33.最終試験①
俺と崇影は並んで森の奥へと走っていた。
カルムの森は広い。
十分後には、鬼であるトーキスさんとセイロンさんが追いかけてくる。それまでになるべく距離を取り、身を隠したい所だ。
地面からはみ出した木の根や、まるで罠のように地面を這う蔦植物が度々走る俺の足を掬う。
その度にバランスを崩しかけながも…俺は何とか崇影から離されないようにスピードを保つ。
鷹だからなのか、はたまた修行でカルムに通っていたからなのか…崇影は人の姿で駆けていながらも、ふらつく様子を一切見せない。
俺とはえらい違いだ……
と、ふと脳裏に一つの考えが浮かんだ。
「崇影、俺が子供化すれば飛んで運べるんだよな?」
走りながら隣の崇影に尋ねると、崇影は頷いた。
「ただ…高く飛べば二人に気付かれる。トーキスの魔法で撃ち落とされるリスクが高い。低い位置で飛べば気付かれ難いが、あまり速度は出せない。」
そうか、確かに…
武器が無いとはいえトーキスさんの精霊魔法は強力だ。
崇影単体ならまだしも、俺がぶら下がっていれば上空で目立つことは間違いない。
二人の目を掻い潜るなら、上昇は木の高さまでに留め、木の間を縫って行くしかないが…
「それでも…走るよか速いよな? あの二人から出来るだけ離れたいんだ」
「承知した。」
崇影は俺の提案を聞くとすぐに鷹の姿へと変化した。
俺も、魔境を覗いて体を縮める。
「行くぞ、七戸。」
「あぁ!」
そのまま羽根を広げて上昇した崇影の両足を掴み……俺の体は一瞬のうちに宙へと引っ張り上げられた。
「うおぉぉ!?」
その勢いに思わず声が出た。
危うく掴んだ手がずり落ちる所だ…こんな所で死にたくはないので崇影の足を掴む手に力を込める。
崇影は木を避け、森の中を縫うように舞う。
トーキスさん達に見つからないための対策と分かってはいるが…目と鼻の先を尖った枝が何度も通過する。それも猛スピードで。めちゃくちゃ怖い。
何ていうか…アレだ。どこぞのテーマパークのアトラクションで見た、3D映像の空を飛ぶやつ。
俺は今……あれを生で体感している。
マジで迫力が半端ない。
これはヤバイ。心臓に悪い。寿命が縮みそうだ……
幼い頃に憧れた「空を飛びたい」を今実現しているわけだが…思ってたんと違う、ってやつだ……
手を離せばまず落下して死ぬよな……
「た、崇影、もういいよ…この辺で。」
結局、五分程度で俺はギブアップした…。
向かい風が強くて呼吸も苦しい。長距離はとても無理だ。
「承知した。」
崇影はすぐにスピードを落とし、そっと俺を降ろしてくれた。
俺は上着のポケットからお馴染みになって来た香辛料とハンカチを取り出し、右手に持った香辛料の蓋を開けて鼻を近づける。
鼻がムズムズした所で即座に逆の手に構えたハンカチで鼻と口を押さえて、なるだけ音が響かないように小さくくしゃみをした。
俺の体は一瞬で元の十七歳の姿に戻る。
……このくしゃみの仕方だとなんか女子みたいだな。いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだけど……
「……もう少しゆっくり飛んだ方がいいか?」
人の姿に戻った崇影が俺の顔を覗き込む。
心配している時の声色だ。俺は今、余程酷い顔をしているのだろうか……
もしかしたら、青ざめているのかもしれない。
実際めちゃくちゃ怖かったからな!!
「出来たら…次からはもう少し緩いスピードだと助かる。」
「承知した。」
俺の正直な感想に、崇影はすぐに頷いた。
つくづくコイツは従順で優しい奴だ。
「そろそろトーキスさん達が動き出すよな…バラけて隠れよう、崇影。まとめてやられたら一発ゲームオーバーだ。」
「承知した。」
定型文のように同じ言葉を繰り返し、崇影は再び鷹へと姿を変えた。
バサッ……
迷いなく飛び立った崇影は、葉の多い木を選び、その葉の影に身を潜めた。
…すげぇ。全然姿が見えない。さすがは鳥だ。
確かに身を隠すなら、それが最善手だろう。
なら、俺は……
俺は辺りを見渡して、姿を隠せそうな場所を探す。
さすがに崇影の真似は出来ない。
崇影の隠れた木から少し距離を取り、大きめの木の下に屈んで草むらに紛れた。これが俺の精一杯だ。
もう一度子供化することも考えたが、相手はトーキスさんとセイロンさんだ。
見つかった場合のことを考えると、元の姿に戻る隙を与えてもらえない可能性が高い。そうなれば、子供化したまま戦闘に突入することになる……それは避けたい。
それに……一緒に狩りに行ったから分かる。子供化して少し縮んだ程度では、トーキスさんの目はすり抜けられない。
トーキスさんの狩りの精度はかなりの物だ。ネズミのような小さな動物であっても、かなり先まで目視で捉える。
そしてセイロンさんに至ってはこの森を管理する主だ。
ぶっちゃけ、見つからないなんて無理ゲーだと思っている。
トーキスさんも言ってたしな。「まず見つかると思え」って……いや、それなら何で『隠れ鬼』にする必要があるんだよ、とも思うが…少しでも敵の目を掻い潜る技術も必要ということなのだろう。
合格条件が『十時間』と時間指定されていることからも、時間稼ぎとして隠れた方が有利だということは理解が出来る。
その点崇影は、セイロンさんとの修行で何かを身に着けたのかもしれない。
今ここから崇影が隠れた場所へ目を凝らしても、生き物がそこにいる気配すら感じない。
…ちゃんとそこにいるよな? 崇影……
僅かに不安になりながらも、俺は息を潜めてなるべく動かないように…辺りの草を揺らさないように…じっとその場にうずくまって耳を澄ませる。
今は聴覚からの情報が唯一の頼りだ。
と言っても、相手は森に慣れている。野生の動物を相手にしていた時とはわけが違う……
俺は神経を研ぎ澄ませ、辺りに動きが無いかを警戒する。
カサッ…
微かに耳に届いた、小さな音。
俺は思わずビクッとしてそちらへ視線を向ける。
…兎だ。灰色の小さな耳がぴょこんと見えている。
なんだ、兎か……
ホッと胸を撫で下ろした、その時だった。
「見ぃつけた♪」
ゾゾゾゾッ!!
頭上から不意に振ってきた澄んだ声に背筋が凍る。
俺は跳び上がるほど驚いて慌てて顔を上げた。
「セ、セイロンさー…」
咄嗟にその名を呼ぼうとして、俺は突然地面から生えてきた蔦に足元を掬われた。
逃げる暇など一瞬足りとも無かった。
足元から伸びる捻れた蔦は俺の両足に複雑に絡みつき…足を振ろうとしてもびくともしない。
蔦は俺の足を巻き込んだままぐんっと上へ急激に伸びる。
「うあ…っ!?」
情けない声が口から漏れる。
俺はそのまま逆さまに吊るし上げられてしまった。




