95.温泉旅行は強制参加!?
「ふふふ、可愛いねぇ……」
「チッ……相変わらずうざってぇ……」
我慢ならない様子でトーキスさんはアリエスさんの腕を無理やり自分の肩から外した。
そして話を逸らすように視線を店長へ向ける。
「つーか、何でこんな集まってんだよ。ただでさえ狭ぇ店が余計狭くなるだろうが」
「今、皆で温泉に行く計画を立てていたんだよ」
「あぁ? 温泉?」
店長の言葉に怪訝な表情を見せるトーキスさん。
その顔には「物好きな……」と書いてある。
温泉とか絶対行きそうにないもんな、トーキスさん。
「まぁ、勝手にしろよ」
そう言ってその場を離れようとしたトーキスさんの腕を店長が掴んだ。
「君も行くんだよ、トーキス」
「ぁんだって?」
「懇親会と慰労会だよ。君には来てもらわないと困る」
「はぁ?? お断りだね」
「そう言わずに……」
ガチャリ。
そのタイミングで再び店の扉が開いた。
今日は客の多い日だな……
「こんにちはー! タウラスさん、用事って何だったかな?」
明るい声が響き渡る。
燃えるような赤い髪のおさげをふわりと揺らして現れたのは、石の店『ステルラ』の看板娘、ハーフエルフのエレナちゃんだった。
「……エレナ」
トーキスさんの動きが止まる。
「トーキスいたんだ! 珍しいね!」
エレナちゃんは弾けるような笑顔を見せた。
……やっぱ可愛い。ハーフエルフ、ずるい。
「ちょうど良い所に来たね。実は今皆で温泉へ行こうという話をしていたんだよ。」
店長がニッコリといつもの爽やかイケメンスマイルをエレナちゃんに向けてそう告げる。
エレナちゃんの大きな丸い目がますます丸くなった。
「温泉? みんなで?」
そう言ってトーキスさんを見上げるエレナちゃんだが、トーキスさんは顔を顰める。
「俺は行かねぇ」
「店長、それってあたしも行っていいの?」
「無論、そのために呼んだんだよ」
「じゃ、トーキスも行こ?」
軽い口調でトーキスさんに話を振るエレナちゃん。
「あぁ!? なんでそーなんだよ? 今行かねぇっつったろ」
「なに、あたしと温泉は嫌なの?」
「そういう話じゃねぇだろ」
「じゃあいいじゃん。行こうよ。楽しそう」
「はぁ!? ちょっと待て……」
「よし、決まりだね。エレナちゃん、レオンにも声を掛けておいてくれるかい?」
「おっけー! 任せて! 無理やりにでも引っ張ってくるから!」
断ろうとするトーキスさんの言葉は悉く跳ね除けられている。
しかも「おじいちゃん」って、ステルラの店長のあの白髪のエルフ──レオンさんのことだよな?
とてもこういう賑やかな場に参加するタイプには見えないが……無理やりにでも引っ張ってくると言い切れる辺り、エレナちゃんの押しの強さが伺えるようだ……
「おや、可愛いガールフレンドの誘いなら断れないと見た。妬けるねぇ」
アリエスさんがからかうように笑って口を挟む。
「変態医者はそれ以上喋んじゃねぇ……」
はぁっ、と大袈裟に溜息を吐いてアリエスさんを睨みつけるトーキスさんだったが……
「トーキス、偉大なアリエス先生にその口の利き方はないんじゃない!?」
エレナちゃんがすぐさまトーキスさんの態度を指摘する。
やっぱ強いな、この娘……っていうか、『偉大なアリエス先生』か……やっぱりアリエスさんは一応すごい人ってことらしい。癖が強すぎて偉大さが伝わらないんだが……
「あぁ、エレナちゃん……君は本当にイイコだね……こちらへおいで」
アリエスさんはチャンスだとばかりにエレナちゃんへ接近しようとし……リネットちゃんに裾を掴んで止められた。
「先生! 常識的な距離感を保ってください……!」
「おやおやリネット、嫉妬かい?」
アリエスさんは愛おしいものを見るような熱い視線をリネットちゃんに向け、リネットちゃんの顔が再び赤くなる。
あぁ……もう何が何だかよく分からない。
俺の意識が若干遠くなる……と、肩にぽん、と無骨な手が置かれ、俺は振り向く。
「七戸、俺は品出し作業に戻る。詳細は後程教えてくれ」
「あ、あぁ……」
一人静かに傍観していた崇影はこれ以上付き合う必要が無いと判断したのか、さっさとこの場を去って行ってしまった。
賢い奴だな。多分その判断は正解だ……俺は助けを求めるように店長を見る。
店長はふふっと楽しそうに笑いながら、軽く柏手を叩いた。
パンッ。
その音で全員の動きが止まる。
「賑やかで楽しいのは結構だが、話が本題から反れてしまったね。この先は温泉での楽しみに取っておくとしよう。日程は明日でいいかな?」
「明日!?」
あまりに急な提案に、反射的に大きな声が出てしまった。
「おや、都合が悪いかい?」
「いえ、急すぎませんか? 皆さん、お店や病院……仕事は大丈夫なんですか?」
至極一般的な疑問を口にした……つもりだ。
だが、全員の視線が俺に集まり……皆きょとんとしている。
え? 何か変なこと言いました? 俺……
「別に大丈夫でしょ。明日は休業にするよ?」
さも当然と言った様子でエレナちゃんが答える。
「当然、ドラセナも明日は締めるつもりだ」
「ウチも、明日は休業と張り紙をしておこう。なに、町医者は他にもいるからね。よっぽど重症患者でも出ない限り問題はないさ」
店長とアリエスさんも軽くそう言い放った。
マジか……
確かに、この島の住人は皆時間にルーズというか、あまり細かくないと感じてはいた。
街の飲食店が突然休業していたり、日によって開店時間がズレていたりすることもあるくらいだ。
つまり、これがこの島の住人の感覚ということなのだろう……
自由だな……
そんなこんなで温泉旅行の日程は急遽明日に決定。
ドキドキしながらその日を待つ……などという心の準備も無く、現実感のないまま俺はその日を迎えることとなるのだった。




