぶやいた。
「え? なあに?」
「だから……肌がきれいになるお薬よ。クライドが特別にくれたの。まだ試作段階らしいんだけど」
「へぇ」
肌がきれいになる、よりも姉の婚約者であるクライドがくれたということのほうにベティは惹かれた。
美形で気品がある姉の婚約者。どうして彼と結婚するのが私じゃないのだろう? 姉より私のほうがかわいいし、姉みたいにみすぼらしい髪もしてないのに。
いつもそう思っていることを思いだし、急にこの薬がほしくなる。
「いいなぁ、ベティもほしいなぁ……」
「だめよ。そんなに数がないのだから」
「ねえ、これベティがもらっていい? いいわよね?」
「だめって言ってるじゃない!」
アンジェラは腰を浮かせる。ベティは涙目で彼女を見返した。
「お姉さま……ベティのこときらいなの?」
「いまはそんな話……」
「いいの、わかってるの。だってお姉さまだけそんな髪なんだもん。私だったら生きてけない。ベティがうらやましいんでしょう? だからこの薬もくれないんでしょう?」
「…………」
アンジェラは疲れたように溜め息をついた。そして、「いいわよ」と投げやりに答える。
「あなたの好きにして」
ベティはにこりと笑う。
「ありがとう、お姉さま」と言って小瓶に口をつけた。
+++
「大丈夫、おばあさまはわかってますよ。あなたはとてもやさしい子だってね」
――これは……?
いきなり場所が変わってベティはきょとんとする。
辺りを見回すと、ここはかつて屋敷で暮らしていた祖母の部屋だった。そして自分はベッドサイドに置かれたイスに座り、しわだらけの祖母の手をにぎっていた。
「お、おばあさま?」
「ええ、おばあさまですよ」
びっくりしてベティは手を離す。
祖母にいい記憶はない。だって彼女は厳しかった。ベティが姉のものをほしがるところを見ると怖い声でそんなことしてはいけないと怒鳴るのだ。
ベティは優しいお母さまが好き。怖いおばあさまなんていらない。
だから、彼女が病気で寝ついてからもろくにお見舞いにはいかなかったのに――
「どうしたの、アンジェラ」と祖母はなぜか姉の名前を呼ぶ。
「ベティはお姉さまじゃ……」と言ってからベティは気がついた。視界にちらちら入る髪が灰色のまだら模様になっていることに。
ひっと小さく悲鳴をあげる。
「や――やだ。なにこの髪……!」
「アンジェラ? どうしたのですか、アンジェラ?」
「やだぁあっ!」
ベティは祖母の部屋を飛びだして自分の部屋に逃げこむ。
ドレッサーの鏡に映っているのはまだ幼いときの姉だった。汚らしい髪の毛はいまと変わらない。
「なにこれ……?」
やがてベティは状況を理解した。
どうやら自分は小さい頃の姉のなかに入ってしまったらしい。ということは……
「お姉さま、はやくもどして!」
屋敷中を探しまわり、リビングルームで紅茶を飲んでいる自分の姿をした姉をやっと見つけた。
彼女はきょとんとする。
「お姉さま、どうなさったの?」
「は? あなたがお姉さまでしょ!?」
「……? ベティ、なに言ってるのかよくわからない……」
ベティは彼女につめよったが、どうやら彼女の中身は幼い頃のベティそのままのようだった。中身が入れかわったわけではないらしい。
――なんなの、この夢。どうしてよりにもよってお姉さまなの?
でも夢ならすぐ覚めるだろう。ベティは思い、そのときを待つことにして……
…………
なぜか一日経っても二日経っても夢は覚めなかった。
姉の惨めな人生。ベティはそれを追体験する。
姉にだけは優しかった祖母からもらった、形見分けの指輪。それは妹に取られてしまった。幼い頃のベティ自身に。
友人が旅行のお土産でくれたきれいなリボン。それも妹に取られてしまった。せめて大切に使ってくれればまだ救われるのに、妹はそれをすぐになくしてしまった。後日、庭の片隅でぐちゃぐちゃになった状態で見つかった。
社交界デビューにあわせてあつらえたドレスも妹にすぐ取られてしまった。素敵だよ、とクライドが褒めてくれた特別なドレスだ。これもベティはすぐに飽きてしまい、お人形さんのドレスにするの、と無残にハサミを入れた。
――こんなこと、ベティはしてない!
