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第6話 ご飯は神の領域(バグ)です(中)



 美味しくなぁれ。


 ただそれだけの、子どものような呟き。

 なのに――世界は、それを真に受けてしまった。


 朝。村の台所に立った聖女は、食材の異変に首を傾げた。


 「この人参……あれ? 切ったら、煮物の味が……?」


 切った瞬間、すでに甘辛く味が染みている。火も入ってないのに柔らかい。じゃがいもはホクホクで、バターがにじんでいる。


 鍋に入れる前から、完成していた。


 「え、どういうこと……? あっ、こっちの鶏肉も……骨が、ない……?」


 下処理済み、味付き、絶妙な焼き目までついた肉。鍋に入れれば、勝手にスープが完成する。


 そして、朝の食卓。


 「いただきまーす!」


 村人たちが一口食べた瞬間、目を見開いた。


 「な、なんじゃこりゃああああ!? う、うまいッ! これはもはや……芸術!?」


 「スープが! 口に入れた瞬間、涙が出た……! 俺、生きててよかった!」


 「え、これ、昨日の残りのパン!? なんでサクふわ!? なに? 魔法?」


 村人たちは歓喜し、膝を叩き、涙を流し、空を仰いだ。


 翌日には、その噂が隣町に届く。

 さらにその翌日には王都へ。


 王都では料理人たちが騒然としていた。


 「……素材が、勝手に完成形になっている……?」


 王城厨房のシェフは頭を抱えた。熟練の職人が手間暇かけて作るコンフィより、ただ鍋に放り込んだだけの食材の方が美味い。


 「これでは、我々の技術が……っ!」


 それは瞬く間に「料理革命」として祭り上げられた。


 『王都美食週報』

 《謎の聖女の力か!? 世界中の食材が突如覚醒!》


 《野菜が語り出す!?「どう料理されたいか」自己申告するトマト現る》


 《家畜が自主的に盛り付けて皿に乗る……!》


 王都では聖女信仰の一派から『おかわり教団』が生まれ、毎朝「おいしくなぁれ」の祈祷が唱えられた。


 「このじゃがバターは“祈りの味”……」

 

 「スープに浮かぶのは聖女の微笑み……」



 コロネ様はモニターを前に、震える指で額を押さえた。


 「違うよ!? 違うからね!?ごはんに信仰の重さ乗せちゃダメだから!!」


 天界の補佐官が顔を青ざめさせながら報告を読み上げる。


 「世界中の料理が……“過剰適応状態”に入りました!」


 「料理レシピが存在意義を失い、料理学校が解散を……!」


 「素材が自己進化し、なぜか焼かれる前にソースを要求しています!」


 村では、魚が自分から網に乗り、焼き上がった状態で皿に出てきた。


 「お、お魚が……笑ってる!?」「塩味完璧!? 何もしてないのに!?」


 街では、焼き芋屋の少年がただ地面に芋を置いただけで、シナモン風味のとろけるスイーツになった。


 「なんで!? 焼いてないのに!? 火いらないの!?」


 庶民は歓喜し、料理人は絶望し、聖職者は信仰を強め、王は国家的資産とみなす。


 「あの聖女を王都へ呼べ! 料理の神と崇めるのだ!」


 「いいえ、彼女を国家料理長に! 資源より価値がありますぞ!」


 聖女のいる村に、使節団がやって来た。

 商人が群がり、料理研究家が涙を流し、果ては旅芸人までその味をレポートに来た。


 そしてその中心で――


 聖女は今日も、いつも通りの食卓で手を合わせていた。


 「今日のご飯も……おいしくなりますようにっ!」


 空からは祝福の光が差し、畑の作物はまた新たな味付けで育ち始めた。


 コロネ様は神界の隅っこで、もはや涙すら出ない顔で呟いた。


 「……食卓が……文明超えてんだよ……!!」


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