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第9話 雪が降る夜

その夜、町は静かすぎた。

風はあるのに音がなく、川は流れているのにざわめきがない。

街灯の白い光だけが、冷たい輪郭をつくっていた。

雪乃は自分の部屋の窓辺に立っていた。

ココアのカップはもう冷めている。

胸の奥の小さな灯は、消えずに揺れていた。

弱くも強くもない、ただ確かな光。

遠くで——灯台のサイレンが、もう一度鳴った。

低く、長く、冬の空気を震わせる音。

その瞬間だった。

灰色の空が、ほんの一度だけひび割れたように見えた。

雪乃は息を止める。

そして——

一粒。

白く、軽く、静かなものが、窓の向こうに落ちた。

雪だった。

次の瞬間、もう一粒。

さらにもう一粒。

やがて、空は雪で満たされた。

町に、初めての本物の雪が降った。

雪乃は窓を開ける。

冷気が一気に流れ込む。

白い粒が、彼女の手のひらに落ちた。

溶けない。

ほんの一瞬だけ、淡くきらめき——そして消えた。

胸の奥の灯が、強く脈打つ。

「……来た」

雪乃はコートを掴み、階段を駆け下りた。

外へ出ると、町は別世界だった。

アスファルトも鉄橋も川も、すべてが白に包まれている。

街灯の下で雪がきらめき、まるで星が地上に降りたようだった。

川沿いに、有馬が立っていた。

彼は雪を見上げている。

その横顔はどこか遠く、そして少しだけ哀しそうだった。

「来たね」

雪乃はうなずく。

「これが……本物の冬?」

有馬は静かに首を振った。

「始まりだよ。終わりでもある」

そのとき、雪の向こうから足音が近づいた。

黒いコートの人物——第8話で川の向こう岸に立っていた人だ。

フードを下ろす。

現れたのは、雪乃たちより少し年上の青年だった。

目は冷たく澄み、表情は硬いが、どこか痛みを抱えている。

「君が、拾った子だね」

青年は雪乃をまっすぐ見た。

雪乃は一瞬だけ迷い、しかし逃げなかった。

「……あなたは誰?」

青年は少しだけ目を伏せる。

「名乗る資格は、まだない。だけど——止める役目はある」

雪が強くなる。

風が渦を巻き、川面が白く揺れる。

青年は手をかざした。

空から降る雪が、一瞬だけ逆流したように見えた。

有馬が一歩前に出る。

「やめろ。これはもう、誰か一人のものじゃない」

青年は静かに笑った。

「だからこそ、止めるんだ」

雪乃は胸の灯を感じながら、二人の間に立った。

雪はやまない。

世界は白に染まる。

そして彼女は——はっきりと言った。

「私は、止めない」

一瞬、青年の瞳が揺れた。

遠くで灯台が三度目のサイレンを鳴らす。

雪は、さらに深く降り続けた。

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