さらしものの王女と夜会の反逆
煌びやかな帝宮の夜会。色とりどりのドレスを着た貴婦人たちがパートナーと踊る中、一人の女性が中央にただただ立っていた。
重々しい、古臭い白地に銀の飾りがついた、くびれのないドレスを着て立っている女性。
名はディフェリアと言う。
足が痛かった。もう、3時間も立ちっぱなしだ。途中で席を外す事は一度しか許されない。
それも短時間だ。その休憩も使ってしまった。後、1時間は立っていなければならない。
「いい気味だな」
口端を歪めて笑うのは、この帝国の皇太子アレントスだ。
ディフェリアはアレントスの言葉に、心の底から頭に来た。でも我慢せねばならない。
「皇太子殿下の命とあらば、何時間でも立つ所存でございます」
そう、嫌でもこの男の言う事を聞かねばならない。
このアレントス皇太子はブルド帝国の皇太子なのだ。
それに比べて隣国の小国ラドの王女ディフェリアは、アレントスの機嫌を損ねる訳にはいかなかった。
アレントス皇太子の側妃として、この度、嫁いできた。
嫁いできた祝いも何もなく、アレントス皇太子は馬鹿にしたように、
「我が帝国がラド王国を滅ぼさないのは、先祖の契約があるからだ。そうでなくてはとっくに滅ぼしている。今回、お前を側妃に迎えてやったのだ。側妃であるお前は顔見せをしなくてはな。夜会の間中、ずっと立っているがいい。会場の中央にだ。一度の休憩は認める。四時間の夜会の間、ずっと立っていろ。そのドレス。古臭いくて重そうでちっとも美しくないな」
ディフェリアは頭を下げて、
「このドレスは我がラド王国の伝統あるドレスでございます」
「だったらこのドレスを着て立っているのだな。なんて重そうな生地だ。ラド王国の連中は古臭いからな」
アレントス皇太子は美しい。金の髪に青い瞳で背が高い。
まだ正妃はいないのだ。小国ラドのディフェリアが正妃になることはない。
もっと利のある王国の姫を正妃にアレントス皇太子は迎えるだろう。
だから、せめてアレントス皇太子の機嫌を損ねたくない。
夜会の間、重い伝統のドレスを着て、会場の中央に立つ。
ただただ立って、周りの視線を受けて。
ディフェリアは決して美しい訳ではない。地味な茶の髪に背だって低い。
でも、ラド王国の王女なのだ。
父王であるカルド国王に言われた。
「帝国がアレントス皇太子の側妃に王女を求めている。お前の姉達はとっくに嫁いで残っているのはお前しかいない。王として命じる。アレントス皇太子の側妃になれ」
ディフェリアは王が気まぐれで手をつけたメイドの娘だ。
母は王妃によって殺された。
ディフェリアが産まれた途端すぐに。
ディフェリアの他の兄姉達は皆、王妃の子である。
ディフェリアはいないものとして扱われてきた。
一人、離宮に閉じ込められて過ごして来た。
ただ、教育だけはしっかりと受けさせられた。
利用価値があると思われたのだろう。
その利用価値が今回のアレントス皇太子の側妃という訳である。
国王も王妃も、誰が大事な娘をアレントス皇太子なんぞにやるものかと思っているのだ。幸い皆、嫁いでいて残っているのはディフェリアしかいない。
国王も王妃もブルド帝国の事を嫌っていた。
嫁ぐにあたってドレスは今着ている古臭いドレス一着のみ持たされた。
後は簡素なワンピースが二着程、夜着が二着程である。
帝国に着いた途端、案内されたのは後宮の日の当たらない狭い部屋だった。
それでも離宮の自分の部屋よりは、少し広かったので、ちょっとだけ嬉しかったディフェリアである。
ともかく今は、夜会が早く終わればいい。
足が痛い。頭がクラクラしてきた。
ここで倒れてはアレントス皇太子の側妃として恥である。
まだ、アレントス皇太子とは褥を共にしていない。
ディフェリアにこだわらなくても、いずれ色々な国から正妃やら側妃を揃えると言っていた。
アレントス皇太子は18歳。帝国で結婚が許される歳になったのだ。
ディフェリアは17歳。
ああ、もうすぐ夜会が終わる。やっと足を休める事が出来る。
アレントス皇太子が腕に金の髪の美しい女性を伴って、
「フィリアがもう少し、夜会を楽しみたいと言っていてな」
「皇太子殿下ぁ。わたくし、もう少し楽しみたいですわ。夜会を伸ばせませんの?」
「なぁに。フィリアが望むなら一時間延長しよう。皇太子権限でな」
「嬉しいっー」
後、一時間、伸びるなんて。ディフェリアは倒れそうだった。
ドレスが重い。喉が渇いた。目が回る。
でも、倒れる訳にはいかない。
アレントス皇太子がフィリアという女性と踊り出す。
ただ、それをぼんやりとしながら、見るしか出来ないディフェリアであった。
夜会は毎夜、明月夜の祭りの期間は開かれる。
その夜会に毎夜立てとアレントス皇太子に命じられた。
お披露目の為にと。
アレントス皇太子はディフェリアに、
「なんでお前みたいな冴えない女が、私の側妃一番乗りなんだ?気に食わん。ただ栄えあるブルド帝国の皇太子たる私の側妃だからな。毎夜、夜会に立って、顔見せをするがいい。これは皇太子の命令だ」
「かしこまりました」
「本当に頭に来る。早く正妃を決めたいものだ」
今宵も夜会に古臭いドレスを着て立つ。
貴族達からは嫌味を言われる。
「本当にラド王国の王女らしい。古臭いドレスだな」
「国王が押し付けてきたんだろ?顔も美人でないし」
「庭の石でも置いておいた方がマシではなくて?」
皆がゲラゲラと笑う。
悔しい。悲しい。辛い。
でも、耐えなくてはならない。
ああ、後、どの位、耐えなくてはならないの?
