96.まずは友達から
温泉旅行当日──
「あの……七戸さん、大丈夫ですか?」
隣に座るリネットちゃんに顔を覗き込まれ、俺は慌てて笑顔を作る。
「だ、大丈夫、大丈夫!!」
今俺は、温泉行きのカペロの中。
右隣には崇影、左隣にはリネットちゃんが座っている。
正直、昨日は上手く寝付けなくて……寝不足気味だ。
その理由は一つしかない。
急遽決まった今日の温泉旅行のせいだ!!
いや、嬉しいことなんだけど……リネットちゃんをはじめとする美人揃いの女性陣と一緒に温泉に行く、なんて……想像しただけでドキドキして落ち着けるはずがない。
自慢じゃないが俺は今まで女子と付き合ったことが無い。モテたことも無い。
学校では同性とばかりつるんでいたせいで女子の友人もいなかった。
そんな俺が、女子を交えて温泉旅行!! 思いもしなかった展開だ。
おかげで今も……隣に座るリネットちゃんの顔をマトモに見ることが出来ない。
しかも、しかもだ。
いつもは制服のような白いワンピースに身を包んでいるリネットちゃんが、今日はピンクのブラウスにベージュの膝丈シフォンスカート。
ザ・清純派スタイル……これにドキドキしない男子がいるだろうか!?
初めて見る私服姿だが、似合いすぎていて余計に直視できない。可愛い……!
リネットちゃんが心配そうに俺をチラチラ見ている気配がする。
あぁ……意識してんのは俺だけなんだろうな……虚しい。
「七戸、顔色が優れないようだが……」
崇影も心配してくれている。
ありがとな、けど今はそっとしておいてくれ……
「乗物酔いでしょうか? それならお薬が……」
リネットちゃんが鞄から薬を取り出そうとする。
「リネットちゃん、ありがとう。でもホント、大丈夫だから。」
「そう、ですか……?」
リネットちゃんは俺の言葉にイマイチ納得いかない様子で鞄を閉じた。
ちなみにカペロで温泉へ向かっているのは俺達三人のみ。他のメンバーはカペロが不要ということで現地集合になっている。
あのメンバー全員で乗車したら、他の乗客が乗れなくなりそうだからな……さすがにそれはマズイってのもある。
店長をはじめとするエルフメンバーは身体能力が高いため、遠距離の移動が苦にならないらしい。羨ましい限りだ。
崇影は……
鳥の姿になれば一飛びなのだろうが、例のごとく俺がカペロで行くなら共に行く、と当然のように一緒に乗車した。
崇影がいなかったらリネットちゃんと二人きりになっていたのだろう。
……勿体ないような、助かったような……複雑な気分だ。
「そう言えば、アリエスさんは?」
ふと疑問に思って尋ねる。
アリエスさんは店長達と違い耳は長くなかったし、エルフでは無いはずだ。獣人族のような耳や尻尾も生えていない。見た目は人間かと思ったのだが……
「アリエス先生は飛べるのでカペロは不要なんです」
リネットちゃんがそう言って笑った。
飛べる!? あの人、飛べるのか……?
確か……人間は魔力がほとんど無いって話だし、治癒魔法が使えるアリエスさんは人間では無いのだろう。
治癒魔法は魔力消費が激しく、使える者も少ないというのは店長から教えてもらった。
魔女……魔法使い、とかそういう感じなのだろうか?
