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湯煙の中 駆け巡る


 「共同浴場って、知ってますか? 昔から地元の方が管理されて皆で利用してる温泉施設なんですけど」


 温泉通の彼女(以降 敬意を込めて姉貴と書かせてもらう)は、少し口淀む。何を躊躇うのか、視線を泳がせてから私達を順に見た。


 「街の中に祠みたいな、お地蔵様を祀ってある場所があるのに気づきました? 民家の間にあるお堂みたいな」

  

 そういや、賽銭箱を入口に置いた公民館みたいなのが、温泉街の民家の間に見たのを思い出す。横の若い男女も頷いてる。


 「お地蔵様の前の賽銭箱に、観光客は入湯料の形で幾らか入れたら、地元の方に混じってお風呂に入れるんですよ。ここ最近は観光客に開放された共同浴場が増えてるんです」

 「へぇ~。じゃあ、地元のお婆ちゃん達と一緒に温泉に入る裸のお付き合いってヤツが出来るんですね」

 「そうそう! 色んな話ができるし、楽しいんですけどね、けど、うーん」


 姉貴は再び口淀む。


 「共同浴場って、地元の人が長く使ってるのだから、その、最低限の補修で使ってるんですよ。その、何と言うか」

 「……古い設備? 」

 「いやぁ、古いけどね。けどいいんだよ。でも人によりけりかなぁ」


 そこで沈黙。

 我々は空気を察した。

 成程。つまり


 「昭和的な……みたいな? 」

 「まぁ、みんなで入るしね、昔の銭湯より家庭的な感じ? 」


 つまり、ソレな訳なのか?

 曖昧な表現の向こうに感じ取るモノを探る。


 「上手く言えないけど、その、若い人はビックリしちゃうかもしれない感じかな~」


 姉貴、目が迷ってるよ。どーした。


 「勇気があれば、覗いてみて決めてみるのもありかもしれないけど……色んな人と距離感近く入るから」


 ゴニョゴニョと言葉を濁し、笑う姉貴。

 いや、ここまで来て温泉入らんで帰るとかあり得んし!

 素晴らしい情報を得たぞ。足を拭き拭き、手早く靴を履く。時間は有限だ。

 横のカップルは揉めてるが、ここは一人旅の身軽さよ。荷物をまとめ、姉貴に丁寧に礼を述べて立ち上がると、再び念を押されてしまう。


 「無理しないようにね」

 

 ありがとう! でも、行ってみるぞ!

 足湯で疲労回復、気力満点。足取り軽く、別府の坂道を駆け上る。マップを拡大すると、近くに『すじ湯温泉』が表示される。よっしゃ! 歩いていくと、目当てらしき祠を前に配置した建物を見つける。ここ鉄輪温泉は、坂に住宅街が広がり、その中に温泉施設が点在してるような場所だ。観光客向けにスムージーを売る八百屋さんもあるし、住宅の向こうに宿泊施設やお土産屋さんがある。そんな風情ある街並みの中に、ノスタルジックな雰囲気のお地蔵様が鎮座する入口。一見、公民館のようであるが硫黄の匂いが強く漂う。

 ここだな。

 風雨に長く晒された『すじ湯』の看板を見上げると、横に同じように見上げる気配。振り返れば、同じく観光客らしき男性。互いに顔を見合わせ、察する。一人では怖い。が、見ず知らずの人に背中を押され、押して、挑戦をしようか。


 「行きますか? 」

 「行ってみますか」


 同時に呟いていた。

 小銭入れを取り出し、交互にコインを賽銭箱に入れ、別れて扉を開ける。

 いざ! 勝負!

 と、いきなり下駄箱。目の前にカーテン。覗いてみれば、そこは脱衣場。その向こうにはコンクリむき出しの洗い場に湯船が鎮座。教室ほどの広さにお風呂がある。カーテン1枚で守るプライベート空間。プライバシーとかセキュリティとか、全部を時代の向こうに置いてきた様な……田舎のおばあちゃん家のお風呂だわぁ(私には田舎に祖父母の家がないので、全て想像だけど)。

 すごい。The 昭和中期。

 確かに設備は時代を感じるけど、清掃が行き届いて手入れされているのは明白。気を配られているのは確か。髪の毛や湯垢の汚れは全く無い。壁には地域の人の名前なのだろう、名札がある。清掃当番も持ち回りのよう。うん、イケる。清潔ならば、有り難い。

 

湯気が漂う中で、急いで服を脱ぐ。幸いにも誰もいない。ここはサッサと頂こう。そそくさと体を流し清め、湯船に入る。

あっっっつつぅぅぅぅいいぃぃぃーーー!