姉の目を通して見る自分は残酷な少女だった。
――ちがう、こんなのお姉さまが意地悪だからこう見えるだけ! そう否定しても"妹"は自分の大切にしているものをすべて残酷に奪っていく。
ベティは一日の大半を泣いてすごした。そうして、思う。
――いまの私にはクライドがいる。
「アンジェラ、急にどうしたの?」
「迷惑だったかしら」
「そんなことないよ。今日はいい天気だから中庭にでもいこうか」
ベティはクライドの屋敷を訪れた。クライドはこんな髪でも気にしない。姉のことを心から大切にしているようだ。
だから、いらつく。
だから、姉から奪ってやりたいと思う。
でもいまの"姉"は自分だ。クライドの婚約者はベティ自身。姉から奪う必要はなく、初めから手に入れている。
――彼は、私のもの。
クライドと中庭にでたベティは彼にしなだれかかった。どうしたの、と聞かれる。
「なんでもないの。このままでいさせて」
「……どうしたの」
「いいの、あなたは気にしないで――」
「なんだかアンジェラじゃないみたいだ。……いったい、どうしたの」
はっとしてベティは彼の顔を見る。クライドの視線は猜疑心に満ちていた。
「今日だけじゃない。まえからだ。はじめはきみのおばあさまが亡くなったからそれでかと思ってたけど……でもちがうよね。きみはアンジェラじゃない」
「な、なに言って」
「離れてくれ。本物のアンジェラはどこだ? 彼女をいったいどこに隠した!」
――どうして? どうして私を拒絶するの?
私のほうがお姉さまより魅力的なのに。どうして? どうして?
クライドはいつもそうだ。ベティが誘いをかけても乗ってこない。あげくの果てに、あんな手紙!
『きみがアンジェラのドレスを"もらった"ことについて僕は大変憤っている。あれは彼女のためだけに作らせたものだ。
あれを着るべきなのは彼女であって、きみじゃない』
だからベティはドレスをハサミでずたずたにしたのだ。
姉のためだけのもの。そんなもの、この世になくていい!
「うっ……」
奪えない存在。絶対に、自分のものにはならない存在。
それを目のまえにしたベティは歯ぎしりして――
「うわぁあああああっ!!!!」
獣のように咆哮したとき、夢が突然終わった。
+++
「……ベティ、ベティ。お母さまがわかりますか?」
「う……」
お母さまが心配そうに呼びかけるとベッドで寝ていたベティはまぶたを開けた。
彼女は「私……ベティなの……?」とうわごとのようにつぶやく。
「ええ、そうですよ。今更なんですか。アンジェラからあなたが中庭で倒れたって聞いたときは驚きましたけど、気分は? どうですか?」
「……ベティは寝てたの?」
「ほんの一時間ですけどね。お医者さまは心配ないっておっしゃってましたけど、もう一度診てもらいましょうか?」
「……うん」
お母さまは医者を呼ぶためにベティの部屋をでていく。
「なんだか夢を見ていたみたいね」と私はお母さまといれかわりにイスに腰かけた。
びくっとベティは顔をひきつらせる。
「あ……あの、お姉さま……?」
「なあに?」
「ベティ……いままで、ひどいこと……」
私はにっこり微笑む。「謝らなくていいわ。あなたの気持ちはもう、形で示してもらったもの」
「――え?」
魔女にもらい、ベティが自分から飲むよう仕向けた薬。
それは飲んだ人間に薬を渡した人間の人生を追体験させるもの……
でもそれだけではない。副作用でそのふたりの間でなにかが入れかわってしまうことがあると魔女は言っていた。対象者以外は入れかわっても認識できないそうだが。
たとえば目の色とか。
たとえば声とか。
たとえば、――
ベティは目を見開く。私の豊かな金髪が信じられないというふうに。
私はベティの灰色の髪を指ですくって微笑んだ。
「――私のもの、ほしかったんでしょう? あげるわ」




