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31.健闘を祈っているよ

 三カ月というのは、こんなにすぐに過ぎ去ってしまうものなのか……

 俺はトーキスさんに言い渡された最終試験日を翌日に控え、月日の流れの早さに愕然としていた。


 明日から、俺と崇影(たかかげ)はカルムの森で特訓の成果を試すための最終試験を受けに行く。

 ……と言っても、トーキスさんから詳細な内容はまだ聞かされていない。

「明日は朝からカルムに来るように」と命じられたのみだ。


「なぁ、崇影。明日の試験について、何か聞いてるか?」


 風呂を終え部屋へ戻る途中の廊下で崇影の背中を見つけて呼び止め、そう尋ねてみた。


「いや……明日は朝から始めるとしか。」


 崇影の口から期待したような答えは返ってこなかった。


 面倒くさがりのトーキスさんはともかく、セイロンさんなら丁寧に前情報を与えてくれるのではないかと思ったのだが、そう甘くも無いらしい。


「そうか……何やらされるんだろうな…すっげぇ怖ぇんだけど。」


 はぁ〜とため息を吐く俺を不思議そうに見つめる崇影。


「怖い? 何故だ?」

「何故って、試験だぞ!? 普通に緊張するだろ? それに、トーキスさんが期待したレベルまでちゃんと強くなれてるのかって不安もあるし…」


 胸の内を正直に吐き出した俺に、崇影は「問題無い」と即答した。

 俺は思わず顔を上げて崇影を見る。


七戸(ななと)は強くなっている。少なくとも筋力、持久力、スピード、柔軟性においては格段に上がった。それは俺がよく知っている。」

「崇影……さんきゅ」


 基礎トレーニングに置いては崇影は俺のコーチだ。

 その崇影からこうも太鼓判を押されると妙にくすぐったい。

 そうだよな、変に弱気になる必要なんて無い…出来ることは全てこなしてここまで来たのだから。


「明日はタッグ戦だろう? 俺も…全力で七戸を守る。」


 崇影のその言葉に、俺は思わず顔を(しか)めた。


「待てよ、崇影! それじゃダメだって!」

「?」


 俺の突っ込みに、崇影は首を傾げる。

 コイツは…トーキスさんじゃないけど、俺に対してマジで過保護すぎる。

 しかも本人に自覚が無いと来た……いや、有り難いことなんだけどさ。

 けどこのままじゃ絶対ダメだ。


「俺は、守られなくても、大丈夫だ!」


 一語づつハッキリと、崇影に伝わるように主張する。


「……しかし…」


 崇影の表情は僅かに困惑している。

 何かを言いかけた崇影を遮り、俺は強引に言葉を続けた。


「崇影が俺を心配してくれるのは嬉しいよ。けど、それじゃ意味無いだろ? 何のためにここまで鍛えて来たんだよ。俺は崇影の()()じゃなくて()に立ちたいんだよ!」

「…七戸……」


 崇影が目を見開いて俺を見ている。

 しばしの沈黙。

 それから、崇影は「そうか」と何かを思案するように一瞬俯き、すぐに顔を上げた。


「悪かった、七戸。明日は頼りにしている。」


 そう言って崇影が右手を差し出す。

 俺は嬉しくなってその手をガッチリと握り返した。


「あぁ!! トーキスさんとセイロンさんがビックリするぐらいの成果を見せようぜ!!」

「承知した。」


 ふっと微笑んだ崇影の表情に、俺の緊張がするりと溶かされる。


 そうだ、コイツと一緒なら大丈夫だ。

 三カ月みっちり体を作り、技術を磨いた。

 今の俺は前までの無力で無知な男じゃない。

 自分と崇影を信じて全力を尽くそう。それ以上に出来ることなんて無いのだから。


◇◇◇


─翌日。


 俺は午前中にカルムの森へ到着出来るよう早朝から支度をしていた。

 いつもならまだ寝ている時間だ。

 崇影は飛行すれば数十分で森まで行けるだろうが、俺にはとても無理だ。

 だから早起きして早朝のカペロ便でカルムへ向かう。


