第7話 ガラス工房の秘密
川沿いから少し離れた路地の奥に、誰も気に留めない小さな工房があった。
看板はかすれて読めない。
窓ガラスは曇り、扉の金具は錆びつき、冬の冷気にじっと耐えているように見える。
だが雪乃は、迷わずその前に立っていた。
「ここ……なの?」
隣に立つ栗色の髪の少年——**有馬**は、短く頷く。
「ここで、あの“光る雪”は生まれたらしい」
風が、ひゅっと隙間を抜けた。
ガラスがかすかに鳴る音がした。
雪乃は白いマフラーを握りしめ、重い扉に手をかける。
きい、と音を立てて扉が開いた。
中は、想像していたよりも明るかった。
無数のガラス片が天井から吊るされ、淡い光を反射して揺れている。
床には粉のようなガラスが薄く積もり、踏むたびに小さくきらめいた。
中央には大きな炉。
冷えてはいるが、まだわずかに温もりが残っている。
「……生きてるみたい」
雪乃は思わずつぶやいた。
工房の奥から、杖をついた老人がゆっくりと姿を現した。
背は低く、背中は丸い。
だがその目だけは驚くほど澄んでいた。
「おまえさんが、あの雪を拾った子か」
声はかすれているが、芯があった。
雪乃は静かにうなずく。
老人は炉のそばまで歩き、灰の中から小さなガラス瓶を取り出した。
中には、淡く光る粒が一つだけ入っている。
第1話で雪乃が触れたものと——同じ色。
「これはな、ただのガラスじゃない」
老人は瓶を持ち上げ、光に透かす。
「冬の記憶を閉じ込めた“欠片”だ。失われた願いの、最後の残響でもある」
有馬が小さく息を呑んだ。
「失われた……願い?」
老人は静かにうなずく。
「昔、この町には雪が降っていた。人の心がまだ柔らかかった頃だ。だが、ある冬を境に、雪は来なくなった」
雪乃の胸が、きゅっと締め付けられた。
「誰かが、願うのをやめたんですか」
老人は、わずかに目を細めた。
「違う。願いすぎたんだ」
炉の奥で、何かがかすかに光った。
雪乃は一歩近づく。
そこには——割れたガラスの人形が横たわっていた。
子どもの形をしているが、顔は半分欠けている。
冷たいはずなのに、どこかあたたかい。
「この子が……雪を止めた?」
老人は首を横に振った。
「止めたのではない。守ろうとしたんだ。町を、誰かを、そして“きらめき”そのものを」
風が強く吹き抜け、吊るされたガラスが一斉に鳴った。
まるで合唱のようだった。
その瞬間——
雪乃の手の中に、光る粒がふわりと現れた。
今度は消えない。
柔らかく、静かに、確かに輝いている。
老人は深く息を吐いた。
「やはりおまえさんは、受け取る側の人間だ」
有馬が雪乃を見る。
その視線は驚きでも、羨望でもなく——静かな確信だった。
「雪乃。君はたぶん……」
その言葉を、雪乃が遮った。
「まだ、最後まで聞きたくない」
彼女は光る粒を胸に抱くように握りしめる。
「でも、知りたい。全部」
ガラスの人形が、かすかに震えた気がした。
外では風が唸り、川がざわめく。
冬はまだ、終わっていない。
——そしてこの工房は、始まりにすぎなかった。




