33.最終試験⑥
「崇影!!!」
俺は慌てて崇影に駆け寄る。
この状況、どこかで見た…
そうだ、初めてコイツと出会った時と同じ光景だ。
あの時のように血塗れになっていないのがせめてもの救いだが…
「骨を数本折った。セイロン、治してやれ」
「なっ…!?」
骨を数本折った!?
それを事も無げに軽く告げるトーキスさんに戦慄が走る。
「っ、まだ…っ!」
意識を取り戻した崇影の手がピクリと動く。
「ダメですよ、崇影さん。」
セイロンさんが崇影の顔の前に屈み、指先でそっと崇影の頭に触れた。
次の瞬間。
崇影の全身を蔦が覆った。
「師匠…っ!」
悔しさの滲む声で崇影がセイロンさんを呼ぶ。
「それ以上は無謀です。潔く負けを認めましょう?」
「……っ、承知、した…」
セイロンさんの言葉にようやく諦めたのか、崇影が全身の力を抜いたのが分かった。
「治療しますね…」
セイロンさんが蔦を解除し、崇影の腹と足に手を翳す。
ポウッと暖かな光が生まれ、破損した崇影の体を修復していく。
「あの、何が起きたんですか?」
俺はトーキスさんの隣に立ち、小さく尋ねた。
俺がセイロンさんに拘束されている間に、二人の間に一体何が起きたのか、自分の事で手いっぱいだった俺には何一つ分からない。
「オマエが俺を狙って銃を撃とうと構えた瞬間に、タカが弾丸の如く突っ込んできやがったから、迎え撃っただけだ。」
迎え撃った、だけ…って
◇◇◇
時は少し戻り…
七戸がトーキスの居場所に気付いた、その瞬間に…崇影は行動を開始していた。
七戸がトーキスを撃ち、トーキスがそれに対応しようとする隙に上空から後方を狙い、仕留める。
そういった算段だった。
崇影は周囲の中で最も背の高い樹木に姿を潜めており、そこから一気にトーキスめがけて急降下した。
高さ50m程度。十分な速度は出せないが、それでも速度には自信があった。
だが…崇影が木から飛び立った瞬間にトーキスの視線が崇影を捉えた。
「!!」
気取られたことに気づき、崇影は一瞬怯むが速度は落とさない。
気配は消している。音も立てぬよう最大に気を遣った。
…それでも、飛び立つ瞬間の微かな木の揺れる音に反応したのだろう。
恐るべき聴覚だ。
そこから崇影がトーキスの元へ到達するまでの僅か1秒程度。
その間にトーキスは自らの周囲に竜巻の壁を作り出して崇影の速度を低下させ…その風に乗って空へと飛びあがった。
「来いよ、タカ…飛んで火にいる、ってやつだ」
大きな翼は竜巻に対して不利。
そう判断した崇影は咄嗟に飛行速度を落として人の姿へ変化し、飛び上がったトーキス目掛けて鎖分銅を放った。
果たして鎖分銅はトーキスの腕を捉えた…のだが、そこはトーキスの生み出した竜巻の中。
トーキスは絡みついた鎖分銅を思い切り引き寄せる。
強烈な風の影響で体のバランスを崩した崇影は鎖分銅を手放し態勢を立て直そうとするが、その隙にトーキスが目前まで接近した。
「その程度か?」
嘲るようなトーキスの声。
と同時に、背中を激しい痛みが襲った。
トーキスの踵が背中に落ちてきたのだと気づいた次の瞬間には、横腹に二発目…トーキスの拳が食い込んでいた。
「ぐっ…!!」
かはっ、と口が開き、息が腹から漏れる。
「この程度…っ!!」
崇影はその拳を両手で掴み、トーキスの腹目掛けて膝蹴りを繰り出す。
だが、手応えが無い…完全に躱されていた。
「打たれ強くなったじゃねぇか」
トーキスは竜巻の風に乗りふわりと舞い上がると逆さになり、そのまま掴まれた両手を全力で下に向けて振り下ろした。
同時に、その拳に生まれる新しい風力。
無理な方向へ捻じ曲げられた崇影の腕がゴキン、と鈍い音を立てる。
「っ…!!」
声にならない声を上げ、崇影の体は風と共に地上へと吹っ飛ばされた…
七戸が目にしたのは、そのまま地上へ落下した崇影の姿だったのだ……
◇◇◇
その後も、俺と崇影は何度もトーキスさんとセイロンさんに挑んではゲームオーバーを繰り返した。
その度にセイロンさんに治癒を受け、折れた骨を直し、傷を塞ぎ…俺達は既にボロボロだった。
俺達の作戦としては、狙いはトーキスさん。