 窓の外はまだ仄暗い。

 空気が少しピリリと引き締まって感じるのは、最終試験を控えたプレッシャーによるものだろうか…


 俺はいつも通り伸びた髪を後ろで1つに括った。

 一人でカルムへ向かうのは心細いが、俺の都合に崇影を付き合わせるわけにもいかない。

 現地へ行けば合流出来るのだから、そこまでは一人で行くつもりだ。


 一人で行くつもりだった。のだが…


「七戸、準備は出来たか」


 俺がダイニングの扉を開けると、当たり前のように崇影が立っていた。


「崇影!? なんでこんな早い時間に…」 


 俺の問い掛けに崇影は首を傾げる。


「早くに出なければ間に合わないだろう?」

「いや、俺はそうだけど、崇影は飛べるだろ?」


 崇影は動きを止めてじっと俺を見ている。

 理解不能、とその顔に書いてある。


「七戸が子供化すれば飛行で運べるが…」

「いやいや、そうじゃなくて!」


 ダメだ、コイツの脳内に『現地集合』という発想が存在しないらしい。


「っつーか、子供が鷹に運ばれてたら、ぜってー目立つだろ……カルムまでだと距離あるし、さすがに運ばれんのは勘弁だって」

「そうか。…ならばやはり早く出発するしかないだろう?」


 …コイツは、何故こんなに頭が堅いんだろうか?

 まぁ、既にこうして崇影も準備が出来ているようだし、それを敢えて後で飛んで来いと言うのも何だ。俺としても、正直一人で長距離移動するのは些か不安だったからな…ここはコイツの固定概念に有り難く便乗するとしよう。


「ありがとな、崇影。俺に合わせてくれて」

「いや…元より試験日はカペロで行くつもりだった。気にするな」

「そっか」


 下手な気遣いがむしろ心地良いのは、コイツといることに慣れて来たからなのかもしれない。


 ……ガチャリ、と不意にドアが開いた。


 俺と崇影は驚いて振り返る。


「二人ともおはよう」


 いつも通りの爽やかスマイルを浮かべた、超絶イケメンが顔を覗かせた。


「……店長…おはようございます。」

「もう行くのかい?」

「はい……すみません、起こしちゃいましたか?」


 いつもなら、店長もまだ寝ている時間のはずだ。

 申し訳無くなり小さく聞いた俺に店長は笑った。


「むしろ起こして欲しかったね…二人に渡したい物があるんだ。」


 そう言って、店長はキッチンの収納箱から包みを二つ取り出した。


「軽食だが、持って行くといい。日持ちもするから、多めに渡しておこう」

「あ、ありがとうございます!!」

「感謝する。」


 俺と崇影は店長からその包みを受け取った。

 中身が見えないが、渡されたのは多分パンだろう。

 ふわりと香ばしい香りがする。それから小さめのボトルに入った飲料水。

 相変わらず気の利く人だ。

 にしても……


「日持ちって……必要ですか?」

「カルムは遠いからね。時間が掛かれば日を跨ぐこともあるかもしれないだろう?」


 そう言って店長は笑った。

 そうか、確かに…移動で数時間かかるんだ、順調に行ったとしても帰りは深夜になる可能性が高い。

 そう思い、俺は頷いた。


「そうですね…」

「店のことは心配いらないから、しっかり励んでおいで」


 店長がそっと俺と崇影の肩に手を置く。

 大きな手。

 優しく大らかな店長の存在が有り難い。

 何だかパワーを貰った気分だ。


「ありがとうございます! 頑張ってきます!」

「あぁ。健闘を祈っているよ。」


 俺と崇影は店長に見送られて、ドラセナショップを後にした。


 この時の俺は、試験は難なくクリア出来る物だと、どこかで高を括っていたのだと思う。


 店長が何故わざわざ日持ちのするパンを持たせてくれたのか。そして「健闘を祈る」という言葉の意味…俺はこの後、身を持って知ることとなる。


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