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第10話 過去との対話

雪は、夜明け前にやんでいた。

町は白く静まり返り、川だけが低く流れている。

雪乃は眠れないまま、窓辺に座っていた。

冷えたカップ。

白いマフラー。

胸の奥の灯。

その灯は、昨夜よりも確かに強くなっている。

外へ出ると、踏み固められていない雪がきしんだ。

空は淡い群青色で、冬の匂いが濃い。

川沿いに、有馬が待っていた。

「眠れた?」

雪乃は首を横に振る。

有馬は何も言わず、歩き出した。

二人の足跡だけが、新しい雪に刻まれていく。

向かった先は——あのガラス工房だった。

扉は昨夜よりも少しだけ開いている。

まるで、招くように。

中へ入ると、天井のガラス片がかすかに揺れていた。

炉の温度は冷え切っているのに、空気だけが温かい。

奥の台の上に、割れたガラスの子どもが置かれていた。

昨夜よりも、わずかに輝いている。

雪乃は無意識に手を伸ばした。

指先が触れた瞬間——

視界が白に染まった。

次の瞬間、彼女は別の場所に立っていた。

古い冬。

まだ雪が降っていた頃の町。

川は今よりも広く、鉄橋は新しく、街灯は暖色だった。

雪乃の前に、一人の少女が立っている。

ガラスのように透き通った目をした、静かな子。

その横に——若い老人がいた。

第7話で出会った工房の主と同じ人だ。

「お願いがあるの」

少女は小さく言った。

「この町のきらめきを、守りたい。でも私は弱いの」

老人は黙ってうなずく。

少女は胸に手を当て、雪を見上げた。

「誰かが悲しむたびに、雪は冷たくなる。誰かが諦めるたびに、きらめきが消える。だから——」

風が吹く。

雪が舞う。

少女の体が、ゆっくりと光に変わっていく。

「私は、器になる」

その言葉と同時に、世界が震えた。

次の瞬間、視界は元に戻る。

雪乃は工房の床に膝をついていた。

有馬がそっと支える。

「見たんだね」

雪乃はうなずく。息が少し荒い。

「あの子が……雪を止めたんじゃない。雪そのものになろうとした」

工房の主が奥から現れた。

昨夜よりも、少しだけ老いて見える。

「あの子は、町を救おうとした。だが救おうとしすぎた」

老人は割れたガラスの子どもに目を落とす。

「願いは重すぎると、世界を縛る」

雪乃は胸の灯に手を当てた。

「じゃあ私は……何をすればいいんですか」

老人は、静かに首を横に振る。

「答えは渡せない。選ぶのはおまえさんだ」

そのとき、工房の扉が開いた。

雪が逆光に白く輝く。

そこに立っていたのは、昨夜の青年だった。

彼は深く息を吸い、静かに言う。

「彼女は——止めることも、続けることもできる」

有馬が青年を見る。

「どちらが正しい?」

青年は目を伏せた。

「正しさは、いつも遅れてやってくる」

雪乃は立ち上がる。

割れたガラスの子どもを見る。

工房の天井のきらめきを見る。

そして、外の白い町を見る。

胸の灯が、静かに震えた。

雪乃は小さく息を吸った。

「私は——もう一度、会いたい」

誰にとも言わず、しかし確かに告げた言葉。

その瞬間、工房の奥で、炉が低くうなった。

冷たいはずの灰の中で、かすかな光が生まれる。

冬はまだ終わっていない。

そして——選択の夜が、近づいていた。

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