何日?何年?どのくらい?
そんな日々が続いたとある日の夜会。いつもと様子が違った。
いつも立っている会場の中央にテーブルと椅子が。そして、そこに美しい一人の男性が優雅にワインを飲んでいた。傍に給仕の男性が一人ついている。
ディフェリアを見ると、ワインを飲んでいた男性がこちらを見て、
「待っていたよ。そこの席に腰かけるといい」
男性の対面の席に腰かけた。
目の前にはカップが置かれており、美味しそうなサンドイッチやケーキなどが皿に盛られて置いてある。
ディフェリアが座ると、給仕がカップに香り高い紅茶を注いでくれた。
美しい男性は微笑んで、
「私はヴァリス・イール・ベルンシア。ベルンシア大公と呼ばれている。皇帝の弟だ」
長い金の髪を背に三つ編みで結んだ皇帝の弟、ヴァリスはディフェリアに、
「まったくアレントスは礼儀がなっていない。女性は尊重するのが紳士というものだ。それなのに、さらしもののような事をして」
つかつかとアレントス皇太子がヴァリスの前にやってきて、
「叔父上。私が命じたのです。立って私の側妃として夜会中にいるようにディフェリアに。それなのに椅子に座らせて。どういうつもりですか?」
「どういうつもりだと?」
一気に空気が変わった。
周りの貴族達がこちらに注目する。
ヴァリスは立ち上がる。
一見、優男に見えるヴァリスだが、ひと睨みすれば、アレントス皇太子は青くなった。
「私は兄上の命で、魔物の討伐をして今、帰って来たところだ。大物のドラゴンが悪さをしていたんでな。その首を叩き切って来た。それを?どういうつもりだと?それはこっちの言葉だ。どういうつもりだ?いかにラド王国が小国とはいえ、先祖が契約をした王国だ。魔法契約だな。ラド王国を滅ぼすなと。その王国の王女を側妃に貰い、丁重に扱うどころか、立たせてさらしものだと?」
アレントス皇太子は震えながら、
「魔法契約だろうがなんだろうが、言い伝えでしょう?あんな小さな王国なんて、私の代になったら滅ぼします。そもそも、こんな冴えない王女を私に送ってくるだなんて馬鹿にするのも程があります。だからさらしものにしたまで。私は悪くない」
ディフェリアは思った。
あまりいい思い出がないラド王国。
それでも、アレントス皇太子は滅ぼすといった。
一気に悲しみが押し寄せる。良い思い出が無いと言っても祖国だ。
幼い頃からラド王国の童話を読んで育った。
ラド王国の特産の果物を離宮に居ても食べる事が出来た。
その果物は桃に似ていて、甘くてとても美味しくて。
ラド王国は自然豊かな王国だと、書物に書いてあった。
滅びてしまったら?帝国に吸収されてしまったら?ラド王国の良さが無くなってしまったら?