痛い程の熱さ! だけど、せっかく入浴したのに簡単には出られない! 貧乏性が湯の中に踏み止まらせる。いや、ホントに熱い! 温泉経験ほぼ無い私は知らないのだけど、温泉ってぇのはこんなに熱いもんなの?! 世で言う温泉の平均温度が分からない!

 肌を刺すような熱さに耐えながら考えていると、物音と共におばあちゃんが入ってくる。

 爽やかな観光客。私は無害な観光客。

頭の中で唱えながら、笑顔で挨拶を。熱さに耐え世間一般的な挨拶を交わす事に集中する。

 穏やかに、朗らかに。私は無害な観光客ですぅ。

熱さに耐えながらの挨拶を交わし、世間話を穏やかに進める。が、熱い。容赦なく熱が攻め立ててくるぅ。

 

 「今日も人が多すぎていかんわ」

 「昨日は奈良京都を通って別府に来たんですが、こちらも同じぐらいに多いですね……(熱い…)」

 「騒がしいでいかんわぁ。あれ、今日の湯は熱いな」


 ……今日の湯は熱い? ということは、いつもはこんなに熱くないんか? 

 理解が出来てない私の顔を見て、するりと湯船に入ってきたおばあちゃんが笑う。


 「お湯はな、日によって温度が変わるのよ。そこの掛け流し、あれ温泉でな、引いてるお湯がアソコから出てるのよ」

 「源泉そのまま掛け流し?! 」


 ボイラーで適温調節してないのか! しかも、源泉掛け流し?! すんごい贅沢な町営浴場やな!!

 というか、日によって温度か違う温泉というのが、本来の本物の温泉ということだ。ひぇええー!

 私、今、ホントの温泉に入ってるんだ!!

 駄目だ、クラクラしてきた……情報量の多さもあるけど、完全にのぼせてきた。旅先で倒れる醜態は避けなければいかん、がすごい。まだ冬の寒さ用の重装備の服を着るには熱すぎる。ヒートテックを着ず、ダウンジャケットを抱え、長袖シャツにジーパンでそそくさと外へ出た。北風が涼しく肌を撫でていく心地よさに、うっとり。ペットボトルの水を流し込むと、砂地に吸い込まれるように火照った身体に染みていく。くぅ~!!

 ミッションコンプリート!!! やったぜ、自分!


 新しい事に挑戦して、満足感に震える。興奮は更に体温を上げていく。

 砂風呂は楽しめなかったけど、これは良し。

 新しい事に挑戦出来たこと。自分の判断と決断に自信が持てたこと。自分のやりたい事を、自分なりに取り組んで前向きに進めたこと。それによって、自分の意識が大きく広がったのを感じる。同じ場所にいて同じ景色を見ていたのに、こんなにも興奮して熱く観る世界が変わっている。

 すべての変化に震えた。単純な出来事なのに、自分の中で何かが形作られた。

 些細なことで、物事は転がるように悪展開もすれば、好転をもする。視点が変わる。視点が増え、柔軟になる、とも言うのか。

 兎にも角にも、自分の内面の変化すら感じて歩き出す。北風すらも心地良い。今なら、全てうまくいくような錯覚。

 

 喜びを感じるのも、自分次第。

 憎しみで呪うも、自分次第。

 ならば、苦しい状況でさえ心地良く過ごすも自分次第。

 どんな状況下でも、笑える余裕が持てますように。

 まずは、心の病を治そう。いや、この病を抱えても前を向き進められるよう、対応していこう。

 話はそれからだ!

 意気揚々と、坂道を登る。

 大丈夫。ここまで、生きてこれた。家族も自分の意志を持って将来を観てる大人になれたし、なれそうだし。

 大丈夫。私は充分に頑張ったし、やれてるよ。

 1人でも、立ってる。自信持て、自分!

 

 何か、こんなに軽やかな気持ちも久々だ。何処でも行ける気がする。いや、家から遠く離れたココに1人で冒険してるんだもの。この時間は、全て私が使っていい。なんて贅沢!!

 私が1人で出掛けるのは、自分が自由に時間を使える贅沢を味わう為かもしれないな。何となく、そう考えた。

 

 さあ、次はどこへ行く?


次回 3月7日 更新予定です。

旅行のは、ここで終了です。

メンタル不調を当事者から語ります。

興味のある方、どうぞ。

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