第1話 祝福とパンと神様
パンが降った。
いや、空から、である。
それも一つや二つではない。あの瞬間、世界はまるで、小麦と酵母の雨に包まれた。
……という、前代未聞の事態に直面していたのがこの私、女神コロネ様である。
「お〜いお〜いお〜い、世界くん?なにしてんの?? 降らせていいの、パン!?マジで!?」
私は全知全能にして観測担当の神。世界の“祈りのログ”を見守るお仕事。今日もモフモフのソファに腰を沈めつつ、聖女観察をしていた。
そう──今話題の問題児、この世界において初の聖女。
名前はまだ世界にも登録されていない新人だが、影響力は天元突破。
その日、彼女が村の広場で、泣きじゃくる子供の頭をなでながら、こう言ったのだ。
「おなか、すいてるの……? だいじょうぶ。きっと神さまが、パンをくれるよ」
……いや、可愛いよ? 優しいよ? でも──
「願ったら出るのかよ!!!」
私は魂の底からツッコんだ。
ほんの一瞬だった。聖女の“想い”が空へ、世界の法則を突き破り、天へと駆け上がる。
通常なら祝福は一定の式を経て行使されるはずだ。供物を捧げ、儀式を行い、正式な“加護”として形になる。
が、彼女の願いは即時自動適用。世界の優遇措置がエクスプレス便で届いたかの如し。
結果──
降る、パン。
飛ぶ、バゲット。
割れる、空気抵抗でメロンパン。
「物理法則、どうした!?あ、あとなんでクロワッサン混じってんの!?世界が嗜好性まで読み取り始めたってこと!?怖ッ!!」
民は言った。
「聖女様が、パンの神をお呼びになった……!」
誰だよそれ。パンの神って私じゃねぇからな!?
私はそんな専門職じゃないからな!?
(ちなみにコロネは偶然だ!!)
いやでも、気持ちはわかる。あの笑顔は人を救う。あの子の瞳の奥には、きっとどんな神託より強い祈りがあるんだろう。
──って!
「納得しかけたら負けだろ!!!」
祝福とは本来、世界が選び抜いた奇跡の手段。
でもあの子の場合、“ただの感情”が“現象”を超えてくる。情緒が物理を凌駕している。
──まるで願いが世界を定義し直してる。
「ログ確認っと……願望タグ:緊急、純粋、慈愛、即達希望。……はいはい、ほら、世界くん、“即達希望”のとこ読んじゃダメって言ったのにぃぃぃ!」
私は観測ログをぶん投げた。
もうだめだ。明日には多分「水ください」で大洪水、「好きです」で火山噴火、「幸せになってね」で新大陸が生えるぞ。
だが、世界はもう止まらない。彼女の想いが、既存の祝福を乗り越えて、何かまったく別の法則になりかけている。
可能性。バグ。祝福。災厄。
……あるいは、新しい概念。
だからこそ、私は今日も彼女を観測する。
神とは、そういう役目だ。
……でもやっぱ言いたい。
「世界、ブレーキ付けろや!!!」




