第4話 回復薬が完成したら生命水だった
──それは、のどかで、穏やかな午後だった。
空にはうっすら雲が流れ、草木はしっとりと香り立ち、虫たちが囁く。
村の北に広がる薬草の丘は、今日も静かで、色とりどりの草花が揺れていた。
「ほら、この葉っぱは癒しのミント草。煎じて飲むと、熱が下がるのよ」
「こっちは“清骨の葉”。骨折にも効くのよ、村の男たちには必需品ね」
村の女性たちは、手際よく薬草を摘み取りながら、聖女にやさしく教えていた。
聖女は、草の匂いに顔を近づけ、興味津々に頷いていた。
「……これ、すごい。こんなに小さいのに、ひとを癒すなんて……やさしい草……」
そして、その言葉のあと――やっぱり、やらかした。
「……ありがとうって、伝えたい……」
そう言って、聖女はそっと摘み取ったばかりの薬草を両手に包み、目を閉じ、ぎゅっと胸に当てて祈ったのだ。
──世界が応えた。
薬草が、淡く光った。
次の瞬間、葉がとろりと溶け、複数種の薬草が、まるで自ら混ざり合うように一体化した。
草は液体になり、香りが変わり、瓶に入っていたわけでもないのに小瓶サイズに収まった謎の"緑の滴”が、彼女の手のひらに浮かんでいた。
「……あ……まざった……?」
その頃、天界。
「はーい!?!?!?いまの、何!?」
コロネ神様が観測ソファからダイブしてスクリーンに突撃していた。
「薬草の化学的抽出反応が……感情起因で“融合"!?しかも“濃縮”された!?なんで!?なんでっ!?おまえ、抽出器か!?」
浮かび上がる魔力指数は、回復系の最高等級“金印級”の10倍以上。しかも対象は**無加工の薬草**。
現場では、村の女性たちが騒然としていた。
「な、なに!?その光!?今、手の中で葉っぱが溶けたよね!?」
「すごい匂い……これ、薬草どころか、祝福薬並じゃ……!」
そのとき、一人の女性が思いきって言った。
「それ……私、ひざを悪くしてて……少し、分けていただけますか?」
「え……あ……どうぞ……!」
女の人は、ほんの一滴をひざに垂らした。
光がじわりと走る。
そして――バキバキバキバキ!!
「うわぁ!? な、なにこの音!? ひざが!? ひざが若返ってる!? いやこれ若返りすぎて16歳のころの膝じゃん!?」
「えっ!? 若返ったの!? すごい!!」
「ちょっと私も! 腰に塗ってみる!」
「肩に垂らすだけで軽い!? 軽い!? いやこれ生まれたて!?」
現場、もはや騒然。
薬草摘みに来たのに、奇跡の泉に出会った勢い。
ざわめく人々の中で、聖女は手のひらを見つめながら小さく呟いた。
「……よかったぁ……がんばってるみんなが、元気になるの……うれしいなぁ……」
──天界にて、コロネ神様が本気で叫んだ。
「うわああああああん!!! やめてよぉぉぉ世界ぃぃぃいい!!!彼女が“嬉しい”って言うだけで、自然素材が等価交換で“命の霊薬”になるの、ほんと無理ぃぃぃ!!!」
補佐神たちは無言で、神様用胃薬と書かれたポーションを差し出していた。
そして翌日。
その“聖女のしずく”と名付けられた緑の雫は、村の商人によって街の市場に並んだ。
1滴10万ゴールドという破格にもかかわらず、貴族たちは競り合い、医療ギルドは争奪戦を始めた。
「肩こりが消えた!」
「親父のハゲが治った!」
「老婆が二十歳になった!」などの目撃情報が飛び交い、噂は瞬く間に大陸を駆け巡る。
コロネ神様は、ログ画面を開いたまま、絶望的な顔でメモしていた。
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観測ログ
* 対象:初代聖女(未登録)
* 現象:無意識融合錬成による超濃度回復薬生成
* 結果:神の薬師超越、商業市場への影響不可避
* 判定:祝福、神薬、錬金術の否定、ついでに常識も否定
* 神的総評:胃より肝臓にきた(泣)
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その夜、聖女は麦の枕に顔をうずめて、ぽつりと呟いた。
「よかったぁ……また、みんな笑ってくれた……」
その笑顔が、今日もまた、世界の理を歪める。
そしてコロネ神様は、明日の胃薬を準備するのだった。
──つづく!