足に縋りついて、ディフェリアは叫んだ。
「滅ぼすことは許して下さいっ。わたくしの祖国です。どうか、立っていろと言うのなら何時間でも立ちます。わたくしの出来る事なら何でもやります。お願いですからどうか滅ぼさないで。ラド王国を残して下さい」
蹴とばされた。
床に転がる。
「煩い。私に指図する気か?ラド王国は滅ぼす。必ずだ」
手を添えられて抱き起された。
ヴァリスにだ。
ヴァリスはアレントス皇太子に、
「ともかく、女性を何時間も立たせたまま、さらしものにするとは、男のやる事ではない」
「煩い。私は指図は受けない」
そこに皇帝が広間に入って来た。
ドルグ皇帝は、まずヴァリスに向かって、
「アレントスを尊重せよ。いかにワシの弟とは言え、出過ぎた真似をするな」
「申し訳ございません」
ヴァリスは頭を下げた。
アレントスはふふんと鼻で笑った。
翌日の夜会からまた立たなければならない。
そう思って行ったら、テーブルと椅子が用意されていて、ヴァリスが優雅にワインを飲んでいた。
そちらへ近づいていき、
「ここはわたくしが立たねばならない場所です」
「座ってお茶と菓子でも楽しむがいい」
「でも、皇帝陛下やアレントス皇太子殿下にしかられます」
ヴァリスは立ち上がって、周りの貴族達に演説をした。
「いかに小国の王女だとはいえ、我が皇太子殿下が側妃に迎えたのだ。そのような女性を立たせたまま、お披露目?いつの間に我が帝国の男性は女性を丁重に扱えない程に堕ちたのか?皆の者、どう思う?」
貴婦人達の一人が、
「でも、その女は小国の王女。立たせたままでもよいのでは?」
「それでも君達と同じ、女性だ。か弱い女性だ。まだ17歳の。貴方なら耐えられるか?何時間も重いドレスを着て立っているのは?」
「耐えられませんわ。足が痛くなりますもの」
「そうだろう?それをせせら笑うだなんて。酷いとは思わないか?」
一人の老婦人が進み出て、
「こちらの方はわたくしの孫と同じくらいの歳。もし、孫がこのような目にあっていたならわたくしは悲しく思いますわ」
「そうだろう?だからせめて、椅子とテーブルを用意する私は間違っているか?」
女性達は口々に、
「間違っていませんわ」
「さすがベルンシア大公様」
「女性に優しいですわ」
アレントス皇太子が綺麗な女性を伴ってやってきた。この間の女性とは違う女性だ。
椅子に座っているディフェリアを見て、
「何故、椅子に座っている?立っていろと命じたはずだ」
貴族の女性達が口々に、
「それは酷いと思いますわ。皇太子殿下」
「か弱い女性を何時間も立たせておくだなんて」
「酷すぎますわ」
アレントス皇太子は顔を歪めて、
「しかしだな。この女は小国のっ」
ヴァリスは、
「だが、か弱き女性だ。女性を何時間も立たせたままに、さらしものにしておくことは、男として許されない行為だとは思わないのか?」
嬉しかった。
自分の味方をしてくれるヴァリスや、他の貴婦人たちの心が嬉しかった。
紅茶とチョコレートケーキを堪能する。
チョコレートケーキは美味しくて。
ヴァリスは、
「美味しくてよかった。君の為に取り寄せたんだ」
「わたくしの為に?」
「君があまりにも辛そうだったから。こうして助ける事が出来てほっとした」
ふと疑念が湧く。
嬉しかったのは嬉しかった。でも、本当にそれだけ?
この男は皇帝陛下の弟である。皇帝陛下や皇太子の機嫌を損ねたくはないはずだ。
その危険を冒してまで自分を助けた。何か魂胆があるのではないのか?