森の中でセイロンさんを無力化するというのは不可能だという判断の上、セイロンさんを何とか掻い潜ってトーキスさんを二人で狙う…という算段なのだが…
「っああぁっ!!」
俺はあまりの痛みに耐えられなくなって大声を上げて地面に突っ伏した。
それは味わったことの無い痛みだった。
体の内部の何処かが確実に破損した感覚。
これ…ダメなやつだ…
俺は腹を抱えて地面に踞る。
鼻から生暖かい液体が流れ出るのを感じた。
…鼻血か……カッコ悪いな、俺…
でも今は…それどころじゃない…
「七戸!!」
慌てる崇影の声。
駆け寄ってくる気配。
「終いだ。セイロン、治療してやれ」
トーキスさんの声色はこんな状況でも極めて冷静だった。
「七戸さん、今楽になりますからね…」
セイロンさんの柔らかい言葉と共に、痛みが少しづつ引いていく……
ダメだ、全っ然敵わねぇ。
トーキスさん強すぎる…知ってたけど。
六度目となる挑戦で、俺は完全にトーキスさんに打ちのめされた。
いや、それまでも五戦五敗しているのだが…こんなに分かりやすく体を破壊されたのは今回が初めてだった。
食らったのは、所謂ボディアッパー。
セイロンさんの蔦に捕らえられ…逃れようと銃を撃とうとした瞬間に投げ飛ばされて、その先に構えていたトーキスさんに思い切り腹に拳を見舞われた。
崇影もトーキスさんに向かって飛び込んでいたが、ルートを蔦に阻害されたため速度が落ち、俺に続いてトーキスさんの蹴りを食らっていた。
それでも崇影は間合いを取って仕切り直そうとしていたのだが……俺の体はそのダメージに耐えられなかった。
痛い、苦しい、怖い……逃げたい。
俺の中を負の感情が満たしていく。
改めて崇影は凄いと思う。
何度骨を折られても、筋を砕かれても、恐れず挑んでいく。
気絶させられる方がまだマシだ。
こんな痛い思い、もうしたくない……
俺の心は、既に諦めかけていた。
だって…こんなんぜってー無理じゃん。
トーキスさんは、多分治療出来る範囲に留まるようセーブしてくれている。
だから、多分本当に死ぬことは無い。
けど…こんなん生き地獄だ。
「日が暮れてきたな…今日はここまでにするか。」
トーキスさんが空を見上げてそう呟いた。
「ここまで…って…帰れ…るんですか?」
まだ体力が戻らず、何とかゴロンと寝返りして天を仰ぎ声を絞り出した俺を、トーキスさんは「ンなわけねぇだろ」と一蹴した。
「言ったろ、クリアするまで帰さねぇって。」
「けど……今日は、ここまで…って」
「あぁ。今日の試験はここまでにする。けど、オマエらは帰さねぇ…この森で野宿しろ。狩りの仕方はもう問題ねぇだろ?」
野宿……!?
マジかよ…!
この疲れ切った状態で、ここからサバイバルしろってことか!?
鬼…!! トーキスさん、鬼だ!!
俺に狩りを教えてくれたのはまさか、これを見越してのサバイバル訓練だったのか!?
「なるほど、実際の戦闘はどのような状況で起きるか分からない…試験の間は実戦を想定して生活をするということか。」
崇影は納得した様子でそう呟く。
なんでそんなアッサリ受け入れられるんだよ! と思ったが、そうか、コイツ元々鷹だったな…森で生活しろと言われてもコイツにとっては大した問題では無いのかもしれない。
ちょっと羨ましいぞ、その感覚……
セイロンさんの治癒によりようやく動けるようになった俺は、ゆっくり体を起こしてセイロンさんを見上げた。
「ありがとうございます、セイロンさん」
セイロンさんはニッコリと天使の微笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んだ。
「痛いですよね。辛いですよね…だからこそ、それを避けるため自分を守る方法を考えて下さい。投げやりになってはいけませんよ。」
その言葉にギクリとした。
…心が読めるわけじゃないよな…?
「七戸、夜はもう一度作戦会議だ。このままでは埒が明かない」
「あぁ…そうだな」
答える俺の心は少し重い。けど…セイロンさんの言うことは最もだ。
痛いのも苦しいのも嫌だ。だからこそ、考えなければならない。突破するための方法を。
潰されないための戦略を…!




