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第6話 ご飯は神の領域(バグ)です(下)

 


 世界中で美味しさが暴走し、人々が奇跡の料理に涙し、料理人が涙目で包丁を置き、神様が血の涙を流して天を仰いだ翌朝のことだった。



「……おはようございます。今日も、ご飯、おいしくなりますようにっ」



 聖女はいつものように手を合わせ、にこりと微笑んだ。

 その祈りは昨日と何ひとつ変わらない。だが、変わってしまったのは、世界のほうだった。



「村長ーっ! キャベツがもう完成品になってますーっ!」

「鍋に入れたら“カツ丼”ができました! 理解できません!!」



 朝から村の台所は修羅場と化し、食卓は勝手に完成してゆく献立で埋まり、箸を持つだけでメニューが自動的に出てきた。



「これ、もう料理じゃなくて……祈りを捧げるだけの儀式では……?」

「いや、むしろ信仰……」

「むしろ崇拝……」

「むしろ聖餐(せいさん)……」



 ――そんな声があちこちから聞こえてくる。


 そして、村から遠く離れた王都では、料理人たちが一斉に調理場を離れ、こうつぶやいた。



「もう、俺たちの出番じゃないんだ……」



 その言葉に、女神・コロネは天界から絶叫していた。



「いやいやいやいや!!! 勝手に職を奪うな!!! 世界くん、常識レベルの味覚ってもんがあるでしょうがーっ!!!」


 天界のスクリーンには、最新の世界状況が表示されていた。



『現象観測ログ:料理自動化率98%突破』

『祈念効果:味覚刺激 300%増』




「何この、味覚世界征服みたいな流れ!? 誰も望んでないからね!? 誰も頼んでないからね!?」



 しかし、神の絶叫とは裏腹に、村人たちは穏やかに食卓を囲んでいた。



 ――だが、その中で、ぽつりと。


「……なんか、ずっと美味しいのも……なんだか飽きるかも?」


 子どものひとりが、そう呟いた。


「そういや、前のちょっと焦げたトーストとか、あれはあれで美味しかったよね」

「うんうん、普通の味噌汁とか、なんだか落ち着くもんねぇ」

「なんだかんだ、いつもの味が一番だったのかも……」



 その、なんてことのない何気ない会話を聞いた聖女は、小さくうなずいて――


「……ちょっとでいいのかも。美味しくなるのって」



 その声は、誰にも聞こえないほど小さくて、優しかった。


 けれど――


 世界が、その「ちょっと」の加減を察した。




 翌朝、村の食卓に出てきた料理は、見慣れたものだった。

 野菜には火が通っているが、味つけは必要。パンは焼き加減が少しずつ異なり、スープは普通の味。



「……あれ? 今日は、味ついてない?」

「おお……懐かしい……包丁の手触り……鍋の音……戻ってきたのか……!」



 料理人は立ち上がり、包丁を握って感涙。

 農民は、また普通に畑で芋を掘り、鶏は勝手に皿に乗るのをやめた。


 世界は、いつもの日常を取り戻しつつあった。


 だが、ただ一つだけ。


 聖女の手でつくられた料理だけは、ときおり神懸かった美味しさを放つことがあった。

 それは、祈りではなく、心からの「食べてもらいたい」という想いから生まれた味だった。


 天界モニターには、新たな世界の記録が表示される。


『世界律:味覚補正レベル1に低下』

『祈り適用率:安定推移中』


 コロネ様は椅子にもたれ、頭を抱えながらボヤいた。


「“ちょっとでいい”って、それが一番むずかしいんだけど!? ねぇ、誰かマニュアル作って!? これ、神の仕事じゃなくて人の匙加減だよ!?」


 補佐官がそっとお茶を差し出す。


「……女神様、次のバグ反応です」

「え? また?」

「聖女様が……昨日の晩、こう呟かれたそうです」



『おやつが毎日あったら、うれしいな……って』



 コロネ様の目が、ゆっくりと虚空を見上げる。


「おい待て、次のバグがもう見えてるぞ!!」


 そして翌日――

 村に、カステラ色の雲が流れ始め、風はシナモンの香りを運んでいた……。




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