97.温泉前に竜、降臨
「これがオルタンシアの温泉……」
その建物は、図書館同様レンガ造りで出来ており、形としては大きな家のような……ちょっとオシャレな観光ホテルのような建築物だった。
図書館はやたら高かったが、それと対照的にこちらは二階建て程度の高さ。
その代わり、敷地面積はめちゃくちゃ広そうだ。
これは……温泉にも期待が出来そうだ。
俺達がカペロから降りると、既に他のメンバーはほとんど揃っていた。
タウラス店長、トーキスさん、エレナちゃん、レオンさん……
「あれ? アリエスさんは?」
「あぁ、彼女はマイペースだからね……」
そう言って店長が空を仰いだ。
俺もつられて空を見上げる。
リネットちゃんの話だとアリエスさんは飛んで来るという話だったな……
晴れ渡った青い空の奥に、何やら見慣れぬ造形の生き物が飛翔しているのが目に入った。
……なんだ、あれ?
物凄いスピードでこちらへ接近してくる。
近づくにつれその全貌がハッキリと見えてきた。
……って、え!?
「ド……ドラゴン!?」
そう、それは紛れもなく竜だった。
大きな体に大きな翼。ゲームのグラフィックで見たような迫力のある姿をしている。
薄茶のボディは所々光に当たって鱗がキラキラと金色に輝き、大きな瞳は澄んだ海のような碧色。
……めちゃくちゃカッコいい。
マジか……ドラゴンまで存在してるんだ、この島……
俺が呆気に取られているうちに、そのドラゴンは静かに俺達の前へと着陸した。
……マジかよ……こっちに来た!?
俺は思わず後ずさる。
怖い怖い怖い。食われる……!?
と構えた俺の目の前で、そのドラゴンは突如光に包まれ……体が一回りも二回りも小さくなった。
そして光が止んだその場所に立っていたのは……
「アリエスさん!?」
そう、金色のショートカットに青い瞳、チェーン付き眼鏡を指で押し上げて笑みを浮かべるハンサム美女……アリエスさんの姿だった。
「え?? 今、ここにドラゴンが飛んできて……え?」
俺の脳が全くついていけずに意味不明な言葉が口から漏れる。
「やぁ、七戸少年。言ってなかったかい? 私は竜族だよ」
「りゅう……!?」
驚きのあまり声が掠れて言葉にならなかった。
俺は改めてアリエスさんの姿をまじまじと見る。
角は無い。牙も無い。尻尾も無い……
やっぱり人間に見える。
「おやおや、そんなに熱っぽい視線で見つめられるとドキドキしてしまうね……ほら、もっと近くで見てもいいんだよ?」
アリエスさんは目を細めて妖しく笑い、俺の頬に手を掛けた。
「い、いえ!! 失礼しましたっ!! そんなつもりでは!!!」
俺は反射的に飛び退いて両手を前に出してガードする。
「逃げなくても大丈夫、何も取って食ったりはしないさ……今は、ね……」
ふふ、と意味深に笑うアリエスさん。
オトナの色気というやつだろうか……その微笑みが妖艶すぎてとても直視出来ない。
俺には刺激が強すぎる……
そもそも「今は」って何だよ……不穏すぎるだろ!
いつか俺を食うつもりなのか!?
いや、食うって……どういう意味で!?
俺の脳内はキャパを超えて大混乱状態だ。
「先生! その……七戸さんは普通の男の子ですし……もう少し加減をした方がいいと思います……」
リネットちゃんが、遠慮気味に口を挟んだ。
『普通の男の子』
放たれたその言葉が俺の胸を打つ。
俺は特異体質で、子供化する体。普通じゃない。……けど、リネットちゃんは俺を『普通の男』として見てくれてるのか……?
「リネット……最近は自分の意見をハッキリ言うようになったね。良い傾向だよ……やはりそれは彼の影響かい? 妬けるねぇ……」
アリエスさんは今度はリネットちゃんの顎へと長い指を掛ける。
リネットちゃんの顔が一瞬で耳まで真っ赤になった。
「えっと、そういうわけじゃ……」
「リネット……君は本当に可愛いね……」
言いながらアリエスさんはゆっくりリネットちゃんに顔を近づけ──
いやいやいや、待て待て!!!
何だこの展開!!
「ちょっ……」
「アリエス。そういうことは人気のない所でやろうか」
俺が止めに入ろうとするより早く、店長がごく冷静に突っ込みを入れた。
「全く……いくらスタミナが化け物だからと言って、誰彼構わず口説き落とそうとするでない。みっともない」
重ねてそう告げたのは、石の店の店主である白髪のハーフエルフ、レオンさんだ。
正直、意外だった。気難しそうなオーラのレオンさんが、アリエスさんにツッコミを入れる……元々知り合いなのだろうか?
ふと、店長がレオンさんとは昔馴染みだと言っていたのを思い出す。
店長とアリエスさんのやり取りもとても自然で気の置けない間柄であることは予測が出来る。
とすれば、店長、アリエスさん、レオンさんは……もしかして同年代なのだろうか……?
見た目にはとてもそうは見えないが、それぞれ種族が違うことを加味すれば十分あり得る話だ。
「相変わらず手厳しいじゃないか、レオン。どうせ君は私が誘っても相手をしてくれないのだろう?」
アリエスさんはツカツカとヒールを鳴らしてレオンさんへ近づき、その顔を覗き込む。
「こんな老いぼれと絡んで何が楽しい?」
「老いぼれだって? とんでもないね。私から見てレオンは実に魅力的だ。是非一晩を共にしたいと思っているよ……」
そう言って伸ばされたアリエスさんの手をレオンさんは軽く跳ね除ける。
「……お断りだと言うておる」
えっと……これは険悪……なのか?
イマイチ二人のノリが掴めない。
「おじいちゃん。落ち着いて。アリエス先生のペースに呑まれてるよ?」
そう言って後ろからひょこっと顔を出したのはエレナちゃんだ。
さすがいつも一緒にいるだけあって、レオンさん相手でも全く物怖じしていない。
レオンさんは、エレナちゃんの顔を見て表情を緩めた。
「そうだな……悪かった」
エレナちゃんの一言で一気に場の雰囲気が和む。
何て言うか、エレナちゃんはムードメーカーだな。
トーキスさん相手にも言いたい放題だし……いい意味で遠慮も裏表も無い子だ。
「さて、メンバーは揃ったね。今日は皆でゆっくり楽しもう」
店長が一言でその場を綺麗にまとめ上げる。
これがカリスマ性というやつなのかもしれない。
俺たちは店長に付いて、目の前にそびえ立つレンガ造りの広大な施設……温泉へと足を踏み入れるのだった。