「わたくしを助けたのは、何か考えがあっての事ですか?わたくしを助けたってなんの得にもなりませんわ」
ワインを手に、ヴァリスは微笑んだ。
「君が気の毒に思っただけだ。女性を立たせておいてさらしものはないだろう」
「本当にそれだけ?もしかしてヴァリス様は」
「さぁね。明日も君と一緒にここでお茶を飲もう。ああ、明日は妹を連れてくるよ」
翌日、皇妹にあたるカトリーヌを連れてきた。
カトリーヌは男まさりで、
「これはラド王国の王女様。ようこそ我が帝国へ」
手の甲にキスをされた。とても美しいカトリーヌ。
ヴァリスとカトリーヌと共にお茶を楽しむ。
二人の知り合いの貴族が次々と声をかけてきた。
「これはベルンシア大公殿下とカトリーヌ殿下。こんな所でお茶を楽しむとは」
ヴァリスはワイングラスを掲げながら、
「この王女様が気の毒でね。ずっと立たされていたんだ。君も見ていただろう?」
聞かれた貴族は眉を寄せて、
「まぁ。皇太子殿下のお披露目ですから」
カトリーヌが紅茶を飲みながら、
「酷いとは思わないか?か弱き女性を立たせたまま、さらしものとは」
「それは酷いとは思いますが。相手はラド王国の‥‥‥」
ヴァリスはちらりと貴族を見ながら、
「ほほう。君は紳士ではないのか?紳士では」
貴族は困ったように、
「いや、私は紳士でありたいと」
「それならば、こうして私達がお茶をすることは正しい事だろう?」
色々な貴族達にヴァリスとカトリーヌは声をかけまくる。
ディフェリアは嬉しかったが、この二人はきっと‥‥‥
皇帝に喧嘩を売っている。皇太子殿下を引きずり落としたがっている。
だったら‥‥‥
「わたくし、側妃にと嫁いできたのですが、いまだにドレスの一枚も贈られていないのですわ。確かにラド王国の伝統衣装であるこのドレスはとても大事なものです。でも重くて。わたくしはブラド帝国に少しでも慣れたくて。本当はブラド帝国のドレスを着たいのです。でも、プレゼントもされなくて。わたくしは自由に使えるお金もなくて」
ヴァリスが、
「だったら私がプレゼントしてやろう。アレントスはディフェリアを大事にするつもりはないようだ。もしよかったら、私の妻にならないか?」
胸がどきりとする。
でも、
「わたくしを妻にしたところでなんの利益もありませんわ。わたくしのラド王国は小国」
「それでも、君は頭がいい」
カトリーヌも頷いて。
「私たちの意図を解ってくれているようだな」
カトリーヌは囁くように、
「我が帝国に無能の皇帝はいらない。わかるな?」
アレントスを貶めるのに一役買えというのだろう。
「解りましたわ。わたくしでよければ協力致します」
ヴァリスがドレスをプレゼントしてくれた。
帝国の最先端を行く薄緑のふわりとしたドレスだ。
帝国では緑色が流行っている。
ラド王国の重いドレスと比べるとウエストも締まって、とても軽くて着やすかった。
カトリーヌがドレスをオーダメイドしてくれるショップに付き添ってくれて、出来上がったドレスを着たディフェリアを見ながら、
「ドレスは良し。後は首飾りと耳飾りだな。兄にプレゼントさせよう」
「有難うございます。わたくし、こんな素敵なドレス。着たことがありませんわ」
「磨けばもっと美しくなる。さぁ皆を驚かせよう」
数日後、夜会に行くために、ヴァリスが迎えに来た。
祭りの期間が終わったので、夜会は数日おきになったのだ。
エメラルドの首飾りと耳飾りが、ディフェリアの首筋と耳を飾る。
美しい薄緑のドレスを着て見せた。
ヴァリスはディフェリアを見て、褒めてくれた。
「とても似合っているよ。ディフェリア」
「有難うございます。ヴァリス様」
二人で馬車に乗り込む。
馬車の中で話をした。
「私とカトリーヌは、側妃の子で、とても苦労して育ったんだ。兄に疎まれて。だから帝国に必要とされるため武を磨いた。武で必要とされるように。でも私は皇帝になりたい。これからアレントスを追い落とす為に、勝負を夜会でかけようと思う。君の力が必要だ」
「わたくしでよければいくらでも力になりますわ」
今まではただ立っているだけで、耐えるだけの夜会。
でも、ヴァリス様が傍にいる。
美しいドレスも首飾りも耳飾りもプレゼントして頂いた。
今宵は戦うわ。
夜会の会場に到着した。
ヴァリスに手を引かれて、出席する。
アレントス皇太子が文句を言って来た。
「ディフェリアは我が側妃だぞ。何故、叔父上がエスコートしているのだ。私は命じたはずだ。夜会中、立っているようにと」
ヴァリスが、
「そのような男がディフェリアの相手にふさわしいと思っているのか?私が貰い受ける」
アレントス皇太子が叫ぶ。
「そんな身勝手な事が許されると思うのか?」
周りの貴族達がひそひそと、
「あのように女性を大事にしない男が皇帝にふさわしいのか?」
「本当に器が小さい」
