第5話(上)好きって言ったら魔王軍にファンクラブができていた
その日、聖女は丘にいた。
手には花かご。肩には小鳥。
頭の上にも一羽、手のひらにも二羽。完全に小鳥の団地だった。
羽ばたくたびに、ふわふわと花びらが舞う。
その光景はあまりに幻想的で、村の男たちはしばし仕事を止め、そっと手を合わせて拝んでいた。
「拝むな。なんか宗教できてるぞ。いや、もうできてるんだった。やめて、現実が神話に寄ってきてる」
コロネ神様は、天界でツッコミの準備運動中だった。
村の子どもが、そっと声をかける。
「せいじょさまー、ことりさん、さわってもいいー?」
「うん……この子たち、やさしいから……怖くしなければ大丈夫……よ」
子どもが指を伸ばすと、小鳥はぴょこんと跳ねて、子どもの手の上にとまった。
「せいじょさま、すきっ!!」
「わ、私もっ!!」
「ずっと、ここにいてくださいー!」
「好きです! 嫁にください!」
最後のは村の青年だった。が、老婆に後頭部を叩かれて連行されていった。素早い。
その様子を見て、聖女はぽつりと呟いた。
「……みんな、好きって言ってくれる……だから、私も、好き……」
──そのときだった。
世界に、“好き”が届いた。
「うわああああああ!?!?!? また来たああああ!!!」
コロネ神様がスクリーンを見て絶叫した。
「ログ、ログ反応! 祝福波動、拡大範囲に異常! いやコレ広すぎィ!? 村、街、森、谷、そして――え?魔王領界!?」
その瞬間、遠く離れた魔王領。
魔王城の片隅、とある地下室にて。
「総員、集合! ついにこの時が来たぞ!」
「うおおおおお!! 推しが……推しが我らに“好き”と言った日がきたあああ!!」
「この喜び、我らの存在意義が認められた日!!」
……それは、魔王軍の一部――対人文化交流部だった。
「聖女が“みんなが好き”と言ったのだ……我らも“みんな”のうちに入るのだ……!」
「すなわち、推しがこちらを見てくれた……!」
「よし、今こそ、現地参拝だ!!巡礼の旅に出るぞー!!」
こうして魔王軍のごく一部、
本来の軍事と何の関係もないオタク集団が、謎の団結力で村に向かって動き出した。
一方その頃、村の門番が空を指さす。
「……お、おい、なんか変な行列が……」
「黒い鎧にマント……魔族じゃねぇか!?」
「ま、まさか魔王軍の襲撃――!? ぎゃあああああ!!」
村が騒然とする中、コロネ神様は再びソファでのたうちまわっていた。
「はぁああああ!?!?好きって言っただけで、魔王軍がファンクラブ化!?!?どんな現象!?!? 外交破壊系祝福か!?!?」
だが、侵攻ではなかった。
彼らは、村の前に整列し、列をなし、
「聖女さまのありがたいお姿を一目……」
「1分でもいいんです!」
「どうか、笑顔を……」
などと懇願する魔族の群れと化していた。
村人、固まる。
兵士、震える。
老婆、ツボを割る。
そして、聖女は──
「あ……みんな、来てくれたの……?」
……全く警戒していなかった。