白魔道士というよりは魔術師って感じだけどな……などと思いながらリネットちゃんの言葉に「そうなんだ」と頷く。
「七戸さん、体質治療のヒントが見つかるといいですね」
リネットちゃんに不意にそう言われ、俺は首を傾げた。
このタイミングで急に何で体質治療の話? と不思議に思ったのだが、リネットちゃんは言葉を続けた。
「温泉には様々な効能があるそうです。私としては、仕事柄興味もありますし、もしかしたら……七戸さんの体質についてのヒントがあるんじゃないかなって思ってるんです」
言いながら、リネットちゃんは少しだけ俺から視線を外して俯く。
子供の姿の時は一気に距離を詰めてくるのに、この姿だとあまり視線を合わせてもらえないのが正直ちょっと寂しいけど……仕方ないよな。リネットちゃんは子供好きだし。
「確かに……温泉って言ったら疲労回復とか、体質改善とか、何かしらの効能がありそうだよな……」
この島の温泉も日本の温泉同様そういった効果はあるのか……それはちょっと期待が膨らむ。
オルタンシアは魔力やら魔石やらがある文化。日本の温泉以上の……『不思議な効果を持つ湯』があってもおかしくはない。
いや、そんな簡単に治る訳ないとは思うんだが、希望は捨てきれない。
「例え少しであっても変化が見られれば、薬師としてその成分を分析してみたいと思ってるんです!」
「リネットちゃん……」
少し熱っぽく語るリネットちゃんの強い瞳に、ドキリとした。
凛とした、一流の薬師の眼差しだ。
「ありがとう、俺の妙な体質のために……」
「い、いえ!! お役に立てるかは分からないので、あまり期待はしないで下さいね」
「もし何の変化も無かったとしても……俺はリネットちゃんのその気持ちが嬉しいよ」
そこまで伝えてから「それにさ……」と小さく続けた。
「リネットちゃんは、子供が好きだろ? もし俺の体質が治れば、俺は子供化出来なくなる。それでも俺に協力してくれようとしてる……だろ?」
「それは……」
リネットちゃんは一瞬言葉に詰まり、顔を赤らめて俯いた。
「わ、私は……子供は大好きです。だけど、それが七戸さんの治療に協力しない理由にはなりません……」
そこで一旦言葉を区切り、少し困ったように笑う。
「子供になった七戸さんを前にすると、どうしてもこう……ぐりぐりしたくなっちゃうので……それも申し訳ないですし、それって対等じゃないじゃないですか……」
「対等?」
「せっかくのご縁です……私、七戸さんと……その、もう少し仲良くなりたいと思ってます。出来れば……お友達にしてもらいたいと思ってます……」
リネットちゃんの言葉に俺の胸が跳ねる。
お友達。仲良くなりたい。
まずはお友達からってやつか!?
いや、違う違う。多分純粋な『友人枠』だよな?
先走るな、俺!
「お友達に対して子供扱いは変ですし……子供の姿の七戸さんはすごく可愛いんですけど、でも……えっと……」
言葉に詰まってしまったリネットにこれ以上気を遣わせてはいけない。
俺はリネットちゃんを手で制した。
「分かったよ、リネットちゃん。……多分、分かった」
「七戸さん……上手く説明出来なくてごめんなさい……」
徐々に声が小さくなり、萎縮してしまうリネットちゃん。そういう所も、可愛くて放っておけないんだよな……
「いや、リネットちゃんと仲良くなりたいのは俺も一緒だからさ。てことはさ、俺ら、もう友達だろ?」
「友達……にしていただけますか?」
「当たり前だって」
「ありがとうございますっ……!!」
リネットちゃんが顔を上げ、俺に真っ直ぐな笑顔を向けてくれた。
友達、か……
近付いたような、むしろ届かない距離が生まれたような、複雑な心境だ。
この島での二人目の友達。
ふと右隣へ視線を向けると、一人目の友人……いや、親友であり相棒である崇影は、無言のまま窓の外を眺めている。
その表情からは何も読み取れないが……コイツなりに気遣って視線を反らしているのかもしれない。
この調子でいけばリネットちゃんとも良い関係が築けそうなことに違いはない。
そのうち遊びに行く約束なんかも出来るかもしれない。
それで徐々に仲良くなることが出来たら……もしかしたら、もしかするかもしれないよな。
……なんて、ちょっと期待をしてしまう。
そんな他愛もない話をしているうちに、カペロは温泉前へと到着した。