「困った男だ」
ディフェリアは、ここぞとばかり涙を流して、
「わたくしは小国から嫁いできました。本当にさらされている間は辛かった。でも、ここにいるヴァリス様とカトリーヌ様がわたくしを助けて下さいました。ヴァリス様が望むならわたくしは改めてヴァリス様に嫁ごうと思います。わたくしのドレスを見て下さいませ。ヴァリス様が用意して下さったのですわ」
皆口々に、
「アレントス皇太子殿下よりベルンシア大公の方が男として器が上だ」
「本当に紳士ですわ。素晴らしい」
皆、口々にヴァリスを褒めたたえた。
アレントス皇太子は悔し気に、背を向けてその場を後にした。
ヴァリスに抱きしめられた。
「よくやった。君は素晴らしい役者だよ。お陰でこちらもやりやすくなる。アレントスを蹴落として必ず私が皇帝になる」
ディフェリアの事が発端で、アレントス皇太子が皇太子の資質があるのかと、皆が噂をし始めた。
そんな中、ドルク皇帝はアレントスに向かって、
「国民の間にもお前の愚行が広まっている。いかに小国の王女といえども、さらしものにしたと。男として女性を尊重しない酷い皇太子だと。本当にワシの後継にふさわしいのかと疑問に思う声も出ている」
アレントス皇太子は真っ青になって、
「でも、あんな小国の王女が私の側妃にまっさきに決まったのです。さらしものにして何が悪いのですか?」
「それに比べて、ヴァリスの名声が上がっている。ディフェリアを助けたと。後継をそちらに指名しないとならないかもな」
「たかが、女一人の扱いですよ」
「女一人の扱いでも、これだけ広まったのではマズイのだ」
アレントス皇太子はがっくりと膝をついた。
そして、彼は辺境騎士団に攫われた。
辺境騎士団の情報部長で貴公子のあだ名を持つオルディウスと言う美男がいる。
彼の元へ、一枚の情報が送られたのだ。
「ブルド帝国に喧嘩を売れというのか?まぁ、美男の屑で帝国民の評判も悪い。騎士団長からはもう屑の美男情報をアラフ達に流すなと言われているが、知らせておくか」
その情報を辺境騎士団四天王に流した。
彼らは屑の美男を教育するという趣向を持った集団である。
今頃、攫われたアレントスはムキムキ達に可愛がられていることであろう。
ヴァリスが皇太子の後継に決まって、その妻にとディフェリアが望まれた。
改めてヴァリスに確認する。
「わたくしとの結婚は無しにして下さっても良いのです。もっと皇妃に相応しい良いお相手がいくらでもおりますわ」
「それでも、私は君を望みたい。私が皇帝になれるのも君のお陰だ。ディフェリア。それにね。君の過去を調べさせて貰ったよ。苦労したんだな。皇妃になれば更に苦労を押し付ける事になると思う。それでも私は、君に傍にいて欲しいんだ」
「解りましたわ。貴方が望むならば、わたくしは貴方に嫁ぎたいと思います」
帝国の皇妃。茨の道になるだろう。簡単な事ではない。
カトリーヌが、
「私は騎士団長に嫁ぐ事になっている。いくらでも頼ってくれていい。兄上とディフェリアの為ならこの剣を捧げよう」
そう言って手の甲にキスをしてくれた。
学ばなければならないことが沢山ある。
皇妃になる道は険しいのだ。
ただ、今宵だけは、一人、後宮の自分の狭い部屋で荷物を纏める。
新しい広い部屋に移るのだ。
そして、静かに過去の自分に別れを告げる。
辛い思いをしたラド王国での日々。それでも大好きだった王国。
あの重いドレスを捨てようと思った。
でも‥‥‥
忘れてはいけない。さらしものになっていた日々を。
これからは、強くより、強く生きなければならないのだ。
ヴァリスが部屋に入って来た。
「どうだ?引っ越しは。メイド達はどうした?」
「一人、思いたい事があって‥‥‥」
「なんだ?思いたい事って」
ベッドの上に置いてある、ラド王国のあの重いドレスにヴァリスは目を止める。
「捨てないのか?」
「捨てられませんわ。あれは、わたくしですから‥‥‥わたくしの過去。わたくしの全て。あれはわたくしの‥‥‥。今宵だけは泣かせてくれませんか?これからは強く生きますから」
ヴァリスの胸の中で泣いた。
さらしものの王女はもういない。これからは、強く強く生きなければ。
ヴァリスが言ってくれた。
「苦労をかけてすまない。でも、辛い時はいくらでも私の胸で泣いてくれ。ディフェリア。愛している。愛しているよ」
嬉しかった。
今宵だけは沢山、泣きたいと思った。
数日後‥‥‥
今夜も、帝宮は夜会が開かれている。
重い衣装を着て、さらしものになっていた側妃はもういない。
背を伸ばして前を見つめて、手を差し出してエスコートをしてくれるのは、愛するヴァリスだ。
ヴァリスは微笑んで、
「さぁ、行こうか」
「ええ、参りましょう」
本当に戦いはこれから。
ディフェリアの心は愛するヴァリスと共に、未来に向かって燃え上がるのであった。